6:魔法騎士団第二部隊の苦悩
お気に入り登録を見つめてニヤニヤ笑っている夏目です。(怖い)
いつもながら登録して下さった読者様に感謝です。
今回、ローレさんとフィル君はしばしおやすみです。
同時刻。
アルティエロの山脈地帯で、一人の青年がわなわなと怒りに唇を震わせていた。
「あんの馬鹿野郎が……ウチの精鋭部隊をこてんぱんにしやがって……」
すっきりと整えられた紅褐色の髪に、厳格そうな色を湛えた茶色の瞳。
その背後には、女二人が姿勢よく控えている。
通常、男一人に女の二人連れ――といったら何らかの意図を感じると思うがこの場合は、三人が纏う厳ついエンベリー王国魔法騎士団の制服がその可能性を粉砕させていた。
そのうちの一人、小柄な女の魔法騎士がおずおずと口を開く。
「あ、あのぉ~副長……一体何が………」
「マーリ・ヘンスラー君!」
「は、はいっ!」
突然名前を呼ばれた少女――マーリは、驚いてとっさに背筋をピンと伸ばした。
まるで女の子と形容しても差し支えがないほどの童顔には、緊張の色が浮かんでいる。
ふわふわと風に靡く薄桃色の髪も、心なしか少し萎れていた。
「今、フィルミーノ・デゥランテを追跡させていた第三部隊から魔法で通信が入った。どうやら部隊は全滅させられたらしい」
「ええっ!」
びっくりして思わず声を上げてしまったマーリ。しかしそれも無理はない。第三部隊といえば、この若干27歳にして魔法騎士団の副団長を務める青年――アルノルト・リッシュが選んだ選りすぐりの部隊だったからだ。
ちなみに、今マーリがいるこの部隊は四人一組の第二部隊である。
「本当ですか、アルノルト副長!?な、なんで…あんな強い人たちが…」
「少し見くびっていたな…フィルミーノ・デゥランテ…いや、我が憎き永遠の敵!!」
突然天に向かって絶叫するアルノルトに、今度はもう一人のマーリとは対照的な背の高い女が、分からない、と言った様子で首を傾げる。
――リベラータ・レンツィ。彼女は、いつも眠そうなたれ目をパチパチと瞬かせ、日ごろあまり多くを語らない口を珍しく動かした。
「……永遠の敵…?」
すると、アルノルトは苦虫を噛み潰したような表情になった。隊服のどこからか取り出したクッキーをリスのように齧ると一気に咀嚼する。
そして、一息つくと声を潜めて話し始めた。
「マーリ君にリベ君……君たちは最近配属されたばかりだから知らないと思うがね…僕とアイツには切っても切れない深い深い縁があるのだよ……」
「は、はあ…」
どうやら長くなりそうだ、と身構えるマーリそっちのけでアルノルトは早口で話す。
「そう、あれは丁度今から二年ほど前のこと……僕がまだ25歳でこの魔法騎士団の副団長になる前のことだ…」
フンフンと相槌を打つマーリとは対照的に、リベは虚ろな金色の目で虚空を見ている。
「アイツは16歳という年齢でめきめきとその頭角を現していき『二大魔法師をも凌ぐ天才魔法師』などという異名をつけられ、王城で魔法学を研究していた…」
遠い目をしながら話すアルノルトに、マーリは目を輝かせた。
「へぇ…副長とフィルミーノの出会いは少し気になりますね。それにしても16歳で城に迎えられるって…」
「………普通16歳じゃ…王城で働けない……」
アルノルトはうんうんと頷きながら、
「そう。リベ君の言うとおり、常識ならば16歳などという年齢では王城に上がることすらも難しい。だがフィルミーノは実力でそれを乗り越えた」
「えっ?でもフィルミーノさんの家は魔法師兼貴族で、そのコネで王城に入ったって噂もありますよ。本当に実力だったんですか?」
小動物的な仕草で小首を傾げるマーリに、リベは眠たげな金色の瞳を向けた。
「……表向きはお金持ちな貴族だけど…フィルミーノの家はそこまで大きくなかった…それに、城で働くには……まず国家試験を通らないとダメだから…」
あっ、そうか、とマーリは自分も頭を抱えた、魔法騎士団の資格を取るための国家試験を思い出した。
国家試験は毎年春に行われる。そこで出題される実技・筆記問題は難問ばかりで、どこかの有力貴族の息子も容赦なく落とされたと言われるほどだ。
その門はかなり狭く、毎年数多くの失格者が出ており、大粒の涙を流しながら王城を見上げるものもいる。
マーリは今更ながらよく受かったものだ、と自分で自分に驚く。
「そう…そして僕があいつに出会ったのは、あいつが国家試験を突破して王城に入った年の夏…僕はそのころ魔法騎士団の下っ端でね……」
どこか昔を懐かしむような目をしながら、アルノルトはそう切り出した。
「16歳で王城に自分の魔法学研究室を与えられたヤツがいる、と聞き純粋な興味で僕は彼の研究室なる一室を少し覗いてみた。そう、僅かに開いた扉からそっと覗いた先には、想像を絶する世界が広がっていたのだよ」
「そ、想像を絶する世界、ですか…?」
マーリが、ゴクリと唾を飲む。
「……アイツの研究室は、ジメジメとした菌類が繁殖し一つの帝国を作り上げていた。そして、その菌類の帝国の王フィルミーノは『キノコベッド』で一人グースカ惰眠を貪っていたのだよ!!」
「………えーと…」
あまりに突拍子のない話に、マーリは言葉につまった。なんだ、菌類の帝国って。
ただ一人、リベだけがとろんと垂れた目を少し見開いて言った。
「素敵……私も、キノコの帝国に遊びにいきたい……そこで、一生楽しく過ごすの…」
もはや価値観が違いすぎていて会話が成立していない。こちらは『キノコ帝国』である。もうキノコでもカビでもコケでもなんでもいいから、元の世界に戻ってきてほしいとマーリは切実に願った。
「そして僕は(菌類帝国の)王者フィルミーノに言ったのだ。『最年少天才魔術師がなんたるザマだ』と。そうしたら…アイツは私にマクラ(キノコ)を投げつけてきたのだ!これ以上の侮蔑があるか!」
だんだん子供レベルの争いになってきた。いい大人がキノコで怒り狂うとはいささか情けない。
「こうして僕たちの一生にも渡る長き戦いは幕を開けたのだ。あるときは転ばせ合い、あるときは食事に塩を混入し合い、あるときは水をかけ合い…」
「――ってちょっと待って下さい、なんですかその低レベルな争いは!魔法関係ないじゃないですかっ!」
「ふむ。僕は魔法で決闘したなどとは一言も言ってないが?」
呆れてものも言えないといった状態のマーリの横では、まだリベが『キノコ帝国』の世界で遊んでいる。魔法騎士団第二部隊も、別の意味で壊滅状態だ。
「だが、アイツと僕が争っているところを他の魔法師に見られてからというものの、アイツは色んな奴に勝負をふっかけられるようになってね……だんだん僕と二人だけの時間もなくなっていったのさ」
恋人か、とマーリは心の中だけで突っ込んだ。もう何がなんだかわからないので、後は半ばヤケクソ気味で聞くことにした。
「だが、今思うとアイツも色々大変だっただろうな。突然城に迎えられ、ほとんど王の飼い犬状態で扱われ…あまつにはジェイク・ヴォルモントの封師を任され失敗…」
「副長、捕縛相手に情けをかけてどうするんですか!隊長が聞いたらカンカンに起こりますよ」
「う…それはカンベンしてほしいものだな。あの隊長は怒ると手がつけられん…」
ブツブツと呟いていたアルノルトだったが、不意にマーリの方を向くと懐からビスケットを一枚取り出した。そしてその小さな手にビスケットを握らせる。
「だがしかしマーリ君。我々に下された命令は、アイツ本人を捕まえることじゃない」
不思議そうに渡されたビスケットを眺めるマーリ。この副長は大変な甘党のようで、いつも懐に何かしらのお菓子は入っている。まるで常備薬と言っても過言ではない。
「わかってますよ、私達の目的はフィルミーノの魔力が定着した『棒』を王に差し出すこと。及びジェイク・ヴォルモントの魔力を継ぐローレッタ・ジュディットの監視だって」
「……ローレッタ・ジュディット…」
ようやくキノコの世界から抜け出したリベが、のろのろとアルノルトを眺めた。久しぶりに副長の口からフィルミーノ以外の名前が出たことに興味があるのかもしれない。
「14歳のときに……ジェイク・ヴォルモントの魔力を取り込んだ……不思議な子…」
「う~ん…でも、リベさんも十分不思議な人だと思――キャッ!」
後ろから何者かに口を塞がれ強制的に言葉を遮られる。ややパニック状態のマーリとは対照的に、アルノルトはその『何者か』を涼しい顔で迎えた。
「おや、ラミロ君。何か収穫があったのかい?」
「はい。そしてマーリ、それ以上は言うな」
「ムググ…ららららラミロさんっ!?」
ようやく解放されたマーリは、呼吸困難になりかけた原因――目の前の美青年、ラミロ・コルティナを見据えて涙目で叫んだ。
眉目秀麗。完璧すぎるほど整った美貌。形容するならそんな言葉がぴったりだろう。
先が緩くカールしたさらさらな金髪。すっと通った鼻筋も、藍色の静かな瞳も、無表情すぎるほど感情が消えた顔も、何もかもが彼の美貌を象徴するものでしかなかった。
「リベ…半日ぶりだな」
「うん……あのね、今アルノルトさんとキノコ帝国で遊んでたの……」
「そうか、それはよかったな」
「うん……」
こんな頓珍漢な会話でも、美男美女が言うと絵になるから不思議だ。
何を隠そうこの美青年、ラミロ・コルティナはマーリ達と同じ魔法騎士団第二部隊であり、同時にリベラータ・レンツィの恋人でもあった。何時、どちらから告白したかは一切不明で、ローレッタ・ジュディット並みの謎のベールに包まれている。
この二人の恋人は存在しているだけで何だか神々しい気配を放っており、かなりマーリの目の保養にもなっている。自分に陶酔しやすい副長と、子供にしか見えない23歳の女隊員だけでは魔法騎士団第二部隊は成立しない。
マーリは何だか悲しい気持ちでいっぱいになってきた。どう見ても、目の前の美女と自分が同じ生物とは思えない。それに、驚くことにリベラータは21歳、マーリよりも2歳年下だ。なのにこの身長差。頭一つ分はリベの方が高いだろう。
「年齢詐欺ですよぉ…」
すりすりと抱きついてくるマーリを、リベは不思議そうに見た。その横ではラミロが無言で殺気を放っている。
「マーリ……どこか痛いの……?」
整った顔が目の前にあった。金色のたれ目、ほんのり桃色に染まる頬、横で束ねた明るい茶色の髪。どれをとっても自分では敵わない。
「私…ラミロさんと同じ23歳なんですよ…」
「うん…知ってるよ……?」
完全敗北。マーリはそのまま春の野原に突っ伏した。優しい花の香りが漂い、一生ここで眠っていたくなる。
「おーい、マーリ君、我々の目的を忘れるな、寝てる場合じゃないぞ」
アルノルトがまたしてもビスケットを差し出してくる。マーリはそれにカプリと食らいついた。チョコ味、ほんのりビターな味が広がった。
しばらく穏やかな空気が流れていたが、突然何かを思い出したかのようにラミロが口を開き、沈黙を破った。
「アルノルト副長、先ほどアルティエロ国境付近を探索した所、綺麗に食べられたトマトの芯らしきものが道中に多数落ちていました。例の二人のものとして捜索した方がよろしいでしょうか」
「うむ、それは重大な手がかりだな!この森を抜けた先はユーフォレア帝国…フィルミーノ達はそこに向かった可能性が高い」
「じゃあ、目指すはユーフォレア帝国ですね!」
ガバッ、とやる気が漲った様子で起き上がったマーリの横では、リベがきょとんと首を傾げていた。
「でも……ユーフォレア帝国では、野菜は二年前のエンベリー内乱以降栽培されていないはずなのに……何だか変……」
「全く栽培されていない、という訳でもないだろう。野菜が食いたいなら俺が買ってやる」
「…本当?……ラミロ、好き……」
すりすりとリベがラミロに抱きつく。ラミロは少し顔を赤らめてその髪を撫でた。恋人というよりペットと飼い主のような関係だ。まあ、見てて微笑ましいので悪い気は全くしないが。
「ようし、では、我々魔法騎士団第二部隊は目的地をユーフォレア帝国として目標の捜索を続ける!みんな、僕の後に続けえええ」
「お、おお~」
やや引きつった笑いはマーリのものである。副長、アルノルトは丁寧に靴を履きなおし、後の三人に魔法を使うように促した。
唯一呪文詠唱や魔法陣を必要としない魔法――体内の魔力を調整し、身体能力を上げる魔法である。
アルティエロ山脈地帯の平和すぎるほどのどかな世界を振り払うように、四人は疾走した。
目標は、すぐそこだ。
登場人物紹介6
●アルノルト・リッシュ
エンベリー王国魔法騎士団副長。現在は、マーリ達と共にローレとフィルの行方を追っている。
フィルには昔なにかとあったようで、本人曰く「永遠の敵」
だが、フィル自身はそのことを全く気にしていないので、いつまでたっても一方通行。
フィルからは「アルト君」と呼ばれる。
また、大変な甘党で、クッキーを常に持ち歩いている様子。
魔法騎士団副長、ということから魔法の腕は相当なもの。
しかし、重要なところでいつも空回りしてしまう。やや自分に陶酔しやすいところもアリ。
年齢…27歳
好き…お菓子、甘いもの
嫌い…ダラダラしてる奴、魔法騎士団の隊長(嫌いというより苦手)