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アフターヒーロー  作者: 望月
第一章 帰還した勇者と清条ヶ峰学園
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第十七話 劣化コピー能力

「調子は上々、かな」


 指を鳴らして、調子を確認する。

 まずは能力。

 コピーした『透過』は劣化しているため、体の部位ごとにしか発動できない。

 さっき絡み合った鉄骨から摺り抜けられたのは、部分ごとに使用したからだ。

 劣化していても実戦に耐えうる力がある。

 拳に傷はない。骨にも異常なし。

 和也の右腕は超人的腕力で牛鬼を殴り飛ばした。それも地面に這いつくばさせてしまう程に。

 彼の常軌を逸した身体能力は自前ではない。

 生まれつきこんな人間だったら、中学一年生まで無事に過ごせていないだろう。

 当然だが異世界で手に入れたものだ。手に入れるしか生き残る術がなかったのだ。


 異世界での戦争は、普通の人間による戦争ではない。

  レルービアに住む人々は例外なく、超能力のような力を持っていた。

 この世界における異能者と似ている。しかも戦闘能力は段違いだ。


 簡単に言うと、超常現象を操るレルービア人と魔王の勢力による全世界規模の争いだった。



 レルービア人のある者は自然現象を操る力を。またある者は星さえ砕く身体能力を。


 魔王側のある者は天井知らずの翼を。またある者は無限の軍勢を。


 多種多様な怪物集団同士が、大地を割り、天空を光に染める大破壊を繰り返しながら、血を血で争う大戦争。強者が強者を屠り、その強者を瞬殺する怪物がいる世界。


 それが、桐生和也が召喚された異世界での戦い。

 劣化コピーなんて役立たずもいいとこだ。

 基本的な身体能力ですらレルービア人と魔王の軍勢に及ばない。

 レルービア人の五歳児と競争して余裕で負けるぐらいの差があった。

 コピーしようとするだけで死亡率が十割。

 まず能力に触れて死ぬし、本体に触れようもろなら肉片も残らない。

 勇者の恩恵もただの一つも無かった。

 身体能力は上昇しない。特別な付加要素もない。伝説の聖剣だってない。

 言語を通じたが、別の世界からやって来た魔王の軍勢とレルービア人も会話は成立しており、和也だけの特別な要素は備えられていない。


 どんな世界出身でも言葉が通じるようにと、戦争が起こる前の異世界で、古代レルービアの神とやらが、そういう強制ルールが造り上げていたからだ。


 とにもかくにも和也は己の体と劣化コピーの力しかなかった。

 その劣化コピーすら異能を二つしかストックできない。和也個人に戦闘能力は皆無に等しかった。

 身体強化の能力をコピーしても余裕は一つだけ。しかも限界以上、コピーすると消えてしまう。

 

 どうにかして、安定して戦う力が欲しい。

 和也はずっとそう思っていた。無力な自分が大嫌いだったからだ。

 もちろん努力は怠らなかった。毎日数十キロは走って、筋肉トレーニングも欠かさない。

 コピーした能力の練習も怠らなかった。

 優秀な師匠もいて、特訓もした。

 なかなか筋はいいと。

 それなりに才能もあると。

 何年か続ければ強くなれると。そう言われた。

 そう。何年か続ければ、だ。

 所詮は、なかなかの筋とそれなりの才能。一ヶ月やそこらでお手軽に強くはなれない。


 悔しかった。虚しかった。情けなかった。

 何より、役立たずの自分が許せなかった。

 手っ取り早く強くなる方法がないか模索する日々。

 そんなある日、ふと思いつく。


 ――超常現象は二つまでだけど、能力によって強化された体のコピーはどうなるのだろう?


 能力をコピーするのではなく、能力を使用中の人間の体をコピーする。

 能力によって限界まで高められた肉体を自分の体に上書きするのだ。

 和也の劣化コピーの力の限界を計ると同時に強化もできる。

 うまくいった場合、異能をコピーした時と同じようにストックは二つまでなのか。それとも――


 力を発揮できるのが、能力だけだとは限らない。生物の特性もコピーできるかもしれない。

 妙案だったが、その行いは体の改造を意味する。人間をやめる事と同義だ。

 そうだとしても、力を望んだ和也は即座に実行する。藁にもすがる思いだった。

 戦況は刻一刻と変わっていく。死人も増えてゆく。

 やるしか、なかった。

 幸い仲間内に、肉体に関する強力な能力の持ち主はごまんといた。


 まず試しに星を砕くとされる身体強化能力を扱う人間の、強化された肉体を劣化コピーした。

 試みはうまくいき、劣化こそしたが、変化した体は永久にそのままだった。他人の能力を二つ以上コピ ーしても消えず、戦いの幅を増やすことに成功する。

 ただ。


(でもすごい痛かったなアレ……)


 細胞がくっついたり離れたりして、丸一日全身から血を吹き出し続けていた。

 体の改造はすんなりいくものではない。

 単に能力をコピーするのを、子どもが大人とかけっこで勝つために、靴を軽量化させたり、砂で目潰しするといった小細工だとしよう。

 対して肉体その物のコピーは、子どもが大人とかけっこで勝つために、劇薬を使って肉体を無理やり大人に近づけるようなものだ。

 炭を木にするように。

 石ころをダイヤモンドにするように。

 そんな滅茶苦茶な方法だ。

 体の崩壊と再生は起こって当然だった、

 

 力を得る代償として、想像を絶する痛み。

 腕や足が取れそうになる。何度も痛みで気を失って、何度も痛みで意識を覚醒させられた。

 全身をちぎられているような感覚に陥り、ショック死しそうにもなった。

 でも和也は力が欲しかった。

 だから耐え切った。

 どんなに血を流そうとも。

 涙を流そうとも。


 そして和也は手に入れた。

 炎を操る能力者からは炎の耐性を。

 毒を生成する能力者からは毒の耐性を。

 拳で星を破壊する体の能力者からは超人的身体能力を。

 オリジナルよりは劣るが、人間のそれを超える力を。


「……その身体能力。人間の範疇を超えているな。それにどうして俺に触れても毒の影響がないのだ」


 和也の拳が直撃し、顔面の左部分が削れている牛鬼が憎々しげに呟く。

 右肩には鉄骨が突き刺さっていて、血が溢れ出している。

 痛みに動じないのは上位妖怪なのもあるが、目前の『敵』に心を奪われているからだ。

 鉄をも溶かす毒液。人の頭部を容易に握りつぶせそうな手。強靭な肉体。

 それらを以てしても有効なダメージを与えられなかった。

 上位妖怪が異能者に苦戦するなんて本来はありえない。

 何百年と生きてきた牛鬼の記憶にもない。


「さあ? どうしてでしょうね」


 手の内を自ら明かす馬鹿な真似はしない。

 とぼけたように首を傾げる。

 牛鬼が纏っていた毒の鎧は楓の透過で無効化したが、拳はどうしても毒がこびりついた肌に触れてしまう。

 本来なら、触れた途端に手が焼け爛れ、無傷ではいられない。

 だというのに和也は無傷。牛鬼の血がこびりついたぐらいだ。

 

 実は和也が劣化コピーした体は一つだけに留まらない。

 毒の耐性。精神干渉の耐性。魅惑の耐性。その他、様々な状態異常への耐性を劣化コピーしている。

 最初程ではないにしろ、コピーする度に体がぐちゃぐちゃになったが、そんなのはどうでもよかった。

 体に直に影響がある能力限定だが、和也は戦える力を得る事に成功した。

 力を得た事に意味があるのだ。


 そして。

 月に一度は世界が滅びかける戦争を生き残り、こうしてここにいる。

 桐生和也は立っている。


友人を不幸に導く、牛を潰すために。


「……化物め。人間の形をした何か。そうだとしか考えられん」


 かつてない脅威を前に、体が疼き、高揚する。

 恐怖よりも歓喜が牛鬼の胸中で渦巻く。

 自然と口元が綻ぶ。

 本気を出しても勝てる確証がない敵。殺し合うには最高だ。

 自分と同等かもしくはそれ以上の敵が一番丁度いい。

 突き刺さった鉄骨を引き抜いて、放り投げた。

 

 牛鬼のあまりの言い草に和也はやや気分が悪くなる。


「前言撤回だ。桐生和也。お前は強い。俺が今まで対峙した人間の中で一番強い」

「それはどうも」


 和也は素っ気なく答える。

 戦闘狂にしては話が通じるタイプだ。ただし通じるのと分かり合えるのとは話が別だが。

 最低限の殺しで済ましておきたい和也は、一応の説得を試みる。


「牛鬼さんより強いとは断言できませんが、長引くと不利になる一方ですよ。俺のクラスメイトが外にいた連中を片付けてくれたみたいですし」


 牛鬼に和也の背後の惨状を見せつける。

 廃工場が木っ端微塵になって、開放的な空間となっていた。

 フリーネが大活躍したのか、彼女の周囲が死屍累々だ。

 転がっている妖怪の体が震えているので、死んではいないようだった。

 殺しを好まなそうなフリーネらしい選択。

 武蔵はへんてこな格好をしており、敷地内の隅っこで体育座りしていた。

 和也の超聴力で聞き取るに、「黒歴史が追加された」だとか「親父ぶっ殺してやる……」と延々にぼやいている。

 格好がつかないが、武蔵も敵を葬っていただろう。一箇所だけ黒焦げている場所がある。

 フリーネとも離れているし、一体だけ消えていた経立あたりを倒したと推測できた。


 状況だけ見れば、圧倒的に和也側が優勢だ。

 素直に降伏してくれると、ありがたいのだが、


「……傷も浅くない。仲間は戦闘不能。分が悪いのは確かだ。ここで死ぬのは少々困る。

撤退させてもらおう、が」

「が?」


 牛鬼の目に愉悦が透けて見える。


「正面突破させてもらおうか」


 再び、紫の毒液を全身に帯びる牛鬼。

 足元の鉄板が瞬く間に溶けていく。

 いつでも飛びかかってきそうな気迫を感じる。

 肌を突き刺す空気が、場を囲む。


「……そうかい」


 戦闘狂はどこまでいっても戦闘狂。初めから降伏の文字は選択肢にない。

 異世界の魔王もそうだったが、改めて痛感する。

 彼ら戦闘狂とはわかりあえる気がしないと。

 和也も静かに構える。


「出し惜しみはなしだ。死ぬなよ桐生和也」

 

 言葉が終わるやいなや、牛鬼の姿が消える。

 同時に和也の姿も粉塵と共に消える。


 人間には目視すら出来ない、超高速戦闘。

 互の拳がぶつかり合い、肉が弾ける嫌な音が空気を振動させる。

 聞き慣れてしまった音に辟易しても、和也は止まらない。

 鉄屑を巻き上げ、溶かされ、投げ飛ばし、そこだけ世界が違うようだ。

 一秒が常人の何倍にも感じられる両者の戦闘は、数瞬で幾多の攻防を繰り広げている。

 

 戦いは始まったばかり。

 どちらも経験豊富の強者。潜った修羅場の数も尋常ではない。

 技量や体格では牛鬼が上。純粋な身体能力は和也が上。

 片方に死が訪れるにはまだ早い。

 まともに殺りあっても効果的なダメージを与えられないのがわかった牛鬼は、カウンターを狙っている。

 和也が攻撃する時に透過は発動できない。せっかく届いても攻撃として成立しないからだ。

 牛鬼は和也の拳、蹴りが届く寸前の透過を使えないタイミングを見計らっている。

 伊達に戦闘狂はやっていない。本能のままに最善の方法を導き出していた。

 さすがは鬼の中でも強大な牛鬼。油断ならない敵だ。


 「愉快だ! こんな気分になったのは久しぶりだ!」


 牛鬼が唐突に叫ぶ。

 これだけ動いておいて舌をよく噛まないものだと、ちょっぴり感心する。

 顎を砕くつもりで、飛び膝蹴りをかますが、躱された。

 カウンターがくるのを予感し、体を捻って、地面に着地。

 止まりはしない。隙を見せたら殺られる。

 気分が高揚してきたのか、牛鬼がよく喋ってくる。

 

 「どうした。仲間の助力は得ないのか? 俺はいくら増えようが構わないぞ!」

 「余裕がお有りで!」

 

 連携をとろうにも、一度も共闘したことのない人と組むのは危険だ。

 足の引っ張り合いにもなりかねない。

 強力な力を有しているのはわかる。

 だが、強いだけのと、連携を取るのでは話が変わってくる。

 命が懸かっている戦いで、下手な手段は取れない。

 うずうずしているフリーネも、手をこまねいている武蔵もそれを理解して、手を出してこない。

 

 (だけど、このまま長引くとやばいな)


 戦いが不利になるのではなく、人目が怪しくなってくる。

 夜に決行する予定だった殲滅戦なのに、上を見れば、お日様が燦々としていた。

 工場も倒壊してしまい、騒音もひどい。

 いくら町外れだとはいえ、いつ人が来るかわかったものではない。

 無力な人を巻き込むのは極力避けたいのだ。

 牛鬼が人質をとる性格だとは思えないが、一般人を気にするようにも思えない。

 そこにいた奴が悪いと一蹴しそうだ。

 

 ここが潮時か。


 牛鬼に結構な傷を負わせたし、集団の損害も大きい。

 和也はやりたいだけやれた。

 友達を追い込んだクソ野郎を一発殴るだけと約束している。

 本人にわざわざ頼み込んだ。

 一回だけでもいいから、和也にも戦わせて欲しいと。

 彼女は和也の意思を汲んでくれて、しぶしぶながら応じてくれた。

 友達を化物扱いされ、利用されてようとしていたのだ。

 友達思いの和也が大人しくするはずがない。

 

 

(結局、一発どころじゃないけどね……。まああとは任せるかな)


 和也はわざと隙を見せる。

 その隙を逃さず、牛鬼は和也を突破し、神速で走り抜けた。

 一流の戦士と称していいだろう。

 ここぞとばかりに、溜めていた毒を飛散させ、フリーネにも武蔵にも近づけさせない。

 逃げているのに、狂気に笑う牛鬼は全然ぶれない。

 どんな理由であれ、自分を貫き通せる芯がある者は強い。


 だとしても和也は焦らない。

 牛鬼が逃げた先には彼女がいるからだ。

 生まれに翻弄され、自由に生きられず、ずっと寂しがっていた少女が。

 友達が出来て、笑顔になって、それでも付き纏う因縁を断ち切るために、決意した一人の戦士が。


「――頼んだよ、立花さん」

 

 


和也は劣化コピーによるフルアーマー装備って感じです。

というかレルービアが魔境すぎる。



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