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アフターヒーロー  作者: 望月
第一章 帰還した勇者と清条ヶ峰学園
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第三話 一年E組

 校舎内に移動して、これからお世話になるであろう部屋へと足を踏み入れる。

 教室の間取りは一般的な広さで、特別な物はない。

 黒板があって、席が六つあって、教卓があって、ロッカーがあった。

 人数が少ないだけに開放感には満ちてはいる。

 全員が席に着くのを確認すると、楠は全体を見渡して、


「それじゃ自己紹介といこうか。まだ行っていないからね。順番は……右の席からでいいかな。一人一分でよろしく」

  

 席は適当に座っており、右から武蔵、尊大少女、和也、青春少女、大和撫子となっている。

 言葉に応じて席の一番に右に座っている金髪オールバック――服部武蔵が、勢いよく椅子から立ち上がり、和也たちの前に立つ。


「俺は服部武蔵。名前からしてわかると思うが、家は忍者やってる。まあそんなことはどうでもいいんで、これから仲良くやろうぜ! よろしく! あ、ちなみにフリーだから、そこんとこもよろしく!」


 有名な忍者の名前に似ているとは思っていたが、まさかそのまま忍者だったとは想像もしていなかった。

 自分が忍者だと自己紹介する忍者は、果たして忍者と呼んでいいのか気にはなるが、本物の忍者ということで、和也は胸を躍らせる。

 しかし当の武蔵は、和也の方には見向きもせず、女性陣に流し目をしていた。

 だが女性陣は興味がないようで、反応はない。

 代わりに、和也が食いついた。


「へー。忍者っていたんだね。どんな事してるの?」

「そりゃあ……潜入とか情報の奪取ってのもあるけどよお、ここ数十年は妖怪の討伐とか……。って、おめーじゃねえんだよ! 女の子は! 女の子達は俺に訊きたいことはないの!?」

「どけ阿呆。次は私だ」


 武蔵を蹴飛ばし、全員の視線が集まるベストポジションを陣取ったのは、銀髪ツインテールの少女。

 またも何らかの力を行使して、自らの眼前に机を引っ張ってゆくが、スカートが邪魔をしてなかなか上に登れない。


「あとっ! ちょっとで! ええいスカートが邪魔だ!」


 腕をぶんぶん回しながら悪態をつく。口調からは想像できないが、意外と抜けているらしい。

 見かねて和也が助け舟を出す。ちなみに横では忍者が痛みで悶絶している。


「手伝おうか?」

「い、いい! 一人で出来るわ!」


 そして、なんとかスカートが邪魔にならないようにして、立ち上がった彼女はクラスメイトたちを一瞥すると、尊大に言った。


「ルーキフェル=イブリス・クルミナレッテだ。よかったな貴様ら。私のように強く美しい存在なんて見たことがなかろう? 光栄に思えよ。私がこの学園に来てやったこの幸運を! そして噛み締めろ。私という偉大な王がここにいるという現実をな!」


 天上天下唯我独尊という言葉がピッタリな少女だ。

 今も和也たちを、腰に手を当て上から見下ろしていた。

 これだけだったら嫌な奴だと認識されただろうが、むしろ全員微笑ましい目で彼女を見ている。

 彼女の姿はどう見ても、精一杯見栄を張ろうとする小さな女の子にしか考えられない。

 せめて椅子の上に乗るのは止めておくべきだったが、既に手遅れだ。


「な、なんだ貴様らその目は! 不敬に値するぞ!」

「だって……ねえ?」


 和也はルーキフェル=イブリス・クルミナレッテの視線から逃れるように、左隣の元気一杯健康娘に目を向ける。


「可愛いよねー」


 元気一杯健康娘は隣の凍えるような黒髪少女に視線を。


「可愛い」


 誰も味方はいない。皆、彼女を保護者のように見つめている。

 その生暖かい空気が耐え切れず、クルミナレッテは苦しげに言った。


「ふん、私の魅力が理解できないようだな。まあ私が貴様らの理解が及ばない領域にいる存在なのだから、それも無理がないか」

「よし次は俺だな。クルミちゃんは席に戻って戻って」

「く、クルミちゃんとはなんだ! 私は異界の魔王だぞ!」

「魔王?」

「そうだ! 魔王だ!」


 勇者だった和也には因縁ある相手。

 以前ならばその名を聞くだけで体が反応していただろう。

 しかし目の前にいるのは、ちっこい尊大な女の子。

 和也の知っている魔王ではない。

 魔王は迷惑で、謎のプライドを持って、イケメンで、強くて、めちゃくちゃ強かったと記憶している。

 第一、男だった。性別からして違う。

 というか確実に殺した。別人に決まっている。

 地球、レルービア、魔王がいた世界の三つがあるのだから、そのまた違う世界からでもやってきたのだろうと推測する。

 なので、


「そうかー。すごいねー。魔王か。きっと偉いんだろうねー」

「お前バカにしているだろう! 絶対にそうだろう!」

「そんなことないよー。ほら時間がないから」


 流すことにした。

 一人の持ち時間が一分となっているのだから、これ以上は時間が割けない。

 勇者やら魔王やらの因縁より、制限時間の方が大切なだけ。 それだけだ。

 時間は守るように心がけている和也ならではだ。

 和也は椅子を片付け、頭を打ち付け悶えていた武蔵を持ち直させ、高校初の友達になるかもしれないクラスメイト達に対して声を出す。


「桐生和也です。三ヶ月くらい前に、この街に引っ越してきました。趣味はランニングと読書です。料理も得意かな。一応異能者です。これから三年間よろしくお願いします」


 まばらに拍手が起こる。クルミは頬を膨らませてすねていた。

 真実とは違っても、前住んでいた土地とは離れているし、家も売却されている。

 四年間異世界に行っていたのだから、引っ越して、という表現でも間違いではない。

 趣味は本当だ。体がなまらないように毎朝一〇キロ走っているし、向こうにいる間に完結してしまった漫画や小説を、暇を見つけては読んでいる。

 表向きは異能者で通す。

 元々勇者である前に異能者だったから、嘘でもごまかしでもない。

 レルービアに行くまで気づかなかったが。


「じゃあ次はあたしだねー!」


 勢いをつけて椅子から飛び上がり、鼻息を荒げる少女。

 ちょっとうるさいと感じる程の音量で高らかに話し出す。


「フリーネ=ドラゴニックです! ドラゴンなんだけど時間が有り余ってるから来ちゃいました! みんなで青春だぜー! 熱くなろうぜー! でも私がドラゴンなのは他の人達には秘密だからね!」

「ドラゴン、か……。まあいてもおかしくないか」

「ド、ドラゴン? 何でこんなとこに……」


 平然と和也がコメントをする。

 異世界があるのだから、ドラゴンがいたっておかしくはない。奇妙な生物なら向こうにいくらでもいた。

 和也のの常識は、異世界で塗り替えられ、基準が色々とズレている。

 例えばドラゴンが日本いても驚かないぐらいには。

 武蔵が若干悩んでいる素振りを見せているが、大和撫子もクルミも特に反応はない。

 実際ドラゴンは珍しい存在ではないのだろう。


「次。私」


 最後は絶対零度大和撫子。なびく黒髪が印象的だ。

 彼女は前に立つと、間髪いれずに言葉を吐き出していく。


「立花楓。趣味は読書。妖怪。以上」


 言い切って、すぐに席へと戻る。迅速すぎて誰も何も反応しない。

 リアクションに困る斬新な自己紹介だ。

 冷たすぎるが、それも彼女の美しさを引き出している要素の一つか。

 しかし、最後に彼女はとても気になるワードを言っていた。


(妖怪、ね。人間と見分けがつかないな。ドラゴニックさんにも言えるけど)


 妖怪。人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす、不可思議な力を持つ非日常的な存在。

 ドラゴンと同じく人間ですらないが、この学校は青春を望めば誰でもアリなのか。

 もしかしたらクルミも武蔵も人間ではない可能性はある。

 和也も普通の人間ではないので、人の事はいえない。


「皆終わったみたいだね。みんなには既に自己紹介してあるから先生は省いてもいいよね」

「別にいいんじゃねえの。興味ねえし」

「あははー興味なーい」

「服部君もドラゴニックさんもひどいよ……。先生の心はズタボロだよ……っ!」


 涙目どころか本格的に泣き出す担任教師。

 まだまだ若いと思われるのだが、容姿も相まってかなりお年を召した方に感じられる。

 滴る雫を拭うと、楠はクラスを見渡す。


「今日はもうこれで終わりになるけど、最後に委員長を決めます。他のクラスとも交流する機会が多い重要な役目だから、コミュニケーション能力が大切になる。というわけで桐生君よろしく」

「……やるのは構わないんですけど、脈絡がなさすぎませんか? 他の人の同意も得ないといけませんし」

「この中だと君が一番まとも(・・・)だからね。みんなもそれでいいだろう?」

 

 委員長をやるのはやぶさかではない。せっかくの学校生活だ。

 それっぽいことを体験しておいても損はしない。何事も経験である。

 ちなみにクラスメイト達の反応は、


「俺も和也でいいと思うぜ。人あたり良さそうだし、適任だろ」

「私の上に立つのは気に食わんが……いいだろう。初のクラスメイトだ。それぐらいは譲ってやる」

「無理」

「あたしはめんどくさいからパスー!」

「ほらみんな、君でいいみたいだよ」


 後半になればなるほど自分本位の意見が目立っている。

 楓とフリーネにいたっては隠す気もない。


「わかりました。慣れるまで時間がかかると思いますが、精一杯やらせてもらいます」


 言いたいことは山のようにあるけれど、自分にとって不都合な理由があるわけではないので、悩むまでもなく引き受ける。

 意思の確認は念のためやっただけで、回避は不可能だと感じていた。

 まずクラスの代表を任せられそうな人がいないというのもある。


「頼んだよ桐生君。それじゃ今日はこれで解散。明日はちゃんと授業あるから教材を忘れないように。寮じゃない人は気をつけて帰ってね」

「じゃあまたねーみんなー!」

「さあて、可愛い女の子でも探しに行きますか! 既にめぼしい子はチェック済みよ……」

「さよなら」

「ちっ、どいつもこいつもバカにしおって……! 憂さ晴らしにゲーセンでもよるか」

「僕も戻ろうか。くそったれ学園長に報告しにいかないといけないし」


 生徒たちは思い思いに口走り、教室から出て行った。

 楠も手元の書類を整頓したあと、それに続いていく。

 和也がただ一人、ポツンと取り残される。音一つせず、静寂に包み込まれた狭い世界。

 静かになったことで頭が段々と冷静となっていく。

 このクラスの事情は把握している。

 だからといって、この自由奔放すぎるクラスメイト達と仲良くできるかどうかは定かではない。


「はあ……。頑張ろうっと」


 多種多様な生徒ばかりの一年E組。

 三年間過ごす面子の濃さに、友人ができそうな嬉しさ半分と先の見えなさ半分の重い息を吐いた。



***



 そのあと、すぐに校舎を出た。

 早速、女子の物色をしていた武蔵に「ナンパしようぜ」と誘われたが、断った。

 行かねばならない場所があったからだ。

 母が入院している病院。見舞いと学校について報告するためだ。

 過労ゆえに入院してしまった母。

 和也がレルービアに行っても行かなくとも結果は変わらなかったかもしれないが、いなかったという事実は責任を感じさせる。

 最近では体調も戻ってきて、笑顔を見せるようになった。

 退院まで、あと一歩と言ったところまできている。

 舞もあとで合流する予定だ。

 そんなわけで、足早に駆けていこうとすると、後ろから和也を呼ぶ声がする。


「桐生君! ちょっと待って! 渡したいものがあるんだ!」


 担任の楠だ。人目を顧みずに走ってきて、和也の前で立ち止まると肩を上下させながら、懐から出した黒い携帯、スマートフォンを手渡した。

 よく見れば、学園の校章が刻まれている。

 型は記憶が正しければ、最新式の携帯だ。

 これがいったいどうしたのだろうか。


「あのこれは?」

「携帯だよ。君携帯持ってないだろう?」


 和也は携帯を持っていない。金銭的余裕がないからだ。

 舞は募金のおかげで余裕ができたので持たせてあるが、兄の方はあまり必要性を感じなかったので、購入していない。

 連絡したとしても家族だけで、友達と呼べる存在はいなくなってしまっている。

 遠出もしないのだから使う機会も少ない。


「そうですけど……。ここまでしてくれる理由はないですよね?」

「学園側からの入学祝い。とでも思ってくれ。E組に在籍している子には全員持たせてある。妖怪や異世界から来ている人は持っていないからね。ま、とりあえず受け取ってくれ」

「至れり尽くせりですね、色々と」


 和やかな顔の楠から和也へと携帯が譲り渡さると、突如音楽を流し、振動する。

 しかも日本人なら誰でも知っているであろう君が代だ。

 どういう基準で選択したのだろうか。

 予想外の出来事に、思わず動転してしまう。

 硬い地面に落っことしそうになるが、なんとか手の平に収めることに成功した。


「学園長からだよ。使ったことがないだろうから、紹介も兼ねているらしいよ」


 学園長。この学園の長。六人だけの入学式にも姿を現さなかった正体不明の人物。

 普通に自己紹介するなら式の時でも、教室にいる時でも良かっただろうに。

 疑問に思いながら電話に出ようとするが。

 一拍置いて、携帯を開こうとする手の動きを止めた。


「……どうやって使うんでしょうか?」

「ああごめん! 説明してなかったね。君はこっちの世界の出身だから忘れていたよ」


 携帯を購入する前に異世界に拉致られたため、使い方は一切知らない。

 妹が友人とメールしているのを遠目で見ていただけだ。使用方法を簡単に教えられて、とりあえず出ることができた。

 ちなみにその間ずっと国歌の君が代が流れている。

 自分で設定したわけではないが、高校生の携帯から国家が流れるのは如何なものか。


「もしもし」

『やあ桐生君。私はここの学園長をやらせてもらっている者だ。名前は秘密。年齢も秘密。趣味は劇の鑑賞。詮索は禁則事項です。というわけでよろしく頼むよ』


 畳み掛けるように聞こえてきたのは、男性とも女性ともとれる中性的な声だ。

 強いて言うなら少年らしさがあるような気もする。どちらにせよ性別はどうでもいい。

 和也が会話しているのは学園長。それだけで他の要素は関係ない。

 忍、魔王、ドラゴン、妖怪、そして勇者。

 これほどにも危険度が高い少年少女たちを集めた元凶とも呼べる存在。何を企んでいるかわかったものではないのだ。

 怪しい存在をを信じるには、まだ情報も時間も足りない。

 意識しなくとも、言葉に刺がある。


「そうですね。少なくとも三年間はお世話になります。物語鑑賞が趣味なこと以外、素性不明の学園長先生?」

『やけに刺々しいじゃないか。まあそれも仕方ないか。君の立場からしたらあまりに話が良すぎるからね。疑ってもおかしくはない。まあ基本的に私は何も関与しないし、気を張る必要はないよ。君はただ自分が望むように青春を謳歌してくれればいい』

「そんな都合の良い言葉を並べられただけで信用すると思いますか?」

『信用を得るにはまだ遠いようだね。服部君は簡単に信じてくれたのにね。これも個性か』

「それは個性と呼ぶより、武蔵がおかしいだけだと思いますよ」


 忍がそれでいいのか、と小一時間程問いただしたいところだが、まだ学園長の相手をしなければならない。頭を掻きながら、携帯をさらに口に寄せる。


『服部君がちょろい話はさておき、わかっていると思うが、普通とは言い難い生徒や教員は学園内に少数ながら存在する。超常の力を持つ子達が多いからね。いざとなったら押さえつける必要もある。隣にいる楠君も異能者だ。彼の異能、分身能力は便利だから、こちらとしても重宝しているよ。おかげでいくら働かせても過労死しないからね』

「……急に悪寒が走ったのだけど、学園長が何か言っていたかい?」

「い、いや何も言ってませんよ」


 なんだか聞かれてはいけない気がしたので、楠には伏せることにした。

 しかし彼も異能者だとは思わなかった。

 分身を作りだす力なんて、労働力としてはこの上なく完璧だろう。

 学園長の言うように、過労で倒れることのない理想的な労働者だ。

 経営者としては、きっと重宝する能力だろう。


『これにて失礼しようか。これ以上時間を取ってしまうのは悪いしね。もう一度言うが、君は自分が望むがままにしてくれて構わない。よく覚えていてくれ。あと桐生智也、君の父親だが、ここに就職させておいた。ではグッバイ』

「は? それってどういう……切れてる……」

 

 確かに就職の望みはあるとは聞いてはいるが、真偽のほどはわからない。

 とにかく通話は途切れてしまった。

 電話が切れたあとの独特の高い機械音が流れるだけ。

 しばし携帯を見つめ、閉じる。


 やはり学園長は怪しい。

 和也が学園に入学した目的は、清条ヶ峰に『裏』が存在するか調べるためだ。

 彼らの大層な理念が本当ならそれでいい。和也も平穏に学園生活を送る。

 しかし、その平穏を壊そうとするのなら、全面的に戦うつもりだ。


 まだまだ疑念は晴れない。だとしても学園生活を続けるしかないだろう。

 今はまだ信じるしかない。

 和也は制服のポケットに新しく手に入れた電子機器を突っ込むと、楠に別れを告げ、舞と合流し、母が待つ病院と向かった。





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