第二話 清条ヶ峰学園
私立清条ヶ峰学園。
日本の中部地方に存在し、その数ある学校の中で最も施設が充実し、学力も相応に高い学園である。進学率は国内随一。就職を望む生徒たちがいるのなら、必ず希望の企業に就かせるだけの実力を身につけさせると評判も高い。
遠方からやってくる学生も多く、寮も完備。
卒業生は様々な分野で活躍している。それが世間一般の認識である。
***
四月九日。
桜の花びらが舞い散り、雲一つない快晴の下、古き良き、定番中の定番というような真新しい学生服を身に付け、堂々と周囲を見渡す男が一人。
勇者だった少年――桐生和也その人だ。
目前に広がるのは、横長の白い四階建ての校舎、広大な運動場や体育館など、金が費やされていそうな施設の数々だ。
行き交う学生達は、周りの様子を伺うようにする人やグループでまとまっているのが、大半を占めており、和也は場から浮いていた。
「でもよく入学できたよね。私かなり勉強してこの学校に入ったんだけど……」
少し離れたところで、前から友達だと思われる少女と話し込んでいた舞が和也の肩を叩く。
暖かい風に揺られて、少し長めの髪が波のように流れている。
「ま、何か考えがあったんじゃないかな。 行方不明で記憶喪失の哀れな少年を迎えるだけの度量がありますよ的な。教育もバッチリこなせますよとか」
「黒いねぇ。でもそんな感じなのかな。大人って怖いねー。にしてもあの通知はなんだったのかな? すごい変な文章だったけど。勇者とかなんかのサプライズ?」
「少しでも好感を得ようとしたんじゃないかな。まあ気にすることじゃないよ」
兄妹は、密着して会話を弾ませる。
ここは私立清条ヶ峰学園。今日から和也が、舞が通うこととなる学校だ。
事はおよそ一ヶ月前に遡る――
『桐生和也様。ご帰還おめでとうございます。僭越ながら我々清条ヶ峰学園はあなたを歓迎します。By学園長』
例の手紙にはそう書かれていた。舞が変な文章と言っていたが、まさにその通りだ。
ご帰還おめでとうございます? 事情を知っているのなら無事でなによりです、あたりが無難だ。
表向きは四年間行方不明の少年が記憶喪失で帰ってきた、となっている。用法としては間違っていない。しかしわざわざ帰還と表す必要もない。
極めつけに。ご丁寧に勇者様とまで付けられている。
ならば。このままの意味の通りに受け取るのならば。
――知っている。この学園は俺の過去を知っている。
理解した途端に、身の毛がよだつ思いになった。自分だけならいい。大抵の事ならどうとでもできる。 でも家族は違う。 和也のように高い身体能力も、異能も持ち合わせていない。
相手は間違いなく異世界の存在を認知している個人、もしくは組織だろう。
ただの人間では自衛手段は持っているはずがない。
とっさに手紙を握りつぶす。あっという間にシワだらけに丸まった紙をさらにバラバラに千切りゴミ箱に捨てる。
「ちょ、何してんの! それ学校のやつでしょ!?」
「……ちょっと力んじゃって」
「力むどころじゃないよね!? 思いっきり悪意があったよね!?」
妹の大声が、部屋中に響き渡る。
適当にごまかしたが、もう舞にも両親にも知られるわけにはいかなくなった。
下手に実情を把握してしまえば、危険に晒される可能性がある。和也と関わっている時点で既に何者かの手が迫っていないとも言い切れない。
今すぐにでも対応しなければ。一刻の猶予もない。
家の位置は知られ、過去も調査済みときている。
なるべく声を抑え、平常心を心掛け、舞に訊ねる。
「この封筒を持ってきたのは誰かわかる?」
「え? 何でそんな事……」
「いいから、教えてくれ。服装は? 顔は? 声の高低は? 何でもいいんだ」
「……普通の郵便屋さんだったよ。どこもおかしくない普通の人。強いて言うなら眉間にホクロがあったぐらい」
「……そうか」
手紙を届けに来た人物が白か黒かはまだ判別はつかない。
危害を加えるつもりなら、舞を誘拐するなりしていたはずである。人質がいれば有利な方に話を進められるのは当たり前だ。しかしそうしなかった。
実際は紙切れが送られてきただけ。
何が目的なのか。
家族か。和也か。レルービアの情報か。はたまた魔王に関する何かか。
絞りきるには圧倒的に情報が足りない。
その時、コンコンと。扉をノックする音が聞こえた。
反射的に音のする方へと視線が注がれる。舞が返事をして開けようとするのを制する。
「俺が出るよ」
なるべく平静を装ったが、内心穏やかではない。
このタイミング。偶然にしても絶妙すぎる。危険である可能性が高い。
舞の立ち位置を確認し、いつでも抱えて逃げられるよう準備し、目を据えて汗ばむ手でドアノブを握る。そして回した。
和也は僅かな隙間から、訪問者の顔を視認した。
「こんばんは。君は……桐生和也君かな?」
声は少し高めで、眼鏡をかけ、白髪交じりの黒の前髪を垂れ流し、役所で働いていそうな生真面目さを全身からアピールした紺色のスーツの男だった。
「……こんばんは。桐生和也ですが……どちら様でしょうか?」
「清条ヶ峰学園の者です。君にお話がありまして。入学に関しての説明についてです。お時間はよろしいかい?」
眼鏡をクイッと右手で上げ、あくまで敵意がなさそうに話している。
やはり清条ヶ峰学園。和也の正体を知っているのなら警戒されていてもおかしくないとわかっているはずなのに、この男はとても優しそうな目をしていた。
体つきは細いが、男からはただならぬ雰囲気を感じる。
「五分ぐらいなら。手短にお願いします」
部屋の外に出る。冬特有の冷たい息吹が入り込んできた。
ただでさえ暖房性に欠けている家だ。間髪いれずに閉めた。 舞には話があるからと、中で待ってもらう。
男を部屋に上げるわけにはいかないが、追い返すわけにもいかない。
だが離れてしまうと、舞を危険な状況へと追い込む可能性もある。
ここは家のすぐそばで用件を済ますのがベストだ。
父と母については現状どうしようもない。まずは目の前の問題を片付ける。
男は左、和也は右。扉を挟むように立つ。
いつ戦闘に突入してもいいように、周囲に気をめぐらす。
準備はできた。
お互いの事情を把握した前提で話し出す。
「外だと寒いんだが、仕方ない。まずはどこから話そうか……。手紙は読んだかな?」
「はい。一通り目は通しました」
「ならわかっているね。今日は清条ヶ峰学園についての詳しい説明にきた」
「まるで俺が入学する前提の言い方ですね……。まだ入るとは一言も言ってないんですが」
「いいや。君は間違いなく入学するよ。このご時世だ。高校ぐらい通っておいたほうがいい」
「…………」
返す言葉はなかった。不況もいいとこの日本だ。
学歴は高いほうがいい。いずれ学校には通うつもりだったのだ。
学力が足りないので延期していたが、向こうが入学させてくれるというのなら、かなりの時間を短縮できる。
旨みはある。本当の話なら。
「どういう理由にしろ、事情が分かった上で、俺みたいな変な人間を学校になんて入学させても、迷惑しかかからないと思いますが」
「いいや君を迎え入れる準備は出来ている。何も問題はないよ」
男は頬を緩ませて、言った。
和也はそんな男を訝しげに睨む。
「君の気持ちは分かるが、考えすぎだよ。こちらは学園生活』を提供するために動いているだけさ。そう君のような――」
***
「お兄ちゃん? どうかした?」
「ん? いや何でもないよ。考え事してただけ」
和也の思考は中断された。少々気が緩みすぎていたようだ。 舞が不審な人物を見るかのような目をしていた。とりあえず話を切り替えようとしたが、妹の方から話題を振ってきた。
「ええとお兄ちゃんのクラスはE組だったよね? 私はB組だから違うクラスかー。大丈夫? 怖くない? 一人で寂しくない? 泣かない?」
「怖くないし、寂しくもないし、泣きもしないよ」
親が子を見守るかのように、心配してくる。声がとても優しげで、本気で和也がやっていけるかどうか不安らしい。
ちょっと心外だと思いつつ、明るい口調で言う。
「泣いてるとか云々は昔の話だろう? 今はもう泣き虫なんかじゃないさ」
「本当にぃ?」
「本当だって。あともう時間みたいだ。理由は知らないけど、E組だけ別行動だからね。入学式も他のクラスと別々らしいし、何を考えてるんだか」
「E組は特別扱いみたいだよね。選ばれる基準もよくわかってないみたいだし。気にしたって仕方ないけどさ。じゃあまたね。本当に一人で大丈夫だよねー?」
全然信じてくれない妹に辟易しながら、今日から何事もなければ、三年間通うこととなる教室に向かう。何故かE組は他のクラスと違い、全学年別校舎で、それぞれ独立している。
規定人数も本来とは大きくちがう。
天才の育成のため、新たな学校生活の実験的に採用、問題児たちの集まり、様々な憶測があるが、どれもハッキリさせていない。
つまり木の葉を隠すなら森の中という奴だ。
通う生徒は全て堂々とは言えない事情があるのだから。
迷ってしまう程広い敷地を前へ前へと歩いていると、A組からD組、一クラス四〇名、計一六〇名が勉学に励む学び舎の北方向にそびえ立つ、寂れた二階建て木造校舎が目に入る。
周辺は学校内の敷地内にも関わらず、木が大量に生えていた。森一歩手前の林と言ったところか。
校舎自体は真新しくはあるのだが、人気が少ないせいで、ホラー映画に出てきそうな雰囲気を醸し出している。
「おはよう。待っていたよ。あれから……三週間くらいか」
校舎の方に視線を奪われていたため、存在に気づかなかったが、校舎の前の小さなベンチ付きの広場にこちらに手を上げて大きく振っている人影が。
その人影は見覚えがある。あの夜、家に訪問してきた男だ。 あれからも働き詰めだったのか、今も疲れていそうな顔をしている。
和也は男に近づくと、挨拶を返す。
「おはようございます。ええと……」
「そういえば名乗ってなかったね。楠俊雄だ。清条ヶ峰で教師をやらせてもらっている。ついでに言えば君の担任さ」
「そうなんですか。優しそうな先生でなによりです。存じていると思いますが、桐生和也です。よろしくお願いします」
「うん。しっかり挨拶できてよろしい。こちらこそ頼むよ」
お辞儀し、挨拶を交わし、お互いの素性を確認する。掴みが良かったのか少し上機嫌なご様子。やや疲労気味なようで目の下に隈があるものの。
簡単な自己紹介。何ら気にする事はない。少し安心して、胸をほっと下ろすと、
「桐生君。あの夜にも言ったが、この学園のE組の子は……」
「わかっています。クラスメイトの素性の詮索はなし、ですよね」
「そのとおり。触れられたくない過去がある子が多いからね。まあ自分から明かすなら別だよ。そこまで仲が進展してくれたら嬉しい限りだからね」
「そう、ですね……」
和也の過去は、主に血と涙と血と血と友情と血と努力と血と大量の血にまみれているので、自分から話そうとは思わない。 話してもテンションが下がりまくることが確定的だ。
一通りの情報交換が済んだ後、楠は目を閉じ、頭を掻く。
生徒が前にいるのにも関わらず、だ。
おそらく別の事を考えているのだろう。それぐらいは察せるレベルで人を認識していない。人前で何をしているのだろうか。
訝しむ少年をよそに、過労気味な先生は言った。
「……五人全員揃ったようだ。じゃあ早速行こうとしようか」
どこをどう見ても、この場にいるのは和也と楠の二人だけ。なら後ろか。
そう思って振り返る。するとこちらへと歩いてくる三つの影を確認した。
他にも生徒がいてもいいはずだが、全く見当たらない。一般 生徒は既に校舎内に引きこもってしまっている。
和也を合わせても五人だ。あと一人足りない。
教師は不敵に笑う。
「上を見ているといい」
携帯をスーツの懐から取り出すと、誰かに電話を掛ける。
電話独特の電子音が耳にこびりつく。
お互い何も言わない。
向こうはやつれた顔を気にするように空いている左手でさすっているだけ。
数瞬の沈黙が過ぎ、相手が出た。
「学園長、お願いします」
(何で学園長? そもそも何でこのタイミングで――)
和也の思考は中断される。正確に言えば男の声、それも小さいが絶叫が上空から聞こえてきたのだ。
考えるよりも先に、視線が自然に上へと変わる。何かが飛んでいた。
「……ぁぁ……ぁぁあ……!」
目をこらしてよく見てみれば、小さな黒い点だった何かが、悲鳴と共に大きくなっていく。受け止めようと、体を動かそうとするが、楠教師に肩を掴まれ制止される。
無視して落下地点に向かおうとするが、いつの間にやら設置されていた一〇メートル四方程の白いクッション。これならばわざわざ助けに行かなくとも特に怪我はない。
「……用意がいいですね」
「だろう? 準備の早さはここのお家芸さ」
そうこうしちえるうちに何かは点から人の形となり、クッションに衝突した。
「ぐへっ! おふっ! ちょっ! あだ!」
跳ねた勢いのまま、放物線を描く。
そして校舎の近くに生い茂っていた大木に盛大に激突した。 枝を何本もへし折りながら、濁音混じりの奇声を上げて地面へと尻から着地する。
大量の葉がクッションになったおかげで、どうにか無事だったらしい。
頭に葉を乗せ、顔を歪ませ憤怒の表情で和也たちの方に鬼気迫るオーラを出しながら、歩いてくる。
金髪のオールバックで学ランをはだけさせて着こなしている、いかにも不良やっていますと宣言しているような風貌だ。
「あのあれはまずいんじゃ……」
「はは、今回は彼だったか。気にすることはないさ。恒例行事だから」
「恒例行事って……。あの人無事に……それに生徒や付近に住んでる人に見られたらまずいですよね?」
「大丈夫。死なないように配慮しているから。一般生徒は今入学式だし、近辺へのカモフラージュも完璧に施してある。何も問題無い。それに彼はあの程度で死ぬような人ではないよ」
何でもないとばかりに、疲労困憊気味の教師は笑った。
オールバックの彼は、顔面を蒼白させて、楠に詰め寄る。
この学校は明らかにおかしいだろうと疑問が確信に半ば変わりつつある時、悲愴に満ち、怒気が多分に含まれた雄叫びが耳を貫いた。
「問題大アリだよ! この糞眼鏡ェ! 死ぬわ! 普通に死ぬとこだったわ! 咄嗟に体を捻って、頭を隠して、走馬灯を見て、もっと親孝行すれば良かったかなって考えてたわ! つうか俺は何でここにいんだよ! さっきまで部屋にいたのによぉ!」
「ごめんよ服部君。学園長のレクリエーションの一環なんだ。先生にはこれを止める権限はないんだ」
「もっと頑張ってくれよそこは!」
「いやぁ、本当にすまないと思っているよ」
荒ぶる馬を宥めるかのように、服部と呼ばれる少年を落ち着かせる。
話術でどうこうというよりは、怒りの矛先を自分に向けて発散させているような形だ。
白髪がさらに増えそうな手法だが、楠は慣れた様子だった。
金髪オールバックがようやく静かになったので、待ちに待ったとばかりに、切り出した。
「すみません。状況が把握できないんですが。同じクラスの人でいいですよね? えっと」
「ちっ……糞眼鏡が……。あ、俺は服部武蔵。武蔵でいいぜ。今日からこの学校のE組に通うことになってる。つーわけでよろしく!」
「こちらこそよろしく。桐生和也だ。和也でいいよ」
軽くお辞儀をする。言動は粗暴だが律儀に返しているあたり、見た目に反して、礼儀はわきまえているようだった。
服部と言うと、忍者が連想されるが、こんな口が悪い忍はイメージし難い。
武蔵は和也の肩に腕を回すと、
「かてえ、かてえぞ。もっと気楽にいこうぜ。これから長い付き合いになるんだ。敬語とかは気にすんな」
「そうしたいところだけど、これが俺のスタイルだから。あまり崩したりはしないよ」
「へー。親しき仲にも礼儀ありってやつか。ま、そういうのもあるかね」
親しき仲どころか知り合ったばかりなのだが、良くも悪くも、この気軽さが武蔵の良さなのだろう。先が見えないどころか学校自体怪しさ満点な生活にも多少の光が見えた気がした。
二人を微笑ましく眺めていた、楠が和也たちの後方に目を向ける。
「来たよ。残りのE組生徒達が」
二人揃って、後ろに肩越しに見た。そこには先ほどの騒ぎで気づかなかったが、四人の生徒がいた。
補足すれば、昔ながらのセーラー服を着た三人の少女だ。言動から察するに、残りのクラスメイトなのだろう。
計五人と、あまりに少なすぎるが色々な噂が絶えないE組なら不思議ではないのかもしれない。
「おはよう」
凛とした声が響く。どこか氷のような冷たさを残し、腰まで届きそうな黒髪をなびかせる乙女だ。
どこまでも黒く墨のように染まりきったような黒い髪は、まるで宝石のよう。
白く、きめ細かい肌が、それを際立たせている。
絶対零度な雰囲気さえ出してなければ、これぞ大和撫子と言い切れそうである。
「ふん、徒歩とは……まあいい。それよりもここが私の通う学び舎……なかなか趣があるではないか。うむ気に入ったぞ」
尊大な態度をとるのは日本人とは到底言い難い風貌の少女。
銀に輝く髪をツインテールにまとめ、芸術品のような白い肌に澄み渡った碧い瞳をしている。
ぎりぎり中学生に見えないこともないぐらい小さく、西洋人形のようだ。
先の惜しい大和撫子と違い、落ち着き払った様子で、学校の品定めに夢中となっている。
和也たちは完全に眼中に入っていない。
「あれー? ここどこかな? でもいっかー。アタシはいつでもどこでも青春さー! 燃え上がれ! アタシの青春魂!」
他の二人と違い、それどころかここにいる全員の誰よりもテンションがフルスロットル全開なのは、燃え上がるような紅い髪を肩にかかるぐらいにまで伸ばした健康的な少女
。女性的な肉体美では彼女がダントツトップだ。今も空に向けて咆哮している。
「あのタイミングじゃあ、絶対俺が落ちてたの見られたよな。あー死にてえわ……」
ちなみに和也の横ではさっきの屈辱的シーンを目撃され、武蔵が力なくうなだれていた。
「さて、全員揃ったわけだし、教室に向かおうか。自己紹介はそこでしよう。せっかくだからね」
楠は校舎へと皆を招こうとするが、
「ふっふー! さああたしたちの青春が始まるよー!!」
雄叫びを上げる明るい少女。いちいち気にすることではない。
少女の背中にファンタジーにでも出てきそうな翼が生えていなければ。
鱗に覆われ、刺々しく、猛々しい、それでいて美しい血に染まった赤色の両翼。
自身の体より遥かに巨大な生々しい赤い翼をはためかせる。
「こらこら隠せていないよ。もう少し抑えなさい」
「おっとぉ! ごめんね先生! 楽しみでしょうがなかったの!」
溢れんばかりに叫ぶ少女の横に並ぶ絶対零度大和撫子は、平然としていた。
刺々しい翼が彼女の胴を貫通していたが。
正確に言えば、貫通というより、指で水面をなぞるように通過していた。
「……当たってる」
「ごめんよ! すぐにしまうから許して!」
赤い粒子になって消えゆく翼。貫通していた本人はまったく気にしていない。
痛くもかゆくもないと顔に書いてあるようだ。
別段不思議でもなんともなく、平然とさっきまでいた位置に、姿を現した。
「ちっ。いつまで貴様は塵屑のような顔をしている。不快だぞ」
尊大な銀髪ツインテール少女は武蔵へと右手をかざすと、途端に武蔵の顔面が歪み始めた。
スポンジのように変形する顔に、彼の面影はなかった。
「ちょ、ちょい待ち! 顔が、顔が砕ける!」
奇想天外な状況を眺めながら、楠が訪れた夜の言葉を思い出す。
『――君のような異能者、はては異世界人、妖怪、人外の子どもたちにね』
私立清条ヶ峰学園。
日本の中部地方に存在し、その数ある学校の中で最も施設が充実し、学力も相応に高い学園である。
進学率は国内随一。就職を望む生徒たちがいるのなら必ず希望の企業に就かせるだけの実力を身につけさせると評判も高い。
遠方からやってくる学生も多く、寮も完備。卒業生は様々な分野で活躍している。
それが世間一般の認識だ。
ただその裏では、学園生活を望む異質な少年少女たちに居場所を与える、奇想天外の学園なのだ。