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アフターヒーロー  作者: 望月
第一章 帰還した勇者と清条ヶ峰学園
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第十一話 情報提供

「これは厄介な事になったな……」


 夜の十時。人もすっかりいなくなっている。

 抉られ、無残な惨状の広場から家の近くにあるベンチにまで移動した和也は、憎々しげに呟く。

 よりにもよって楓に何かしらの影響を与えている牛鬼が相手だ。

 過去にどんな関係だったのかは和也は全く知らない。 

 だがまともな関係だとは一切考えていない。

 彼女に襲われる理由があったとしても、直接聞かないことにはわからないだろう。

 和也は妖怪についての情報が足りない。

 手を打つにしても 人員も情報も全てが足りない。


 友達がいなくて寂しがっていた楓に、ようやく当たり前の幸せを掴めたのだ。

 今回の件はなるべく誰にも知られず、世の隅でひっそりと始末をつけたい。

 和也はジーンズのポケットからスマートフォンを出して、ある人物へと電話する。

 妖怪の情勢に詳しく、巻き込まれてもどうにかするであろう人物に。


『やあ桐生君。こんばんは。良い子は寝る時間だよ?』

「こんばんは。学園長先生」


 中性的な声で、男とも女ともいえないどっちつかずの清条ヶ峰学園、学園長。

 彼もしくは彼女なら妖怪の事情にも精通しているはずだ。妖怪を学園に受け入れているなら間違いなく相応の情報網がある。魔王、ドラゴンを通わせているのも加味すれば大きな権力があるのは明白。

 よって、まっすぐ学園長とコンタクトをとったのだ。


「少し聞きたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

『妖怪の事だね。任せてくれ、彼らについてはよく知っているから』

「……まだ何も話してないんですけど」

『一三分前に憩いの場と呼ばれる広場で、立花楓の誘拐を目的とした牛鬼、経立、野槌から襲撃を受けた。牛鬼以外の妖怪は半殺しにして、隙を突かれて逃げられた。そうだろう?』

「よくご存知で」

『私が知らないことなんてないよ。学生に関わることなら尚更ね』


 優しげな口調の裏に潜む、得体のしれない何かに背筋が凍る。

 何でもないことのように言うが、これは異常だ。どこから覗いていたのか、どうやって覗いていたのか、どうして覗いていたのか。この何か(・・)は危険な香りがする。

 学園の方針はともかくとして、学園長個人の目的が想像もつかない。

 問いただしたくなる感情を、深呼吸をして心を落ち着かせ、とりあえず今はその話は流す。


『それにしても派手にやってくれたね。後始末に向かわせた楠君が可哀想だ』

「先生には本当に申し訳ないです。なるべく周囲の被害は抑えたつもりなんですが」

「正しい判断だ。全力戦闘でもされたら楠君が卒倒する被害でるところだった」

「今後も気を付けます。それで奴らは何なんですか? 妖怪なのは俺にもわかりましたが」


 加減していたつもりはない。敵の強さだって和也からしたら、こちらも異世界も脅威なのは変わらないのだ。余裕はあったが本気で戦った。油断や慢心、傲慢なんてしていたら待ち受けるのは死だ。


『平和に退屈した妖怪達さ。だから強い妖怪と戦いながら、各地を転々と移動する集団だね。今回は立花楓に目をつけたようだ。彼女は妖怪の中でも特殊で特別な存在だからね。恰好のターゲットというわけさ』


 傍迷惑な集団だ。そんなに殺し合いがしたいのなら殺りたい連中で勝手にやってくれればいいものを。 それが上位妖怪なのだから余計始末に負えない。

 しかし楓が『特別』とは一体どういう事なのだろうか。


「……立花さんは何者なんですか?」

『黙秘権を行使しよう』

「遊ばないでください」

『冗談だよ。怒らないでくれたまえ。もっとも初めから教えるつもりはないよ。彼女の核心に迫る問題だからね。どうしてもと言うなら彼女自身に聞いてみるといい。教えてくれるほどの信頼があればの話だが』


 重要な情報は伏せる。生徒の個人情報をほいほい教える教師もどうかと思うが、中途半端な伝え方をする学園長は遊んでいるようにしか思えない。

 これ以上楓に関しては引き出せないので、牛鬼の情報を訊くことにした。


「別の質問にします。牛鬼の能力はどういった物ですか?」

『この牛鬼は西日本の妖怪で、全国的にも有名な上位妖怪だね。頭が牛で首から下は鬼の胴体を持っている。様々な毒を吐いて、人を食い殺すことを好む、非常に残忍な性格だ。先程は人間に化けていて抑えていたのだろう。あの個体は愉快犯の性質もあるね。作戦も適当で楽しければそれでいいようだ。本来の背丈はあれの五割増しぐらいある。細かい違いはあるけれど、上位妖怪の戦闘力は単体で小さな街を一夜にして滅ぼすレベルだ』


 五割増しだとすると、およそ三メートル。大きさもさることながら毒も危険極まりない。

 小さな街でも一夜で壊滅させる驚異的戦闘能力。しかも残忍な性質。敵に回すと厄介なタイプだ。頬を左手に乗せ、対策を考えていると、


『だけど君なら毒についてはクリアしているだろう? そういう体にしたのだから(・・・・・・・・)

「…………」


 学園長は、和也のことを驚くほどに調べ上げている。

 ここまでくると、もはや清々しさまで覚える。

 和也の体は人間であって人間ではない。毒だろうが麻痺だろうが効果はない。

 だからこそ生身でも妖怪相手に対抗しえた。

 戦闘の感触からして中位妖怪なら安全に戦えるだろう。


「そんなに情報を掴んでいるのなら、あなたが自分で手を下したらいいんじゃないですか? どうせ奴らの居場所も戦力もわかっているんですよね」


 たまらず愚痴のように言い返す。ぶっ飛んだ学園のぶっ飛んだ学園長なら上位妖怪の一体や二体わけもないだろう。本心からそう言うのだが、


『そうだね。居場所も判明しているし、彼らの戦力が小規模なのも知っている。だが清条ヶ峰学園は基本的にE組の生徒の問題には干渉しない。生徒達で解決するよう望んでいる。命が関わっていてもそれは変わらない』

「それは死んでも構わないということですか?」

『その解釈でも間違いではない。一般人は巻き込まれないように細心の注意を払っているから心配しなくともいい。学園に入る条件にもあっただろう?』

「……いかなる危険がE組の生徒に迫っても、学園は関知しない。代わりに問題を解決するためなら力の行使を許可する、ですか」


 実は学園に入学するにいたって、いくつかの条件を提示されたのだ。

 その内の一つがこの『学園は関知しない』だ。人種も世界もバラバラの子どもが集う学園。

 トラブルもつきものだ。どんな少年少女を受け入れる代償として、厄介事は自分たちで片付けろ、こう示された。

 学園側も無責任でいるわけではない。

 衣食住を用意してくれるし、学費だって負担してくれる。学園内にいるのなら、いかなる侵入者も許さない。

 要は学園の内部なら保護するが、一歩外に出たら勝手にしてくれという事だ。


『そうだ。後始末は環境整備としてこちらが請け負うが、生徒個人の問題は違う。私は自身の問題を仲間と共に解決し、美しく成長するところを見たいのだよ』

「それがあなたの目的ですか」

『そんなところだよ。残念だったね。君の予想と大きくずれていて』


 不気味な笑い声。心の中でも覗いているのではないかと思うほどの鋭い言葉。

 動揺が隠せない。この人物相手に隠し事は無理なようだ。


「事情を知っているのに、ほぼ俺に有利な条件で入学させてくれたんです。裏があると疑っても仕方ないでしょう。何か後ろめたい事があったら完膚無きまでに潰そうと考えるぐらいには。というか絶対に裏があると思って入学したんですけどね。異質な部分が目立ちますが、今日まで通ってもおかしな事はなかった。今日までは」


 和也が清条ヶ峰学園に入学したのは、これが理由。

 家族を心配させるわけにもいかないし、社会的にも高等学校を出ておいた方がいい、というのは建前で、学園に黒い部分があったら叩き潰そうと考えていた。

 家族に危険が迫る前に先手を取る。後手では遅いのだ。

 楓と話すついでに学園の探索もしていたのだが、結局怪しいところは見つからなかった。

 清条ヶ峰学園はある意味クリーンだ。構造が単純で、学園を襲う侵入者は徹底的に排除するが、E組生徒は知らんふり。両極端な性質。余分な成分が混ざっていないから、汚さが見つけにくい。

 そもそもないのかもしれない。


『残念ながら、今日はおかしい事があってしまったね』

「俺としてはずっと平和であって欲しかったんですけどね」

『世界は勇者を放ってはくれないのさ。そう割り切るといい。折り合いをつけるのも大切だよ』

「先生みたいな指導もするんですね。意外です」

『失敬な。私も教育者だよ』


 お互い冗談を言い合って、緊迫しかけた空気を和ます。

 もっともすぐに真剣な表情に戻る。学園長の軽いノリに付き合っていられない。


「もう一つ聞きたいのですが、俺の情報が妖怪側に漏れていました。情報源に心当たりは?」

『私だろうね』


 一瞬思考が停止する。そして再起動。


「今から殴りに行っていいですか?」

『まあまあ、落ち着いてくれ。私が学園に通う妖怪などの親御さんに送った簡単なプロフィールのようなものだ。そこから漏れているのだろう。詳しい経歴はプライバシーがあるから載せていないが、最低限の情報は渡さないとね』

「一理ありますが……もっと徹底してくださいよ」


 卒業アルバムを入手して詐欺を行うようなものだ。情報なんて外に流出すれば簡単に広がる。


『あと異世界の魔王を倒した勇者の少年がこちらに戻ってきたという噂もあるね。しかもかなりの範囲で広まっている。そちらに私は全く関与していないよ。本当に』

「……頭が痛くなってきた」


 もはやクラスメイトに隠していた意味がないのかもしれない。

 少し調べれば案外簡単に和也に辿り着きそうだ。

 この世界において異世界の存在は、世の裏側では認識されている。行く方法はないが、時々それらしき物が流れ着いてくるらしい。クルミは異世界人で、魔王の超レアな存在だ。

 どういった手段でこちらに来たのかは企業秘密。学園長以外には誰もわからない。


「何でも知っている学園長先生なら誰がその噂を広めたのかわかりますよね?」

『何でも知っている学園長先生だけど、何でも教えるわけではないよ。自分で答えに辿り着くのも学生の本分だ。可哀想だからヒントをあげると、その人物は今回の件には関与していないとだけ言っておこう』

「学生の本分は学業ですよ。……では最後に一つ。奴らは立花さんを楓と呼んでいました。牛鬼以外は知り合いには思えなかったですし、呼び捨てにはどうにも違和感が」


 牛鬼達はまるで楓の名を記号のように言っていた。

 和也の思い違いで顔見知りの線もあるが、どうも腑に落ちない。親しみを込めているわけでもなく、嘲っているわけでもない。

 呼び方がそれしかないみたいに呼んでいた。


『妖怪だからね。苗字なんて物は本来存在しない。学園に通う都合で必要な便宜上の苗字でしかないのだよ。同じ妖怪にはそれぞれの呼称があるぐらいさ』


 名前は隠すこともなく、教えてくれる。

 重要ではない情報。答えへと導くパーツの一つだとでも考えているのだと推測できる。

 これで名前の違和感は判明した。まだまだ知るべき情報はあるが、どうせ学生の本分がどうとかの一点張りなのが目に見えている。

 ここからは自分の手で集めるしかない。そう見切りをつけ、


「そうですか。貴重な情報ありがとうございます。情報を小出しにして人を弄ぶのがご趣味の学園長先生」

『私の趣味は物語鑑賞だ。まあそれも否定はしないがね。おっと、もうこんな時間か。学生は早く寝たまえ。その前に私からも最後に一つ。君が望むがままに自由にやってくれ。彼らは明日の夜にでも動く。気をつけたまえ。教師に助力を得てはいけない。以上だ。君に伝えるべき事は伝えたよ。ではグッナイ』

「一つじゃありませんよ学園長……お休みなさい」


 通話を終了する。めちゃくちゃな学園長の情報提供により、朧げながらも確実に真に迫ってきた。

 ここまでの情報を整理しよう。

 牛鬼達、妖怪の狙いは楓。楓は妖怪の中でも特別であり、それが原因で狙われている。あの二人の因縁も大方『特別』が関わっている可能性が高い。

 学園長の迷惑な思惑によって、もたらされた重要な情報は三つだ。

 一つ。牛鬼の能力。危険なのは変わりないが、和也に対応できないぐらい突きつけた強さではない。

 細かい対策は後々練るとする。

 二つ。和也の異能が妖怪側にバレている事。能力の真価までは知られていないのが唯一の救いだ。

 あの調子ではクラスメイト全員の一応の情報は漏れていると覚悟すべきか。

 三つ。学園は関知しない。生死が危ぶまれる状況にあってもだ。この際こういう学園だと諦めるしかない。和也が自分の意思で選択してしまったのだから。


 今回の件は和也一人で始末する。

 普通の学園に通えない人が、通うことのできるただ一つの学園。人によっては血生臭い理由があるのかもしれない。だからE組生徒には頼れない。

 楓は論外だ。

 ようやく彼女にとって、理想の居場所が出来つつあるのだ。

 それを壊すなんて所業はできない。絶対にさせてはいけない。

 悲しいかな、和也は血を血で争う殺し合いに長けている。手を汚すのは自分だけでいい。


 おおよその方針を固めた和也は覚悟を決める。

 妖怪の居場所のついては見当をつけるなら簡単だ。戦力もいくら人数がいようが、それならそれの戦い方というものがある。


 「ひとまず家に帰るか……」


 連絡もなしに夜遅い時間まで出歩いてしまった。家から近いが心配させてしまっているだろう。

 ベンチから腰を上げ、うまい言い訳を考えながら夜道を歩く。

 一度にたくさんの異常があったせいか、和也は鈍っていた。平和な時間を過ごしていたのもある。

 だから気づかなかった。


 顔を青くした少女が遠くから和也を見ていた事に。

 

 





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