第十四話 友達だから
「話が通じる時点で、化け物ではないと思うよ。それに立花さんと話してると楽しいしさ」
和也は自信を持って、明るく断言した。楓は化け物ではないと。
しばらく呆けていた楓は、我に返ると、和也の手を振り払おうとする。
でも少年は離さない。
「そう、なのかな。そうだったらいいな……」
取り繕った冷たい仮面はとっくに崩れている。
諦め、悲しみ、羨望。そんな感情が入り混じったように、呟く。
「要は自分の心持ち次第って事だ。周りを必要以上に気にしなくてもいい。だって立花さんは友達が欲しくて此処まで来たんだろう?」
「…………!」
紡がれた言葉に、家を出た当時が脳裏によぎる。
そうだ。
大事に育ててくれ、楓に構ってばかりで、自分の自由がない両親に申し訳が立たなくて、心を通じ合えるような友が欲しくて、楓は殻を突き破った。
自分の意思を貫いた。
それがどうだ。
因縁のある相手だからといって、勝手に一人で右往左往し、またも周りに散々迷惑をかけ、説得される始末。
情けない。
格好悪い。
途端に自分が恥ずかしくなる。
別に一人でどうこうする必要はないのだ。
牛鬼の存在を知った時すぐに、担任なり学園長なりに相談する事はできた。
流石に友人に打ち明けるには重い話だが、もっと気を遣う方法だってあったはずだ。
何にも上手くいかない。
それどころか失敗ばかり。
改めて自分を見直すと、本当に酷いものだ。
そんな当たり前の事に気づいた楓は、フリーネがいたら爆笑物の、間の抜けた顔になる。
和也は気にせずに、黙々と続けた。
「それに妖怪の新たな可能性? 戦いの火種? 関わったら死ぬかもしれない? 関係ないね。そんな些細な事は関係ない。俺が立花さんを助けないなんて理由にはならない」
学園長の言を信じるなら、家族は狙われない。
危なくなるのは和也だけ。
異世界で命が危なくなる事態はいくらでもあった。
体が原型を保てず、死にかけたこともある。
和也にはそれが日常茶飯事だった。
今更だ。今更、命を狙われたところで大した問題ではない。
殺されかけようとも友達を見捨てる理由には絶対にならない。
まず見捨てるなんて勇者の名折れもいいとこだ。
助けを求める友人を救わずにして何が勇者か。
「で、でも! 私のせいで誰かが傷つくのは見たくない、から……牛鬼だって日本上位の強さ。命いくつあっても足りないよ……」
どうしても和也を遠ざけたいのだろう。
弱々しくも、楓は説得しようと口々に説得材料を並べていく。
現実的に考えれば、和也が牛鬼に確実に勝てるとは言えない。
上位妖怪との戦闘経験はなく、毒の効果もはっきりとは判明していない。
単体で街を壊滅できる戦闘能力を誇り、軍隊を一人で相手にするようなもの。
生きたいなら逃げる選択を取るべきだ。逃げる方法ならどうにでもなる。
ただし。
元勇者、桐生和也に、それは当てはまらない。
「牛鬼ってさ。隕石降らせたり、本気になったら星を砕いたりしないよね?」
「そ、そんな妖怪じゃないよ! 何を想定してるの桐生君は!」
「なら大丈夫かな。うん大丈夫だ。まだ何とかなる範囲だよ」
「私は桐生君が何を言ってるかわかんないよ……」
動揺する楓。
ほくそ笑む和也。
異世界の戦争を生き抜いた和也は強さの基準が違う。
規格外と規格外が争い、死んでいき、強者だけ生を勝ち取る。
そんな月に一度は世界が滅びかけるような戦いを生き残ったのだ。
危険ではあるが、毒やら街一つを滅ぼすぐらいで動じる、やわな戦いはしていない。
丸め込まれそうになった楓は、焦って取り乱しながら、
「だ、だったら証明して見せて。私より強かったなら……」
「勝利条件は?」
「そうだなぁ……私に膝をつかせたら?」
たどたどしく、弱々しい彼女の声を聞いて、和也は軽いため息をつく。
何事かと不安げになり、隙だらけの楓の手をやってはまずい方向へと捻った。
「いたたっ! 痛いよ! 痛い痛い痛い痛い! お願いだから離してよぅ!」
シリアスなぞ知ったことかとばかりに、泣いて痛がる楓。
かなり痛かったらしく、膝をついて悶える。
和也の勝ちだ。勝利条件を満たしので、手を離す。
解放された楓は、捻られた手を摩り、濡れた瞳で睨んでくる。
それを軽く受け流し、勝利宣言を。
「はい俺の勝ち」
「うう、そんなの卑怯だよ! 私何もしてない!」
必死に反論する楓に悪い笑みを浮かべながら、
「勝ちは勝ちだよ。自分で条件を設定したんだからさ。まさかさっきのなし。みたいな幼稚な手は使わないよね?」
「うう……!」
「友達にそんな卑怯な事しないよね。立花さんならさ」
「うう、うぬぬぬぬぬっ!」
さっきまで暗く冷たかった表情が二転三転する様を好ましく思いつつ、もう一度楓の手を掴む。今度は 両手で優しく包む。顔から湯気のような煙が見える気がするが、多分気のせいだ。
「冗談は終わりにしよう。俺は君を助けたいんだ。たとえ立花さんが来るなと言っても無視して俺は行く」
やっと戻ってきた日常を。仲良くなった人達を。失くしたくない。
脅かす者がいるのなら、全身全霊を持って叩き潰そう。
今までもこれからも和也のやる事は変わらない。
死ぬまで変わらない。彼女がいくら拒もうとも。
我に返った楓は、相も変わらず和也を拒絶しようとする。
そして包まれていた手を払われた。口では、行動では散々否定しているくせに、顔はとても悲痛に苦しく歪んでいた。
彼女が本当はどうしたいのかはもはや明白だった。
「お願いだから……そんな事言わないで……一人でやろうと思ったのに……一人でもいいって決心がついていたのに…………お父様もお母様も私を見捨てないでくれて……嬉しいけど、辛くて……学園に来て不安だったけど……皆良い人達で優しくしてくれて……友達になってくれて……」
ポロポロと涙を流す。頬に沿って地に落ちてゆく。ずっと我慢してきたのだろう。この場に来てから、聞けなかった楓の本音が外に吐き出された。
いつかの呪詛ではなくて、ちゃんとした意思が伴っている。色んな感情が混ざり合った濁流のように。力が抜け、膝から崩れ落ち、そして泣いた。
そこにいたのは『混じり』なんていう特別な妖怪ではなくて、どこにでもいる普通の女の子だった。和也とも舞とだって違わない、ただの女の子だ。
「友達を傷つけたくないのはわかる。友達を思うなら、誰だってそうする。でもね立花さん。君が友達を傷つけさせたくないと思うのと同じで、俺も立花さんを傷つけさせたくない」
実は一人で全部終わらせようと考えていたとは口が裂けても言えない。
どう弁論したところで和也はとっちめられる。
ケースバイケース。時と場合によって変わってくるのだ。
こういうのはその場の空気と勢い。もちろん本心ではある。
感情というのは時に矛盾するもの。内心嬉しがりつつ、表面上は怒る。表裏一体だ。
妖怪も人間も感情がある生き物なのだから仕方ない。
楓だって一人は嫌なのだ。でも一人でどうにかするしかなかった。
人間が幻想が基盤となっている影響か、はたまた『混じり』という例外なだけなのか。
よしよしと頭を撫でて、細くて脆い体を軽く抱きしめる。嫌われてはいないだろうし、女の子が泣いている時は抱きしめるのが男の役目だ。和也の持論だが。
「悩み事があるなら打ち明けてくれればいい。助けがいるなら頼ってくれればいい。危険な事でも俺は手伝えるから。いつでも相談に乗る。俺は絶対に立花さんを見捨てないよ」
「ありがとう……ありがとう……」
意味があるかはわからない。楓はとにかく感謝の言葉を言いたかったのだ。
和也はなだめながら、楓の気が済むまで、ずっと受け止めていた。
今日この日。立花楓に初めて、友達に本音を言えた日となった。
二人の出会いが良かったのか悪かったのか。それは二人だけが知っている。
感動的和解の中、ベンチの裏にある草むらか飛び出してくる人影が二つ。
「良かったよー! 二人共! あたしは今! 猛烈に感動している!」
燃え盛る炎をバックにした赤毛のドラゴン、フリーネ=ドラゴニックと、
「和也! お前は良いやつだ! それはわかったから早く楓ちゃんから離れやがれこんちくしょう!」
嫉妬丸出しの忍者、服部武蔵だ。
泣いていた楓は目を点にして、硬直してしまっている。そして続けざまに和也から飛び退いた。
男とくっついている場面を見られるのなんて恥ずかしくてたまらないのだ。
和也は正直役得感が大きかったので、とかく気にしてはいなかった。
楓は口をあわあわとさせる。
「な、ななななんでここにいるの!?」
「せんせーが何か隠してるのはバレバレだったから教えてもらったのさベイビー!」
「思ったより簡単に教えてくれたぜあの眼鏡。場所はフリーネちゃんが匂いで見つけたけどよ」
「良かったね立花さん。友達二人追加だ」
「も、もしかして桐生君気づいてた?」
「もちろん」
「気づいてないの私だけ……恥ずかしい……死にたい……」
武蔵とフリーネが近くに潜んでいた気配を感じていたため、驚かなかった。
どうしてここにいるのかは気になったが。
しかし、あんなに生徒に危険に晒したくなかった楠が教えるとは。
たった二人に任せるより、クラス全体で立ち向かえばいいと判断したか。
ドラゴンと忍者だ。戦力にはなる。弱かったなら、二人をけしかけたりはしない。そんな下衆な性格は、楠はしていないと思われる。
どんどん規模が広がってしまったが、広まってしまったものはしょうがない。
「じ、じゃあ、ど、どこから話聞いてたの?」
「うんっとねーカエデちゃんが昔話始めたとこから!」
「ほとんど最初から!」
「心配すんな楓ちゃん! 俺達が絶対守ってやっからよ!」
武蔵が格好いい台詞を言ったはいいが、楓はショックでのたうち回っている。
可哀想な忍である。せっかくポーズも決めているというのに。
武蔵も空回りしたことに気づき、羞恥で小刻みに震えている。
空気が和み、和気藹々としてきた。楓も悶えていても、笑みを見せるようになっている。
しかし一人だけいない。異界の魔王、尊大少女クルミがいない。
辺りを見渡し、近辺にいないのを確認する。
「クルミちゃんはどうした? 教室にいたんだから先生から話を聞いているんだろ?」
「あれ? そういやいねえな。一緒に教室を出て途中まではいたはずなんだが……」
武蔵もわからないようで、頭を捻っている。
クルミは悪い子ではないが、これまでの付き合いでは詳しい事はわかっていない。
基本、楓に付きっきりで、時々武蔵ぐらいだったからだ。
迷宮入りするかと思いきや、問題は迅速に解決した。
「クルミちゃんなら、寄るとこができたとか言ってどこか行っちゃったよ! ハットリ君に言わなくていいのって聞いたけど、ゴミはどうでもいいだって!」
「こんな時まで俺はゴミですか!?」
一人の少年に多大な精神的ダメージを与えてしまったが、楓を見捨てていたわけではなかったようだ。クルミにはクルミの考えがある。そう信じよう。和也は今までの彼女の言動、行動と己の直感を信じる。
こうしてほぼ全員集まり、士気も高い。和也も楓も武蔵もフリーネも覚悟は決まっている。ならやる事は一つだ。
「じゃあみんな、女の子をつけ回す変態をぶっ潰しにいこうか」
楓を危険に誘う元凶を。
楓を孤独にさせた黒幕を。
粉砕する。
元勇者とドラゴンと妖怪と忍者の進撃。
牛鬼さん逃げて!