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アフターヒーロー  作者: 望月
第一章 帰還した勇者と清条ヶ峰学園
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第五話 立花楓

 広場にて、この世の終わりを迎えたかのように、絶望に打ち拉がれて、ベンチにうなだれていた。

 妖怪、立花楓。

 他者を魅了する美貌は人を惹きつける要素を備えているが、度の越す美しさは逆に遠ざけることもある。

 寂しくあるものの、周りに人がいないのはいつものこと。

 せっかくの自己紹介で素っ気なく、冷たい感じに捉えられても気にしない――


(またやっちゃったよぉ……。お母様、楓はもうダメそうです。自己紹介も失敗しちゃった……。あれじゃ第一印象なんて最悪に決まってるよね……。「立花楓。趣味は読書と絵を描くこと。妖怪。以上」とかダメダメ……)


 ――なんてわけがなかった。

 何気ない会話でさえ、前もって考えていなければ普通に話すこともできない。

 考えても緊張で必要最低限の単語しか話せない。

 そのせいで、友達は今まで一人もできず、家族しかまともに会話していない。


 彼女が普段、絶対零度の覇気を発しているのは、妖怪としての特性でもなく、誰とも関わりたくないというひねくれた性格でもない。

 単に常に会話の内容を考えているだけなのだ。

 いつ誰とでも仲良くなれるように。

 その美貌と気難しい表情のせいで人々が勝手に避けているだけだ。

 楓自身は、まったくもって意図してないが。


 そんな彼女が学校に来た最大の目的は『友達を作ること』である。


 生まれが特殊な楓を両親が危険な目に合わさないために、色々と手を回して、知り合いが学園長をしている清条ヶ峰に入学させられた。

本人としては友達ができると意気込んでやってきたが、このザマである。

 いきなりやらかしてしまった。

 もう希望もへったくれもない。

 せめてここでは友人ができればいいのに、と期待していた自分が情けなくなってくる。

 そして呆然と街を歩いていたら、たまたまここに流れ着いたのだ。


「しりとりでもしようかな……。しりとり、りんご、ゴマ、まり、リス、すいか、かに、にじ、じみ、みみっちい、いらない子……」

「ママー、あの人なにしてるの?」

「こら見ちゃいけません!」


 危ないオーラ全開の妖怪少女。小さな子どもに指をさされる始末である。

 周囲の視線に全く気がつかず、マイナススパイラルを突き進む。

 このまま三時間は沈んでいられる自信がある。全く自慢にならない自慢だ。

 どうすればイメージアップが図れるか検討する。

 結果は伴わないが、改善しようと努力はしている。努力は。


(明日は朝一に教室にいって出迎える? いやいや出迎えるって何するの? 挨拶も素っ気ない感じじゃなくて、お淑やかに「ふふ、おはようございます。今日もいい天気ですね」とか言った方がいいのかな? ……できたらこんなに苦労してませんよね。やっぱり贈り物? でも仲良くなってない人に突然もらっても困っちゃうだろうし……)

「立花さんだよね? 同じクラスの――」

「ふわっふ!」


 急に話しかけられて、変な声が出てしまった。

 不安げに、視線を下から上へと移す。声の主を覗く。

 不揃いの短めの黒髪に、優しそうな顔をした、確か同じクラスの桐生和也だ。

 あの中では最もまともそうだと記憶している。

 忍者は女好きで近寄りがたいし、クルミは可愛らしいが物言いがキツく、心が折れそうになる。

 フリーネは明るくて良い人そうに見えるが、あのテンションには到底ついていけない。

 異性で話しかけずらいが、クラスで最初に仲良くなれそうなのは、なんとなく彼だ、と漠然に思っていた。

 第一印象はともかく、一体何をしにここに来ているのか。

 そう聞こうと文章をまとめようとする。

 その間に事情を知らない和也は不思議そうに、頬を右手の指で掻きながらも話を続けた。


「……同じクラスの桐生和也だけど、覚えてる? ちゃんと紹介はしたと思うんだけど」

「覚えてる」

(また反射的に言っちゃったよぉ……。ここからもっと話題を膨らませないと)


 話しながら内心、後悔するというある意味難しい技をこなしている楓。

 少年は知ってか知らずか、話を終わらせることはなく、むしろ続けようとしているようだ。

 楓にとっては非常に好都合。

 またとないチャンスだ。

 思い切って話題を盛り上げようと試みる。


「訳あって暇になっちゃってさ。適当にぶらついてここで休んでたら、たまたま立花さんを見かけたんだよ。せっかく同じクラスだし、せっかく話そうかなと」

「そう」

(死ねい! 私死ねい! なにすまし顔で、そう、とか言ってるの!?)

「どうかした?」

「どうもしてない」

(とってもどうかしてます!)


 動揺を隠そうと、ポーカーフェイスを貫く。

 元々感情が表にでないタイプない楓の少ない特技の一つだ。

 ごまかす楓をよそに、和也は自然な動きで楓の隣に座る。

 女子の隣だというのに気にした様子はなく、気兼ねなく笑っている。

 そんな少年を新鮮に感じる。

 いや新鮮どころか初めて、の方が正しい。

 両親は自分にはもったいないくらいできた人達で、楓の性質も迷うことなく受け入れた。

 なんとなく、そういう人と同じ匂いがする。

 優しい暖かさで人を包むような。そんな感覚。

 妙な安心感が胸の底から湧いてきた楓は、珍しく自ら話題を振った。


「好きな本は?」


 自己紹介時に趣味に読書と話していたから、無類の本好きの楓とは気が合いそうだ。

 どっぷりはまっていなくとも、スキンシップとしては上々だろう。


「そうだなぁ、三国志みたいな歴史物かな。脚色してあるだろうけど、ああいうのは面白いよ。いろんな視点があるから、それぞれ見方も変わるしね。立花さんはどんなジャンルが好きなの?」


 ここで勝手に語りださないあたり、色々心得ているデキる男だ。

 楓も歴史については得意な部類なので、語られてもついていける自信はある。

 ほんの少し上機嫌になってきて、徐々に饒舌と化す。


「純文学」

(恋愛系の方が好きだけど、言えないなぁ……恥ずかしいし……)


 白馬の王子様がいたらいいなと思っちゃう、案外乙女な楓。

 純文学も好きだが、夢に溢れたベッタベタの王道シンデレラストーリーはもっと大好きだ。

 恥ずかしくて語りはしないが。


「純文学か……。そっち系列は全然知らないなぁ。何かオススメってある?」


 意外と食いつきのいい男の子だ。

 お互い知っている内容なら盛り上がるし、この調子になら友達になれるかもしれない。

 謎の高揚感が楓の背中を押す。

 家族を除いて、過去を省みても、一番会話できている。


「初心者なら、よだかのほしとか、三銃士あたり」

「ああ、小学校の教科書に書いてあったかな。三銃士は今度買ってみるよ」

「興味があったら、他にも探してみるといい。良作はたくさんある」

(硬っ! 口調が硬すぎるよ私!)


 これまでの会話の一番喋ったのに硬すぎる。

 クラスメイトと話すにしては違和感ありまくりだ。

 不安な楓なんて、和也はお構いなしだ。

 性格的には話題を振るより振られた方が負担がなくて楽ではある。


「そうだね。割りと雑食だし、そっち方面にも手を出してみるかな。ちなみに立花さんは日本史とかいける口?」

「真田幸隆とか」

「おお! なかなかいい目の付け所だね。 立花さんとは話が合いそうだ」


 続くこと三〇分。

 二人で本について語り合った。

 語り合ったと言っても、熱意があったわけでもなく、意味があったわけでもない。

 まさしく他愛もない会話。

 道行く人々が聞いていたとしても、右から左へ聞き流す、些細な談笑。

 家族でもない人と、こんな楽しく話せる時なんて一度もなかった。

 誰も近づくことすらしなかった。

 普通の妖怪とは異質だっただけなのに。ただそれだけだったのに。

 不気味がって誰もが楓を畏れていた。

 優しい両親がいなかったら、どうなっていたのか。考えたくもないし、きっとまともではなかった。

 目の前の少年は、対等に扱ってくれる。友人のように扱ってくれる。

 出自を知らないからだとはわかっている。

 だが。それでも。この当たり前が欲しかった。

 ポカポカして、温かい。気を張らなくてもいい。押し寄せる高揚感。

 まとめて何と言ったか。この感情を何と言ったか。


「どうしたの? 笑ってるけど」

「え?」


 言われて自分の口に手をやる。

 摩るとどうだ。

 口元が上向きにつり上がっている。

 笑っていたのだ。そう、笑っていたのだ。

 家族以外の前では初めて笑ったような気もする。


(嬉しいんだ私、楽しいんだ私。誰かと普通に会話をすることが)


 そう思うと、余計にニヤついてくる。

 もう平常心を保つなんて器用な真似はできなかった。


「にへへ……」

「立花さん……エロいおっさんみたいに笑ってるけど、熱でもある?」

「はっ! ないない熱なんて全然ない! 絶対ないからね! そもそもそんな風に笑っていないから!」


 顔を真っ赤にして否定する。

 熱はどうでもいいが、エロいおっさんは全力で否定させてもらう。

 うら若き乙女が男の子の前で下品な笑みを浮かべていたなんて、すぐにでも記憶を抹消したい。

 説得力ある嘘を思いつこうとしていると、和也が真剣な眼差しでこちらを見ていた。

 見つめられると自覚すると、ただでさえ真っ赤だった顔がゆでダコのようになり、心臓のリズムが高速に刻まれる。


「立花さんって……」

「え? ええ? わわわわ!」


 あわあわ度に発破がかかる。

 あっちこっち視線がぶれて、和也を直視できなくなった。

 謎の奇声を発して、どんどん冷静さが欠けていく。

 そして、少年は言った。


「そんな顔もできるんだね。クールな人なのかなって思ってたけど、そうでもなくて良かったよ。話しかけやすいしね。さっき話しかけたときの声とか可愛かったなあ」

「忘れて! すぐに忘れて! 記憶から消して!」

「ははー。無理だよ」


 高ぶった感情は、別の方向へと熱を移した。

 呑気に笑っている和也の両肩を掴んで、分身でもしているかのように、ぶんぶん回す。


「あばば。口調も変わってきてるよー。あと目が回ってきたんですけどー。聞いてますかー」

「忘れなさい! 忘れたまえ! 忘れたもう!」

「いやいや、忘れさせたいなら殴るとか他の方法もあるでしょうに……おえっ」

「ああ! 大丈夫!?」


 真っ青な顔をして、本当に気持ち悪くなったらしいため、揺らすのを止める楓。

 やりすぎたかも、と本気で反省する。

 ベンチの横で、膝をついてリバース寸前になっている和也の背中を、謝りながら摩る。

 しばらくして、吐き気が収まった和也が立ち上がる。

 そのままいそいそとベンチから離れていく。怒らせてしまったと怯えたが、杞憂に終わる。


「飲み物買ってくるけど、立花さんは何か飲む?」

「お茶で」

(はっ! 反射的に答えちゃったよ! 迷惑までかけたのに……)

「はいよー」


 軽く返事をして、近くの自動販売機までふらふらしながら歩いていく和也

 広場の入口付近にあり、間に噴水が挟まっているため、様子は伺えない。

 吐き気まで催させ、会話しても素っ気ない。

 いいところなんて一つもない。

 趣味は共通しているのが救いだ。奢ってくれるようだから、きっと嫌われてはいないだろう。

 しかしこれでは友達としてみられているかはわからない。

 先ほどの初接触で「ふわっふ!」と奇声を発した楓は最初からマイナス点。

 日本史という部分と、意図していないギャップというのでプラス点。

 この時点でプラスマイナスゼロ。

 最後の失態で完璧に楓のイメージはマイナスになったはずだ。

 相当ネガティブ思考だがこれは仕方ないもの。

 過去にまともな友達づきあいというのをしたことがない彼女は、幾分と感覚がずれてしまっている。


(これはやっちゃった? もしかしたら飲み物を理由に私を置いていったり……)


 顔が青くなってゆく楓。

 せっかく友達ができそうだったのにこの始末。

 意気込んで家を出た最近の自分が遠く感じられる。

 思考がさらにマイナスの螺旋へとはまろうとしたとき。


「はいお茶。顔青いけど、どうかした?」


 俯く楓に声が。右手にお茶を、左手に清涼飲料水の缶を持つ桐生和也だ。

 見捨てられなかっただけで儲けもの。

 美麗なネガティブぼっち大和撫子はそう思った。


「何でもない」


 内心びくびくしながら、無難な受け答えをする。

 対して、和也はにこにこしながら言った。


「最近引っ越してきたばかりで友達とか全然いないし」

「――っ!」


 楓の瞳孔が見開く。

 ここにいる少年も何かを抱えていて、友達がいないのだと勝手に推測したためだ。 

 話をしっかり聞いていれば、引っ越してきた先にいないだけで、昔からいないとは一言も言っていない。

 盛大に勘違いした楓は、なんだこの子も同志かと目頭に溜まった水滴を片手でぬぐい、空いた手で和也の肩を優しく叩く。


「立花さーん。何か大きく勘違いしてませんかね? 可哀想な子に思われてるような気が尋常なくしてるんですけど」

「いいの。強がらなくていいんだよ。その気持ちはすごいわかる。本当だよ。ぐすっ」

「話聞いてないよね!?」


 今日この日。立花楓は初めてまともに、家族以外と当たり前の会話ができた日となった。

 この出会いが良かったのか悪かったのか。それはまだ誰も知らない。


 


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