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アフターヒーロー  作者: 望月
第一章 帰還した勇者と清条ヶ峰学園
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第六話 友達

 

 二日後、E組一同は机に向かってシャーペンや鉛筆を走らせていた。

 皆、真剣な顔つきで眼前の敵と戦っている。

 尊大なクルミや騒音レベルのフリーネでさえ、真面目に取り組んでいた。

 紙と鉛筆の擦れる音だけが室内に響く。


 只今教室ではテストが行われている。

 現状の和也たちの学力を測るための試験だ。

 結果から生徒それぞれの育成プログラムを作成し、それに則って以後の授業内容を進めていく。

 よって生徒によって学習する内容が変わってくる。学ある者は数段先の勉強を受けられるし、無学な者は基礎から地道にやっていく。

 お試し期間扱いだが、学園側は本気で取り組んでいることがわかる。

 表向きは名門校なだけに、学習面では非正規でも正規でも関係ないのだ。

 この試験で一学期までの授業内容が決定される。

 和也もこの日のために勉強はしていた。

 一昨日は楓とじっくり話し込んでいたが、ここ毎日勉強は怠らなかった。 もちろんテストなんて余裕――


「俺の人生には壁しかないのか」


 ――で、あってほしかった。

 全科目終了後、机に突っ伏している。

 問題内容は中学卒業クラス。

 だが、中学をまともに通えていない和也には難しすぎた。

 楓との会話がどうこう以前に、時間が足りなすぎた。

 三年間かけてやる勉強をおよそ二ヶ月程度でマスターできるわけがない。

 勇者であっても、天才でも秀才でもない。

 こればかりはどうしようもないのだ。


「おいどうした和也。出来でも悪かったのか?」


 筆記用具を片付け終えた武蔵が寄ってくる。

 テスト中は考える素振りもなく、開始二十分で寝ていた。 

 きっと武蔵も出来が悪かったのだ。仲間だ。そうに違いない。

 期待して受け答えをする。


「まあそんなとこ。武蔵は?」

「俺? 余裕だよあんなの。あれが中学卒業レベルとか舐めてるよな。いくら出来が悪かろうが九九点以上は確実に決まってんだろ」


 あれー、予想と全然違うなーと苦笑いを浮かべる和也。

 どうやら一昔前の不良じみた出で立ちに対して、勉学は優れているようだ。

 無作法というわけでもないようだし、なぜヤンキーのような格好かが気になるところ。詮索はしないが。


「凄いな武蔵は。俺なんてまともに勉強してなかったから、からっきしだよ」

「これでも忍だからよ。頭よくなきゃ務まらねえんだ。人間の武器は頭脳ってことだ」


 とんとん、とこめかみを右手でつつく。

 外見とはマッチしていない言動が多い男だ。

 和也と武蔵が話していると、今度は左隣に座るクルミが割って入ってきた。

 ちなみに席順は適当に座った時から変わらず、右から武蔵、クルミ、和也、フリーネ、楓のままだ。


「ふん、キリューよ。こんなものもできんのか貴様は」

「む、そういうクルミちゃんはどうなの?」


 自称、異界の魔王ことクルミちゃん。

 平然と日本語を喋ってはいるが、異世界人だ。

 こちらの勉強ができるとは思えない。

 今度こそ同類だと悪い笑みを浮かべる。

 まず異世界人と比べること自体おかしいのだが、そこらへんを気づかない元勇者。


「何の問題もなかったぞ。あれぐらい。あとクルミちゃん言うな」

「え? でもクルミちゃんって異世界の魔王なんだよね? 勉強する内容だって違うんじゃないの?」

「だからクルミちゃん言うな。確かに内容は違う。だがそれがどうした。私は魔王。何もかも一番でなくてはならん。三日で、義務教育とかいうわけのわからん制度の範囲までは完璧に把握したぞ。

もう七日程あればこの世界で一番優れた頭脳を持つ存在になるだろう!」


 どこかのお嬢様のように、オホホポーズで高笑いする魔王。

 和也は完全に沈黙。異世界人にすら負ける学力。全く笑えない。

 悲しくなって涙しか出てこない。

 すると今度は右隣のフリーネが和也の肩をポンッと叩く。


「大丈夫だよキリュー君! 私だって一問も解けなかったから!」

「俺、そこまで悪くないよ……」


 フォローにならない慰めに涙が留まることを知らない。

 一問も解けない人と同列扱いはひどすぎる。

 頭はよろしくない和也でも一〇問はできた。

 この九問の差は大きい。一点が十点となるぐらい大きい。

 大きいといったら大きいのだ。


「終わったテストなんざいいからよ。このあと遊びに行こうぜ。喫茶店でも適当にぶらつこうや。今日はこのまま終わりだろ?」


 武蔵にはテストのことなどどうでもよかったらしく、皆と遊びに行こうとするのだが、


「断る。このあと私にはどうしても寄らねばいかん場所があるからな。それよりもまずその下心が透けて見える顔をやめろ。キモいぞ」

「ごめん私もパスー! 今日は近くの山まで走り込んでくるから! ハットリ君が何で泣いてるかわかんないけど、変な顔だよ! じゃね!」


 クルミとフリーネはそう言い残し、教室から出て行った。

 心がボロボロに傷つき、膝をつく哀れな少年を置いて。

 とてもいたたまれない気持ちになった和也は優しく肩に手をのせる。


「俺は行くよ。今日はバイトないしさ」

「うう、俺の味方は和也だけだよ……。確かに! 遊んでる最中にいい雰囲気になったら勢いでいっちまおうとは思った! けど! けどよ! こんなのはあんまりじゃねえか! 男なんだから下心があって当然だろ? それぐらい見過ごしてくれよ! あとダイレクトにキモいって言わなくてもいいじゃねえか! あれが一番傷つくんだよ! フリーネちゃんも近くの山に走り込むとかなんだよ! 花の女子高生がすることじゃねえよ! ちくしょうなんでだよ! 女の子とキャッキャウフフな学園生活はどこいったんだ!」

「……武蔵がすごい女の子が大好きなのかはよくわかったよ」


 誘いを断られただけで号泣する男子高校生。

 不良のくせに純情か。

 さすがにキモいと面と向かって言われたのは可哀想だとは思うが。

 武蔵はそのまま心中を聞いていもいないのに吐露していく。


「そうだ俺は女の子が大好きだ! 忍の仕事のせいで学校にも通えず! 仕事先で会うのはどいつもこいつも厳つい顔した妖怪ども! キモイったらありゃしねえ。あ、もちろん楓ちゃんは別な」

「急に素に戻るな」


 妖怪でも可愛い子は別なようだ。

 忍の仕事に妖怪の討伐もあるようだが、この世界における妖怪の立ち位置も把握していないし、いずれ武蔵か楓に話を聞いておくべきか。

 和也が別の事を考え始めても、武蔵の吐露は終わらない。

 床をどんどん叩きながら荒れ狂う。


「あのくそったれ親父から逃げ出すために計画を立てるのに三ヶ月! 準備に二ヶ月! 実行に移すにしても命懸け! 本州から離れた島からここまで来るのは本当に大変だったんだぞ! 結局計画はバレて、衛生レーザーの雨をくぐり、ミサイルランチャー装備の警護マシンの追撃を突破し! 荒れ狂う海を泳いで渡ってきたんだ! 少しぐらい女の子と遊ばせてくれたっていいじゃないか! そのために俺はあの地獄から逃げ出したのに!」


 もうなんか色々ひどかった。

 女の子と遊ぶために命を懸けすぎだ。

 どこの世の中にこれだけのために命を張る人間がいるのだろうか。

 ここにいる。

 とても優しい気持ちになれた和也は、今日は武蔵に付き合おうと思った。


「そろそろ俺たちも行こうか。時間がなくなるぞ?」

「ぐすっ……そうだな。いつまでもウジウジしてたらダメだよな。よし! 今日は遊び倒すぞ和也!」

「りょーかい。でもちょっと待ってくれ」


 和也は今の今まで席に座りっぱなしで縮こまっている少女へ顔を向けた。


「立花さんも一緒に行こうよ。もちろん時間があればだけどさ」


 声が届くやいなや、体をビクッと震わせる楓。

 こちらに顔を見せず、俯いている。

 また体調でも悪いのかと勘ぐったが、意外にもすぐに答えが返ってきた。


「……いいの?」

「もちろんだよ。立花さんが来てくれた方が俺は嬉しいな」


 不快な思いをさせないよう笑顔で言う。

 武蔵の末路をついさっき見てしまったからには心がけるべきことだ。

 それが功を奏したのか、楓は頬を赤く染めながら、


「わかった……」


 頷いてくれた。

 キモいと言われなくて良かったとホッとしつつ、武蔵を見る。

 女の子一人確保したぞと目だけで伝えるが、何故か武蔵はその目に涙を再び溜めていた。

 それは嬉しさからくる涙ではなかった。

 悔しさに似たものだ。

 そして膝をつき、床を全力で殴り始めた。

 忍者をやるだけあり、並の人からは考えられない速さの拳の連打。


「くっそ! くそくそくそくそ! 俺と和也、どこで差がついた! 笑顔か? そうなのか? だったら俺だって俺だってぇぇぇぇえええええええええええええええ!」


 呆然とその光景を眺めることしかできない和也と驚いて体を震わせる楓を放置し、絶叫する。

 悲痛とも自虐とも判断できる、何だか切ない絶叫だった。

 数分経過し、気分が落ち着いてきたのか、ゆっくりと立ち上がった。


「帰る。やらねばならんことができた。至急速やかにだ」

「待て待て待て。お前が自分で遊ぼうって言ったよね? その本人が帰るとか遊ぶ前から言い出さないでよ」


 出口に向かって止まらない武蔵にそう言うが、無視される。

 教室から外へ、あと一歩というところで歩みを止めた。

 不穏な空気を全身から噴出させながら、首をグルリと和也たちに曲げ、この世のものとは思えないいびつに歪んだ顔で、


「爽やかな笑顔の練習だ! それが今俺に求められている最強の技能! 俺は止まらんぞぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 途端、目にも止まらぬ俊敏さで走り去っていく。

 武蔵は「笑顔だぁぁぁぁあああああ!」と咆哮しているのが、ここにいても耳に届いた。

 ついでに女生徒と思われる悲鳴も。

 教室に取り残された二人。お互い顔を見合わせ、動きが止まっている。

 状況が急変しすぎ、脳の処理が追いついていないからだ。

 時計の針が刻む音だけが空間を支配する。

 ようやく流れに脳が追いつくと、


「……二人で行く?」

「ふ、ふふ二人!?」

 

 せっかく誘ったのに、遊ぶことなく解散するのも申し訳が立たない。

 バイト代はほぼ全て吸い取られ、万年金欠状態だが、たまには友達と出かけてもいいだろう。

 両親も寛大な性格なので、許してくれるはずだ。

 さっきまで三人で遊びにいくために話し合うはずだったため、隣に移動していた楓は、キョロキョロして落ち着きがない。

 やはり男女二人では勘違いされる可能性が高いし、デリカシーのない発言だったようだ。

 楓は和也が今まで出会った中でも最高峰とも呼べる可愛さを誇る。

 周囲に絶対零度のオーラを発生させる時もあれば、小動物のようにあわあわするときもある。

 迷惑ばかりかけると、後々の人間関係にも響いてきそうだ。

 和也は意思を確認しようと、いまだに落ち着きのない楓に、


「いやごめん。流石に男と二人は拙いよね」

「ううん! そんな事はないよ、ほんと!」


 胸元で、小さな拳に力を込める。

 珍しく声を張り上げ、本心から言っているのだと伝わってくる。


「そう言ってくれると、俺も嬉しいよ」

「あ、いや、その、話しかけてくれたり、奢ってくれたり……」


 今度は急にしおらしくなる。

 視線も下を向いて安定しない。

 手を絡ませてもじもじし始めた。

 確かに広場で話しかけたり、奢ったりはしたが、まるで救世主かのように扱われる覚えはない。

 あの時の楓は、挙動不審でも特別おかしな行動はしなかったし、切羽詰っていたわけでもなかった。

 ただ楽しそうに話していた。

 妙な事は一切なかったと思う。


 いや一つだけある。

 和也が引っ越してきたばかりで、友達がいないなーと自虐的に話していた時。

 彼女は慰めてくれようとしたのか、涙を浮かべながら肩を優しく叩いてくれた。

 事実、気にしてはいたので、追求することなく流し、甘んじて受け入れた。


 そこで引っかかったのは、彼女の一連の動き。

 同情で慰めるのならわかる。和也もそう思っていた。

 だが楓のアレは行き過ぎていた感じがある。

 いくらなんでも泣くだろうか。心から吐き出すように言葉を並べられるだろうか。

 和也が彼女を見かけた時間、楓の周りには人はいなかった。

 人を近寄らせない雰囲気を常時発生させている。

 その割には話すと積極性が感じられる。

 可愛らしいが口下手だ。

 これは共通だが、E組の生徒は学園に通う理由がある。


 ここから導き出される答えは一つ。


「立花さんってもしかして……友達いない?」

「はうわっ!」


 いつもの無表情は崩壊し、素っ頓狂な声をあげた。

 ショックが大きかったのか体育座りで顔をうずめる。

 声を掛けるのをためらうほどだ。


(そうですよーだ。友達なんていませんよーだ。強いて言うなら本だけですよーだ。誘われて有頂天になってたわけありませんよーだ)


 呪詛が如く、愚痴が頭を駆け巡る。

 思いっきり図星だった。

 


「友達が欲しくて学園に来たのに、全然うまく話せなくて……。ほんとダメだな私……」


 ぽつりと、そんな言葉が彼女の口から零れた。

 和也も異世界――レルービアに召喚されたばかりの頃は一人ぼっちで、孤独感に苛まれていたから、気持ちは痛いほどわかる。

 だから楓は広場で、あんなに友達という言葉を強く反応していのだ。

 だからあんなに嬉しがっていたのだ。

 たったそれだけでも、彼女にとっては大切なことだったから。

 それだけの価値があるものだったから。

 友達という存在が必要だったから。

 だったら。話は簡単だ。


「立花さん。俺の手を取って」

「え?」


 和也がそっと伸ばした手を、訳がわからないと口に言わずとも顔が言っている。


「今日から俺たちは友達だ。誰が何と言おうとね。立花さんが俺を友達だと思うのなら。この手を取って欲しい」


 和也はいつになく真剣な眼差しで楓を見つめる。

 友達になりたくないのなら、このまま立ち去ってもらっても構わない。

 彼女が和也を友達だと思ってくれなくとも、今まで通り接していくだけだからだ。


 楓はゆっくりと、それでいて確実に。腕を伸ばす。

 目はしっかりと和也を捉えていた。弱々しくも、しっかりとした意思を持って。


 そして手は繋がれた。


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