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アフターヒーロー  作者: 望月
第一章 帰還した勇者と清条ヶ峰学園
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第四話 桐生家の母

 

 和也と舞の母である桐生真美は過労のため、入院中である。

 苦しい家計を助けるため、無理を押して働いたせいだ。

 倒れた当初は、入院する費用も払えなかった。

 こうして治療を受けられるようになったのは、もはや運がいいとしかいいようがない。

 和也の異世界からの帰還が僅かだが、役に立ったのは嬉しく思う。


「あら、和也に舞じゃない。今日はどうしたの?」

「見舞いだよ。家族なんだからいつ来てもいいじゃないか」

「そうそう。お母さんいつも心配してそうだもんね」


 病室は四つのベッドがあるうち、奥の右隅で真美は眠るように、体を預けていた。

 陽に当たってないせいか、色白でやせこけている。

 兄妹の母らしく容姿は整っているが、不健康さが目立つ。

 普段はまとめていた艶のあった黒髪もおろして楽にしている。

 横に備え付けられたパイプ椅子に座り、今日の出来事をかいつまんで話す。

 流石に忍者や魔王や妖怪とは言わなかった。

 話したとしても、笑い話で済まされるだろう。

 正直に言って、信じてしまったら、正気かどうか疑ってしまう。

 そもそも母の真美も父の智也も妹の舞も、和也の正体を知らない。

 勇者である事も、生まれつき特殊な力を身に宿してい事も。

 生まれ持った異能が地味で、条件が特殊だったせいだ。

 だから家族は、何も知らない。本当に何も。

 

 しばらく話を聞いていた真美は口元に手をあて、嬉しそうに微笑む。

 上品で誇れる母だ。


「まあ! 個性的な生徒さんたちなのね。仲良くやれるといいのだけど……」

「大丈夫だよ。本当にちょっと個性的なだけだから」


 女好きの忍、残念な異界の魔王、青春爆発ドラゴンに大和撫子でクールな妖怪、ついでに異世界帰りの元勇者。

 実に個性的だ。個性的すぎて困る。

 そこに自分が含まれると思うと少し悲しくなる。

 彼女達に最低限の協調性はあると信じたい。


「そういえば、入学式には出てなかったけど何かあったの?」

「E組はなしだってさ。特殊な人たちが多いから、今は一種のお試し期間らしいよ。正式に入学したわけじゃないってことかな。要するに手の込んだ体験入学みたいな感じ。前に言わなかったっけ?」

「あはは、聞き流してました……」


 バツの悪そうに可愛く笑う舞。

 和也からすれば妹らしいので気にはならないが、もう高校生なのだから、しっかりしてほしいものだ。

 ちなみに正式に入学が決まるのは一ヶ月後。

 学校に馴染めなくて、辞めるかどうか考える期間だ。

 それなら普通に入学しても同じだと思われるが、お家によっては事情もそれぞれなため、配慮がある。

 具体的には把握していないが、異能者やら妖怪やら忍やらいるのだ。

 所詮は異世界帰りの和也ではいまいちそのへんの事情を把握できていない。

 多少話はずれたが、本筋へと舞が戻す。


「昔のお兄ちゃんだったら、頭悩ましてただろうにねー」

「ふふ、昔の和也は人見知り気味だったわよね。懐かしいわ」

「そんな時期もあったね。今はむしろ積極的だと思うけど」


 実は、レルービアに召喚される前の和也は人見知りだ。

 重度ではなかったが、自分から関わろうとすることはあまりなかった。

 異世界に無理やり放り出され、生きるために、コミュニケーション能力は必須だった。

 嫌でも和也は多くの人と触れ合う形となった。

 友達一〇〇人作れと言われたら作れる自信がある。


「二人とも元気そうでなによりだわ。そうだ私が退院したらどこか遊びに行きましょう。さっきお父さんが来て、就職先決まったって言っていたから」

「え、本当に!」

「あれ、舞は聞いてなかったのか。清条ヶ峰の事務員に就職したらしいよ」

「聞いてないよ! というかなんでお兄ちゃんは知ってるの!?」


 舞はどうやら聞かされていなかったようだ。

 和也の場合は例外だったらしい。

 おまけのように伝えられたし、さして重要ではなかったのだろう。


「それにしても……和也もこんなに逞しくなっちゃって……。お母さん、何だか泣けてくるわ」

「だよね。すっごい頼りがいがあるというか。家事も覚えちゃってるし。記憶喪失とか意味のわからないごまかししてるけどねー」


 母も妹も追想でもしているのか、外を眺めている。

 和也もなんとなく視線を追って、魑魅魍魎が渦巻く異世界へと踏み入れた、当時を思い出す。


(あの日から四年か……)


 何も知らず、何もできなかった時代。

 血反吐と泥に塗れながら、ひたすらに前に突き進んでいた。

 貧乏ながらも穏やかな生活を送れている今となっては、遠い過去の記憶だ。


「授業の方は大丈夫? あなたちゃんと勉強できていないでしょう?」

「やってはいるけどね。でもまだまだ時間が足りないよ。こんなに早く通えるとは思ってなかったしさ」

「まあ、元々頭は悪くないんだしお兄ちゃんなら問題無いでしょ。しかも超人みたいになってるし」

「超人か。そうか。そうだな」

「なんか自分で認めちゃったよこの人」


 舞は批判交じりの視線を向ける。

 同じ家に住んでいれば分かる程度には、和也の肉体の異常さは感じ取られていた。

 どんなにバイトで夜遅く帰ってこようとも、まったく疲労を見せず、翌日もその次の日も、快調のままだ。

 家の外と内を知る家族だからこそ、微妙な違和感を覚えているのだ。


「そういえば舞は陸上部のエースだったんだろ? 高校でも続けるの?」

「うっわ、露骨な話題そらしだーひくわー」

 

 和也の躊躇のない本題からの逃走に、舞は顔をしかめるが、一応返答する。


「そりゃ続けるよ、もちろん。そんなことより自分の心配しなよ。中学レベルの英語すらできないでしょうが。たとえばほら、理解するって意味の単語言ってみなよ」

「えーと、うーんと、あー、その、ディスカバー?」

「ざーんねん。正解はunderstand。なんでこんなのもわかんないのかなー? お兄ちゃん?」

「あらあら。そんな単語もわからないのならこの先不安ね」

「…………そうですね…………………」


 母の言葉が槍の如く突き刺さる。

だが舞の追撃は終わらない。


「全くだよ。これでまた一つ賢くなりましたねお兄様? ちゃんと理解できましたかー?」

「はい。理解できました……」


 声は小さいのに、態度はでかくなる舞。

 対して声も態度もどんどん小さくなっていく和也。

 まだまだ勉強中の兄の弱い部分をつついてくるとは、いい性格をしている。

 特別な環境で境遇だからこそ、学園に通うことができるのであり、頭がいいから通えるわけではないのだ。

 妹と母からの視線がとても痛い。心が痛い。


「じゃ、じゃあ俺はもう帰るよ。夕飯の支度もしないといけないし」


 バツが悪くなってきたので、逃走する元勇者。母が入院中は和也が料理担当だ。

 実質、帰ってきてからずっと毎日作っている。

 学校に通い始めてからは、当番制にする事となっていた。

 今日は和也の当番。

 見舞いのあとは行きつけのスーパーに寄る予定だ。

 自己紹介の時もそうだが、嘘は言ってない。

 反論される前に、そそくさと病室から足早に出て行く。


 病院を後にすると、ぶらぶらと街を歩く。

 父のお古の腕時計の針は二を示しており、スーパーのセールには早すぎる。

 ぶっちゃけクラスメイトと妹以外に同年代の知り合いがいない和也は暇を持て余していた。

 ゲームセンターに行くにしても金がない。

 どこか遠出するには時間がない。

 この時間帯は人が多いわけではないが、早めに学校が終わった生徒達でごった返している。

 雰囲気に飲み込まれそうになるほど、はっちゃけている学生たちもいた。

 その波から逃れるように、近くの小さな広場の青いベンチに座り込む。

 中央にはどう考えても無駄遣いな量の水を吹き出す噴水がある。その周りには愛を育むカップル達がいた。羨ましくて涙が出そうになる。


「はあ……こんなことなら武蔵に連絡先でも聞いておくべきだったかな」


 真昼間のベンチにて、うなだれる男子高校生。

 ナンパする気はさらさらないが、暇つぶしにはなっただろう。

 武蔵のナンパぶりでも拝見できれば、爆笑できる気がする。

 とてもそんな気がするのだ。


「にしても、いきなりスマートフォン渡されたって使い方わかんないよ……。説明書の一つや二つくれたっていいのに」


 文明の利器とは著しく離れて生活していた和也にとって、かなりキツい仕打ちだ。

 手慰みに、「指で画面が動くってすごいなー」と画面をいじる。

 知らないうちに発展した携帯に感心しながら、時間を潰した。


 何十分経っただろう。画面と向かいあっているだけで何もしていない。

 アプリの入れ方もわからないし、本当に画面を動かしていただけだ。

 古本屋でも行って、四年のいない間に完結した漫画でも読むか、素直に家に帰るか、二択で考えている。

 すると和也の視界の一〇メートル先に、噴水を越えたところにあるベンチに、目立ちまくりの知っている人物が目に入った。

 

 長く、墨のように黒い髪に、凛とした顔立ちの、ザ・大和撫子な、同じクラスの立花楓だ。

 彼女の近くに人はいない。

 他の追随を許さない美貌は、どうやら人を避けてしまっているらしい。

 何故か教室にいたときと違い、ひどく落ち込んでいるようで、うつむいて何かブツブツ唱えている。

 少女を発見した和也は、ちょうどいいし話でもしようかと楓に近づいていく。

 イチャつく恋人の群れを避け、 特に気を遣うわけでもなく、気さくに声を掛ける。

 どうやら考え事をしているようだし、無視されたら嫌だな、と期待していなかったのだが、


「立花さんだよね? 同じクラスの――」

「ふわっふ!」


 なんかとても可愛らしい声が返ってきた。


 



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