第七話 一つ屋根の下の元勇者と忍者
「……結局襲いに来ないな」
夜九時。
家族には連絡を入れ、武蔵の寮の部屋にいた。
清条ヶ峰学園の敷地内にある男子寮。
親元から離れている生徒が生活している。
女子寮も存在し、当たり前だが、同じ棟ではない。
E組生徒は男子寮ではなく、近くに建てられたE組用の寮で暮らしている。
こちらも男女別であり、よからぬ事が起こらないようにされていた。
武蔵の部屋は決して広くはないが、人一人が生活するには十分なスペース。
あとは必要最低限な家具と、趣味だと思われるロボットのプラモデル。
壁にはグラビアの巨乳美女のポスターが貼られていた。
あの後、すぐに武蔵がいる寮まで移動し、そのまま今まで張り付いている。
楠に頼み込んで、和也は武蔵の身辺の警護を担当していた。
和也なら周囲の異変にも気づけるし、能力的にも申し分ないからだ。
そこまでしていたのだが、今のところ平和その物だった。
どれだけ平和だったというと、トランプのゲーム各種で三〇連勝できるぐらい平和だった。
危惧していた忍者の襲撃はない。
寮付近では、寮監と楠の分身が見張っている。
そちらからも連絡はない。
待てど暮らせど、忍者は武蔵を襲いに来なかった。
監視の機械は一度破壊したら二度と近くに寄ってこず、監視すらも止めているようだ。
拍子抜けもいいとこだ。
忍者が使用していた機械も破壊し、こちらが存在に気づいたのはわかっているはずである。
時間が経てば経つほどに、向こうが不利なるのは明白。
ここで打って出ないのは裏があるとしか思えない。
和也が敵の忍者の真意を図りかねていると、武蔵が呑気にあくびをする。
「あーねっむ。俺を狙ってる忍者は来ねえみたいだし、もう寝ようぜ」
狙われているという自覚があるのかも怪しい態度だ。
忍者の事は一番知っているはずの武蔵がこんなのだと、調子が狂う。
「あのな武蔵。お前が敵の目的なんだぞ。もう少し危機感を持ってくれないと」
「正確には俺じゃなくて、親父が作った、こいつだけどな」
履いているスウェットのポケットから小さくまとまった、白と赤の塗装に金色の突起が装飾された金属製の物体を取り出す。
超戦士装甲だ。
現状、世界に一つしかないと呼ばれる対妖怪用単独決戦兵器。
強固な鎧にビームサーベルなど、様々なギミックが搭載されている。
外見は特撮ヒーローで、恥ずかしい台詞を言わないと変身できないのが残念な点だ。
そして、これこそ敵忍者の目的でもある。
武蔵は嫌いな物を見たくないとばかりに、超戦士装甲をベッドに放り投げた。
「欲しいってんなら、くれてやんよあんなもん。俺しか操作できないように設定されちまってるけどよ」
「何か適当だね。もっとこう、貴重な物じゃないのか?」
「世界に一つしかねえし、そりゃ貴重だろうよ。でもよ。特撮みたいな格好で、くっさい台詞ばっか吐かされて。適当になるに決まってんだろ」
武蔵は忌々しげに、ベッドに放置したそれを見る。
脳裏に浮かぶのは、過去の悪夢。
父親が開発した最高のパワードスーツと聞いて、嬉々として装着してみれば、特撮風味のダサいスーツ。
最初の頃はまだ我慢できた。
というかその頃はまだノリノリだった。
『ヒーロースーツかっけー!』とか『グランドセイバァァァアア!』と喜んで叫んでいた時期だった。
今思えば、身悶えしてしまう程のメモリー。
すぐさま抹消したい記憶だ。
他にもある。
他の里の忍者との合同作戦の時の事だ。
敵は人を喰い殺し、被害を拡大させてきた上位妖怪で、油断ならない相手。
仲間の忍者が妖怪を追い込み、武蔵が超戦士装甲で仕留める作戦だった。
忍者達は傷つき、お互いフォローしながら、事を上手に進ませ、武蔵の目の前まで誘き寄せる事に成功。
数多くの犠牲。
散っていた同胞達。
自分がやらねば皆死んでしまうという使命感。
全てが武蔵を支え、動かしていた。
そう、ここまでは順調だったのだ。
妖怪を殺すために武蔵は変身する。
当然、お決まりの台詞を堂々と言わなければならない。
仲間のためにも、武蔵は気合を入れ、戦う準備を整えたのだが。
その時の空気の何とも言えなさは尋常ではなかった。
ボロボロの仲間も、敵の妖怪でさえも、憐れみの目で武蔵を見ていた。
当時は何故仲間が白けていたのかはわからなかったが、振り返ってみれば、途轍もなく恥ずかしい。
数えればキリがないほど、昔の武蔵は黒歴史を重ねに重ねていた。
父親の『ヒーローに秘密基地は付き物』の一言で本州から離れた無人島での生活。
特撮スーツの強要から何まで、溜まりに溜まったストレスが爆発し、武蔵はこの成城ヶ峰学園に来ているのだ。
「親父さん嫌いなのか?」
「嫌いだね。趣味は押し付けるし、人を振り回しまくるし。自分勝手な野郎だからな」
「……そうか」
機嫌が悪くなり始める武蔵。
余程ストレスが溜まっているらしい。
和也はタンスにもたれ掛かりながら、会話を続ける。
「俺は一〇年に一度の天才らしいのに、親父は忍者の歴史上最高の天才とか呼ばれててよ。俺がいくら頑張ろうが、どいつもこいつも親父、親父、親父。嫌になってくるぜ……」
そして始まる武蔵の愚痴。
だが言うほど、父親を嫌っているわけでもないようだ。
その声色からは内容と反して、嫌悪感を伝わってこないからだ。
愚痴も罵倒から段々と、日頃の鬱憤に変わりつつある。
本当に嫌いなら、いつまでも超戦士装甲を手元に置いておくはずがない。
さらに言えば、学園の平和のために危険を避けようと、敵に譲り渡してしまう事だってできた。
単に渡すと非常にまずいだけで、渡さないという線もあるが、武蔵からはそんな話はでなかった。
「……まあ、色々教えてくれたのは、そこだけは、感謝してるけどな」
武蔵は最後に、聞き取るのに苦労する声量で、そう締めくくる。
二〇分程ずっと愚痴を浴び続けていた也だが、ばっちり最初から最後まで聴いていた。
最後のそれもしっかりと耳で捉えている。
和也の超人的身体能力に消え入りそうな声など、通用するわけがないのだ。
「最後の聴こえているからな」
「なっ! お前の聴力どうなってんだよ……。前から思ってたけどお前人間か?」
「気持ちは人間かな。そんな事より、聞かれたくないなら最初から言わなければいいのに」
「うるせえ! うっかりだうっかり!」
バツが悪そうに、そっぽを向く武蔵。
和也はそれを微笑ましく見ていた。
いたたまれなくなったか、武蔵はわざとらしく咳をする。
「……超戦士装甲を狙ってんのは甲賀の忍者だな」
「話題の変え方が強引すぎるけど、どうしてそう思う?」
「伊賀と甲賀は仲が悪くてな。よく伊賀の技術の方がすげえだとか、甲賀の方がすげえって、くっだらねえ事で争ってんだよ。いつも小競り合いみたいなもんで、死人も出たことないしな。今回も大した事じゃねえよ。迷惑かかると思うが、その内勝手に引き下がるだろ」
「そうだといいんだけどね」
武蔵はダルそうにしながら、ベッドに仰向けに寝転がる。
武蔵には危機感が足りなさすぎるが、彼の経験上、傷を負った者はいても、死人はいなかった。
伊賀と甲賀の技術合戦。
自分達よりも優れた技術を持っていよう物なら、監視兵器を差し向けたり、諜報員を忍び込ませたりしていた。
時には試し打ちを兼ねて、兵器を乱射する事もあるが、それも滅多にない。
腐っても人間を守るための忍者が、人間を殺すわけがないからだ。
傷つけるのすら、忍者同士でしか発生しない。
学園の妖怪だって、外の色んな勢力と繋がっている者もいる。
甲賀の戦力を考えると、下手に手は出さないだろう。
忍者が狩る妖怪はあくまで、人間に悪影響をもたらす者に限定される。
妖怪の大勢力を相手にする戦力はない。
「楠先生にも悪い事しちまったな。忍者は隠れる事と逃げる事に関しては、妖怪だって出し抜ける。先生がいくら数を増やしたところで、見つかるわけがねえんだよな」
昼から夜までの楠の努力が、いともたやすく否定される。
彼は分身達を使い、街中を探索している。
だが結果は出ていない。
忍者は仕事柄、妖怪に恨まれる。
よって生き残るために必要になるのが、偽装と逃走技術。
妖怪と戦う力も要るが、本拠地を叩かれてしまっては元も子もない。
必然的に最も技術力が高いのは、これらの技術になる。
その技術力の高さは、現代まで忍者が妖怪に淘汰されずに生き残っている事が証明している。
異能者でも、数を増やす事しかできない楠が懸命に探したところで、まず見つからなかったりする。
「それ最初に言っておこうよ……」
「あの人妙に張り切ってて、言う暇がなかったんだ」
呆れ気味の和也に、武蔵が頬を掻きながら反論する。
生徒思いの楠の事だから、おおかた武蔵が伝える前に出て行ってしまったのだと想像がついた。
学園長に分身を過労死寸前まで働かせられ、生徒が危険に陥っても手を出せない楠。
潜んでいる敵を探す仕事だけでも、彼としては喜びを感じるのだろう。
今も探索に励んでいるのを思うと、伝える気分にはならなかった。
そもそも和也が探した方が良かったのではないかと思えるが、どちらにしろ結果は変わらなかっただろう。
和也は彼の異能、『分身』を劣化コピーしてみたのだが、全くもって使えない能力となってしまっていた。
分身を二人創り出せるようになったのはいいものの、とにかく軽いのだ。
見かけ上は和也と変わりない。
ただ風船みたいに軽い。
風が吹けば飛んでいくような分身は、正直なところ使い道がない。
楠の『僕の異能すごいだろ? だろ?』的な顔をされたのだが、愛想笑いしかできなかった。
「てなわけで、甲賀の忍者共が襲ってくる事はねえから、もっかい神経衰弱やろうぜ。次は絶対に勝ってやるよ!」
「あと一回だけな。終わったらさっさと寝るんだ。わかった?」
「そんな上から目線はこれで終わりにしてやんよ!」
「はいはい。勝っても負けても寝るんだぞ」
ベッドの上で、鬼気迫るオーラを纏う武蔵。
これまで武蔵は負けっぱなし。イカサマ込みでも負けっぱなし。
どうにか和也に勝ちたい武蔵は、既にトランプに様々な仕掛けを行っていた。
その熱意は凄まじいが、武蔵は知らない。
そして気づかない。情報も足らなかったから、仕方がない。
和也の直感はほぼ的中する。
どれを選べば合うか大体見当はつき、イカサマも通じない。
こういったトランプゲーム。特に直感でもどうにかなるルールでは、元勇者は実質最強なのだ。
★★★★★
「勝てねぇ……」
「はい俺の勝ちっと。さっさと寝ような」
勝負は和也の圧倒的大勝利。
トランプの束がめちゃくちゃ厚い和也とは逆に、武蔵は薄い。とにかく薄かった。
武蔵は酷い負けを喫したせいか、完全に沈黙し、枕に顔をうずめた。
「お前、勘がいいとかそういうレベルじゃねえよ。イカサマしてんじゃねえだろうな」
「勘だよ。ただの勘。俺もやりすぎたような気もするけどね」
和也はちょっぴり反省しつつも、就寝の準備をする。
今日はこのまま武蔵の部屋に泊まる。
武蔵の話を聞くと、意味がなさそうではるが、念には念だ。
明日は日曜日だし、寮監の許可も取ってある。
一応気を抜かずに、夜も警護を続けるつもりだ。
「本当に下でいいのか? 俺だけベッドで何か悪い気がするんだが」
「いやいいよ。無理に来ているような物だし。布団もちゃんとあるしね」
和也は寮監から、布団と枕を寮から拝借しており、何ら問題ない。
異世界で過ごしていた時は、葉っぱにくるまって夜を越した日もあるので、今は天国も同然だ。
甲賀の忍者に狙われているにしても、こうして布団があるだけで安心感が違う。
しばらくすると、お互い話す事もなくなって、次第に静かになっていく。
横目で武蔵の方を見ると、和也とは逆方向の壁を向いていて、既に寝ていてそうだ。
念の為に朝まで起きているつもりの和也は、警戒を続け、じっと寝転がっている。
外もすっかり静かになり、月が闇夜を照らしていた。
物音一つせず、鼠一匹近づいてくる気配はない。
時計の針を刻む音だけが、唯一聴こえてくる。
張り切っている楠の分身もいるので、そこまで警戒する必要はないのかもしれないが。
三時間は経っただろうか。
和也が窓越しに月を眺めていると、
「なあ和也。起きてるか?」
完全に寝入っていた武蔵が、突然声をあげた。
起きたばかりでもなさそうなので、ずっと目が覚めていたようだ。
「起きてるけど、どうかした?」
「……ありがとな」
「え?」
唐突に感謝の言葉を述べる武蔵に、まともな返答ができなかった。
武蔵は天井を見つめながら続けた。
「こうやって友達と泊まりとか初めてでよ。状況があれだから何とも言えねえけどさ。ゲームやって、馬鹿みたいにどうでもいい事言って。なんかこういうのも悪くねえと思ってな。こうなんつーか……一言言っておきたくてよ」
恥ずかしそうに、頬を掻く武蔵。
武蔵は学校に通ったことはなかった。
この清条ヶ峰学園が初めてだ。
清条ヶ峰に通う忍者は武蔵だけ。
彼も彼で、E組の中で浮いている一人だ。
忍者は自分達の情報を外部に流出する事を避けたいため、こういった学園にはまずいない。
そもそも教育自体、里内で行われる。
武蔵は父親に全てを教えてもらい、世界に一つしかない兵器を扱い、身分も伊賀では最高レベルで、何不自由ない生活を送っていた。
ただし、そこでは出来ない事が、学園はできた。
彼女を作る。
たったそれだけ理由だ。
他人は鼻で笑うような動機だが、武蔵にとっては大変重要な事だ。
彼がここ数年生活していたのは日本から遠く離れた絶海の孤島。
しかも父親と母親との三人暮らし。
年頃の少年にとっては地獄である。
里に戻れば女の子はいるが、すぐに連れ戻される。
ならば父親に干渉されず、女子と触れ合える場所が求められた。
そこで白羽の矢が立ったのが、清条ヶ峰学園だ。
謎の学園長の影響で、大半の勢力は傍観状態。
父親とて迂闊に手を出せない場所だ。
母親に許可を取り、決死の脱出劇をして、学園に通う事となった武蔵。
彼女が欲しいという願望はうまくいかなかったものの、男友達は大量にできた。
それはそれで、楽しく過ごせた。
やりたくてもやれなかった事がたくさんできた。
それだけでも、武蔵は十分だった。
例えば、今のように友人との泊まり。
これも初めてだ。
里に友人はいたが、ごく少数で、ほとんど同僚的な扱いだ。
今日は楽しかった。
不謹慎だが、とても楽しかったのだ。
「俺も楽しかったよ。こんな状況じゃなければもっと良かったけどね」
「まあな。だけど、すぐに引き下がるだろうからほっとけ。んじゃ俺寝るわ。色々一方的に言っちまって悪かったな。お休み」
「お休み。また明日」
そして武蔵は今度こそ眠りについた。
いつも女の子の胸の事しか考えていなさそうな友人の、新たな一面を見たような気がする。
今夜、武蔵は和也を友人として、たくさんの『自分』を曝け出してくれた。
確実に信頼関係が芽生えているのを感じる。
こんな風に、牛鬼とも、甲賀の忍者とも、異世界で和也が殺した魔王とも、馬鹿みたいに騒げる友人になれたらどんなに良かったのだろう。
今となってはどうにもならない、過ぎ去った出来事。
そうだとしても、考えずにはいられなかった。
諸事情により来週は更新できません
再来週の水曜日に更新再開します




