3:不意の戦闘
野太い男の声だった。だが、辺りを見渡しても誰もいない――と思ったが、一本道の遥か前方に、なにやら群集が見えた。
やたら数が多い。それも、全員同じ服で統一されていた。
よくよく見ると、男達の着ている鎧の胸に、何やら見覚えのある紋章がでかでかと刻まれていた。
「なあ…あれって、エンベリー王国の紋章だよな」
「うん」
「あれは、エンベリー王国の魔法騎士団の鎧だよな」
「うん」
「と、いうことは、あの男達の標的は」
「もちろん、俺達だね」
「………。」
のどかな春の日差しが降り注いでいた。
山は映え、青空は抜けるように高く、鳥が甲高いメロディーを奏で、草原では咲き乱れた花に蝶が優雅に舞っている。
「決闘だぁああ、フィルミーノ・デゥランテぇぇえええええええ!」
「お前にいびり倒された恨み、忘れたと思ったかぁああああああああ!」
「えええええええっ!?」
美しい春の風景は、一瞬でかき消された。男達の群集から粉塵が立ちこめ、鳥の鳴き声は罵声に呑まれる。
ようやく男達の顔が判別できる距離まで来た時、二人は背を向けて勢いよく逃走した。
「どうなってんだああああ!!」
「だから、奴らの狙いは俺とこの棒なんだって」
わけも分からず必死に走るローレに、フィルは何とも涼しい顔で説明する。
「俺は二年前、ジェイク・ヴォルモントの魔力を受けている時、このままでは自分の魔力が失われるととっさに感じて、たまたま近くにあったこの木の棒に自分の魔力を移したんだよ」
フィルの強力な魔力が宿った棒がある、などといったら魔法騎士団の連中のことだ。喉から手がでるほど欲しいに違いない。
「なら何故それを私に言わなかった!」
「だって、ローレ俺の魔力が戻ったって聞いたら俺から離れちゃいそうだったし…」
「ホントにお前は子供か!というかそんな重要なことを今まで黙っていたお前の神経がどうかしてる!」
つまり、この男は体内にはもう魔力は残ってないが、古びた棒を魔力を入れる『器』として利用したのだ。
人にも魔力が宿るが、稀に『物』にも魔力が宿る場合がある。そうして魔力が宿った物のことを『魔法具』と呼ぶのだ。
土壇場でそんな作業ができたのは素直に驚く。さすが『二大魔法師をも凌ぐ天才魔法師』だろう。だが、カミングアウトがこのタイミングなのはいただけない。
」
一本道を逆送し、二年間過ごした『家』が豆粒ほどに見えてきた時、急にフィルが停止した。
「おい馬鹿!何を――」
「ちょうどいいから初実戦してみようか」
追ってくる男達の方を向くと、空中に長い棒を躍らせる。
それは、まるで指揮者が優雅な音色を奏でるために、指揮棒を振るような動作だった。
普段の生活では考えられないほど機敏な動作。
ローレは驚愕して思わず声を上げた。棒の先端から魔力が漏れ出し、あっという間に小さな魔方陣を完成させてしまったからだ。
「旋風!」
ゴッ!と、何かが大地を駆けた。目に見えぬそれは止まることを知らずに、慌てふためく男達に向かって一直線に突き進む。
地面が、揺れる。一瞬の凄まじい衝撃。数人の男達が、噴水のように青空に吹き上げられた。
魔方陣を消すと、フィルは得意げに口角を吊り上げて棒をくるくると回す。
「どう?今のは簡単な初級魔法だけど十分だろ」
「驚いたな…その棒の正体が二年目にして分かるなんて……だが」
ローレは、掴みかかってきた男に手刀をくらわせる。二人目は顎を蹴り上げた。
「こいつらをぶちのめしてからゆっくりと詳細を聞こうか」
一発。二発。確実に急所を捉えるローレの拳が空を裂く。
視界の端で何かが煌いた。魔法だ。
襟首を掴み上げていた男を盾にしてこれをやり過ごすと、跳躍してすこし距離をとる。
「ローレ」
「何だ」
隣で木の棒を普通に振り回して武器にするフィルを一瞥する。
「この前教えたヤツ、あれ使ってみなよ」
「ああ、あの『俺が開発した特別魔法だ』とか言ってた、やたら呪文が長い魔法のことか。まあ確かにここなら周りに民家もないから被害が少ないな」
ローレは固まった男達の背後に回りこむ。
「このアマ…ッ!」
男の手にしているナイフを素手ではじき飛ばす。落ちてきたナイフを手に取り、相手に返してやった。
同じく男達を翻弄しているフィルの声が響く。
「喜びなよ。この天才魔法師の俺が開発した大規模魔法の最初の実験台があんたらだ」
「『元』をつけるのを忘れるな」
すかさず訂正すると、蝿のようにたかってくる男を一蹴りでなぎ倒す。
「こっちは俺が何とかするから、呪文唱えな」
フィルが殺傷力バツグンの棒で男達を次々と昏倒させる。ローレは、跳躍して喧騒から少し距離をとると、すかさず魔力を指先に集中させた。
ローレの頭より大きい魔法陣をスラスラと描いていく。緻密な文字を魔方陣の外側に刻み、最後の一文字を描き終えた。
息を吸う。魔法発動の要となる呪文を詠唱する。
「我は問おう。其の、名を。汝のその名を、我が身に与えよ。その偉大なる力を悠久の眠りから解き放ち、いかなるものをも打ち砕く光炎の力を、今、ここに降ろすがよい!」
刹那、小さな光が瞬いた気がした。だが、それは大きな閃光に飲み込まれて消える。
「デュール・クライス!!」
音が消えた。
誰もが息を呑んだ。
瞬間。
『ズッガアアアアアアアアアアン!!』と視界のすべてがなぎ払われた。
大地が軋み、地割れを引き起こす。目が焼けるほどの閃光がすべてを覆い尽くした。
一足遅れて音が戻る。
鼓膜が震え、脳が揺さぶられる。地表が剥がれ落ち、派手に爆発音が上がった。
辺り一帯が焼け野原と化す。青空を黒い煙が蹂躙し、もくもくと巨大なきのこ雲が昇る。
男達は、全員見事に意識を断ち切られていた。黒こげの塊が小さな山を作っている。
遠くに避難しているフィルが口笛を吹いた。
「…なんというか、世界が終わりそうな魔法だな」
その大惨事を引き起こしたローレでさえ、衝撃波で少し視界がぐらつく。
純白の白髪が風に靡く。真紅の瞳は平然と目の前の惨劇を映していた。
ただただ煙が上がる焦げた大地。二人は、唯一被害を免れた『家』を別れを惜しむように眺めて顔を見合わせると、そのまま逃走した。
「くそ…っ、何だアレは……バケモンか…」
髪と髭が燃え尽きて絶滅した魔法騎士団の団員が倒れながら呟く。
が、その言葉に反応するものは誰一人としていなかった。
ただただ、皮肉なほど優しい春風が吹いていた。
「ちゅまり…その棒にうちゅしたばきゅだいな魔力をねりゃうエンベリーの魔法騎士団に、お前はいままでにおわりぇていたんだな」
「いや、ローラせめて口の中のものは飲み込もう。それであってるから」
ごくん、と一気に口の中のものを飲み込むローレ。すぐさま、次に手にしたトマをに口をつけた。
このトマトは、先ほど入国したユーフォレア帝国の農村からローレが(無断で)取ってきたものだ。
新鮮な生野菜はかなりローレのお気に召したらしく、もはや両手の指の数以上は食べている。
ローレは、まだ足りないというように両側に並ぶ果物を凝視した。
二人が今歩いているのは、ユーフォレア帝国とアルティエロ王国の国境付近にある小さな町の市場だ。
小規模ながらも活気はなかなかのもので、威勢のいい声とともに並べられる色とりどりの果物や水から上がったばかりの魚などに購買力をそそられる。
人生の半分以上を隔離された炭鉱場、そしてアルティエロの田舎地帯にある掘立小屋で過ごしたローレにとっては今までに見たこともない、新しい世界だ。
「もぐもぐ…この黄色い果実も中々美味だな…」
いつの間に買ったのか、ローレは懐からパインを取り出し咀嚼していた。
「でも果物とか魚ばかりで野菜は全然みあたらねーな…おいローレ、本当にユーフォレア帝国は野菜が特産物なのか?俺もあの上手そうなトマト食っとけばよかったな」
フィルは腹が鳴りそうになるのを必死に堪えているらしい。先ほどの戦闘で体力を消耗したのだろう、パイン②を投げて渡してやる。
「この地図にはそう書いてあるが」
「どれ…ってこれ二年前の地図じゃねーか!情報変わってて当たり前だっつーの」
「まあこの地図はお前に拾ってもらった時に買ってそれ以来変えてないからな」
「変えろ!」
この分だと、先ほど通ってきた道よりも新しくて舗装された道がもっとあったのかもしれない。わざわざ通りづらい道を歩いてきたのか、と思うと地味に心が沈むフィル。
「見ろ」
だがローレは全く気にしていない様子で、どこからか飛んできた紙を手に取った。
登場人物紹介3
●魔法騎士団の団員1(モブキャラ)
魔法騎士団、精鋭部隊の団員。魔力は人並み以上。だが、ローレとフィルを捕縛しようとアルティエロ国境付近で戦闘になるが、敗北。結果、髪と髭が焼け焦げる。
「お前にいびり倒された恨み、忘れたと思ったか!」などと叫んでいることから、フィルにはなにやら個人的な恨みがある模様。
年齢…?
好き…?
嫌い…フィル