2:心に残る影
な…なんか気が付いたらお気に入りが3件も…
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明日テストですけどもうどうでもよくなりました!!←おい
ローレは二年間寝起きしてきた簡素な部屋を名残惜しそうに眺めた。
――今日で、この先生と生徒ごっこも終わりである。これから、フィルと共に旅に出るからだ。
エンベリー王国魔法騎士団が、二年間消息を絶っていた自分たちの居場所を掴んだと聞いたのはつい昨日のことだった。
自分達を捕えて何をする気か分からないが、少なくとも今のような自由は保障できない。また、昔のように鎖で繋がれた生活に逆戻りするだけだ。
ならば、逃げるしかない。
完璧に準備をし終えたローレが扉を開けると、そこにはまだフィルが体育座りをして座っていた。背中を丸め、何やらブツブツと呟きながらこちらを気にしているが、取りあうつもりは毛頭ない。
さっさと目の前を通り過ぎようとしたが、そのフィルの背中部分がやけに膨らんでいるのが目についた。
「お前…何故そんな持ち物が多いんだ」
「ローレと違ってこっちには色々と荷物が必要なんですぅー」
もはやどっちが男女だか分からないような会話だ。挑発されたからには乗るしかない。ローレは無造作にフィルのローブを引き剥がす。
「何だこれ…タヌキの置物に大きなドングリ…お前はリスか。それにこの意味もなく長い針金とかにはもう何かを言う気にもならんな」
ポイポイといらないもの(ローレから見て)をごみ箱に捨てていく。フィルが横で悲痛の叫び声を上げていたが当然全部無視。ごみ箱はあっという間にガラクタだらけになった。
「ゴミがあるべき所に帰ったな」
「待て待て待てっ!ちょ、ローレ、俺の棒まで捨てたのかあ!?」
「はぁ?」
「タヌキやドングリや針金はともかく、あの棒だけはだめだ!!うおおお、出てこねーじゃねーか!!」
「そういえばお前、私を拾った時からあの古臭い木の棒持ってたな…アレは何だ?」
「魔法の棒」
「は?」
「だから、魔法の棒」
沈黙。ローレはくるっと踵を返すと、スタスタと歩き出す。
「おい、俺の話を聞けえ!ホント、ホントに魔法の棒なんだってば!」
「冗談も大概にしろ。棒が火や水を吹く訳ないだろう」
「ホントに火を吹くんだってばあああ」
子供のように必死にゴミ箱を探す様子を見る限り、よっぽど大切なものなのだろう。
やれやれ、と呆れながらも一緒に探してやる。ゴミ箱ごとひっくり返すと、ガラクタに混ざって長くて太い棒が音を立てて落ちた。
「あ、あ、あった…」
すりすりと棒に頬を寄せるフィル。訳が分からないので、とりあえず「よかったな」とだけ呟いた。
だが、いつまでも棒と感動の再会に浸っていてもらっては困る。
フィルから汚い木の棒を取りあげると、目の前に地図をかざしてみせた。
「で、お前は昨日北の方へ行くといっていたな……北の何処の国だ?」
「知らない」
「………昔から言いたかったんだが…計画のなさは世界一だな、フィル」
「君に褒められてとても嬉しいよ、ローレ」
「まあ、とりあえず北に行くんだろ?今いるのはエンベリー王国の上のアルティエロ王国だが…となると次はそのまた上のユーフォレア帝国か?」
「まあ、ローレがいいっていえばいいんじゃない」
「……じゃあ行くか」
フィルに棒を返し、立ち上がる。マントについた埃を払った。
ローレ達が今いるこの大陸は、大きな三日月の形をしている。エンベリー王国は三日月の真ん中辺りに位置し、二年間住んできたこの家のあるアルティエロ王国はその上。目指すは、さらに上のユーフォレア帝国だ。
「ユーフォレアでは新鮮な野菜が特産物らしいな…農村近くで野菜パーティーも悪くないかもな」
「俺は飯があって眠れれば何でもいい」
「……」
この男はいつもそうだ。のらりくらりと生きて、だらだらと食っては惰眠を貪り、この掘立小屋同然の小屋に隠れ住んでもう二年。
そんな男が昔は『二大魔法師を凌ぐ天才魔法師』と呼ばれて、マウリオ・エンベリーに仕えていたというから驚きである。月日と共にその片鱗は見る影もなくなっていた。
もう一度自分の部屋だった場所を一瞥してから、長旅に備えて靴ひもを固く結ぶ。
扉を開けると、視界に青空が広がった。雲ひとつない澄んだ空色は、見ていて気持ちがいい。ここは、アルティエロ王国の中でもかなり山奥の山脈地帯だ。
見渡す限りに家はほとんどなく、ただただ広大な草原と紫色を帯びた霧がかかる山が広がっている。
春近くになるため、大分暖かい。草原には点々と黄色の花が咲き、その上で蝶が見事な舞を披露している。
優しくて甘い春風が、ローレの肌をくすぐった。
「あーあ、眠い眠い。春はいーねー、冬みたいに昼寝しても凍死しかける危険はないし。俺は冬が嫌いなんだよ」
「……そもそもあれは雪を被った山の中で呑気に昼寝したお前が悪いのであって、季節は関係ないぞ」
「ローレが横で添い寝してくれれば助かったかもしれないのに」
「雪だるまにして崖からけり落としてやればよかったな」
冷めた表情で淡々と言い放つローレに、あははと呑気に笑うフィル。
だが、フィルは急に薄紫の瞳を輝かせると、ローレの顔を覗き込んだ。
「でも、ローレだって冬は嫌いだろう?」
「………まあ、好きな方ではないな」
両親が自分を捨てた季節。そして、この男に拾われた季節。
身を焦がすように痛い雪の感覚は、今でも忘れることができない。
ふと、ローレはこれを機会に、今までずっと心の中に渦巻いていた疑問を口にした。
「……長い間不思議に思っていたんだが、お前はあの状況で一体何故私を買ったんだ?そろそろ教えてもらおうか」
最初は、自分のせいで高い魔力と辛すぎる孤独を手にしてしまった少女に情けをかけて――などというくだらない慈悲や、罪滅ぼしのためだと思っていたが、どうもこの男を見ているとそんな感じがしない。
というか単に憐憫の情が湧いただけでは二年の間ずっと魔法を手取り足取り教えてくれるまではしないだろう。
「う~ん、それは君が俺の運命の相手だったからさ」
「……死ぬか、選ぶか?」
「ちょちょちょ待て待て!それ殺傷力すごいヤツだから!」
複雑な魔方陣を指から流れる魔力で描いていると、フィルが諦めたように溜息をついた。
「じゃあ聞くけど、ローレは何で俺がお前を拾ったんだと思う?」
逆に質問されて驚いたローレだったが、素直に頭の中で思っていることを口にした。
「罪滅ぼし…?」
「何で疑問形なのさ」
苦笑するフィルに少しムッとした。それが分からないから聞いているというのに。
「子供みたいで笑っちゃうけどさ…多分、寂しかったんだよ。俺」
注意していなければ聞き取れないほどの囁き声で呟いた。ローレは視線だけで隣の相棒を見る。
それは真っ白な紙に、ちょっとだけインクを零してしまったかのような、どこか翳りのある笑顔だった。
「ほぼ毎日を監禁状態の中で過ごして、やってることといったら古臭い魔法の研究だけ。しかも、俺の力を利用する奴は醜い貴族共ばかり……って言っても俺も貴族だったんだけどね」
返答を求められているという訳ではないので、ローレはただただ無言だった。
「そんな知らない第三者のために――いや、国のために一生を捧げるのって馬鹿らしいじゃん?そりゃあ見返りなんか求めちゃいなかったけどさ。陰口なんかしょっちゅう叩かれたよ。汗水垂らして必死に頑張っても、その努力は報われないし。あー…もう話してるだけで馬鹿らしくなってきた」
くつくつと笑うフィルだったが、やはり言葉の端にその片鱗を見せる黒い影だけは隠し通せていない。
「俺、今までで何人人を殺したと思う?」
笑顔でそんなことを言われ、思わずたじろいだ。返答に困って俯くと、「それでいい」という声が降ってくる。
「ざっと――300万人くらいかな。いや、もっと多かったかも。民間人とかも入れるとさらに増えるね。俺の開発した魔法で数えきれないくらいの人間が死んだ。間接的だとか、そんなのは問題じゃない」
今にも泣きだしそうな笑顔を顔に張り付けて。
「俺んち――デゥランテ家は代々魔法師兼貴族の家系なんだけど、すっごい貧乏でね。名が上がってきたのもごく最近だ。……家のためにと思って城に閉じ込められて研究漬けになることも厭わなかった。でも、やるのは人を殺す魔法を開発することばかり。綺麗ごとでもなんでも構わないから、とにかく俺は人が死ぬのは見たくなかった」
人が死ぬのは嫌。
確かに、綺麗事だとローレは内心思った。
人の時間には限りがある。誰にも平等に『死』は足音を潜めてやってくる。
――人が死ぬのは、しょうがない……
だが、理不尽な理由で、許可もなくその人の人生を無理矢理終わらせることは全くの別物だ。
人が死ぬのは当たり前。けれど、人が『殺される』のは当たり前のことではない。
ローレは『殺された』人々をたくさん見てきた。
炭鉱場では、その過酷な労働によって毎日バタバタと子供達が死んでいった。
一緒に少ないご飯を分け合って過ごした仲間が、一人、また一人と死神に命を刈り取られていく。
なくなったら補充すればいい。どうせ、お前らは替えのきく存在なのだから。
それが、あの炭鉱場にいた大人たちの考えだった。
毎日、いなくなってしまった仲間たちのために、丁寧に墓標を作った。それは、大抵次の日には大人たちの手によって破壊されていたが、ローレは諦めなかった。
泣きながら、必死に仲間たちが生きていた証を刻んだ。
――遠い、過去の出来事。
ローレは俯いたまま、顔を上げることができなかった。だから、今フィルがどんな顔をしているか分からない。
「王も、貴族も、青の騎士とかいう奴も、おかしいと思った。『今日もたくさん人を殺した』と誇らしげに笑う奴も、みんな。誰か間違ってるって言ってほしかった。狂った渦の流れを止めてほしかった。『天才魔法師』の俺じゃなくて、本当の俺の意見を聞いてくれる人がほしかった」
人を殺してしまうという罪悪感――16歳の少年は、その恐ろしさを知ってしまった。
「我が儘な子供みたいだけどさ、本当に切実にそう願ったんだ。……正直、ジェイク・ヴォルモントの魔力封印が失敗してよかった、って思ったよ。やっとあの忌々しい悪魔の棲む城から抜け出せるきっかけができた、ってね」
フィルはふと言葉を区切ると、苦笑しながら再び話し出した。
「そういえば…一人いたな。鬱陶しいくらいに俺に関わってくれたおせっかいな奴」
ローレはようやくフィルの顔を覗き込むことができた。先ほどの翳りは消え去り、いつもの軽薄そうな笑みだった。
「アイツは――今何してんのかな。ひょっとしたら、俺たちの居場所を掴んだ魔法騎士団はアイツだったりしてね」
「………アイツ?」
今まで明かされてこなかったフィルの少ない交友関係のこととあって、興味も湧いてくる。
「もしかして、アイツは俺の魔力の秘密にも気付いたかな。そうなるとちょっとめんどうだけど」
普通に聞き流そうとしたローレだったが、今の言葉に明らかな違和感を感じて顔を上げる。
「…俺の魔力?何を言っている、お前はジェイク・ヴォルモントの『封師』を任され失敗し、魔力を失ったんじゃなかったのか?」
すると、待ってましたとばかりにフィルは先ほどの汚くて長い頑丈そうな木の棒を取り出す。
「これが、俺の魔力」
「へ?」
「だから、これが俺の魔力」
ローレは鼻先がつきそうなくらい顔を近づけて棒を観察した。
見れば見るほど、なんの変哲もない太くて長い木の棒だ。まあ、ほとんどの人間は魔力を目に見ることができないので断定はできないが。
「どっからどう見てもただの棒だが」
だが、言葉では否定していても何かしっくりこないものがあるのも事実。何せ、フィルはこの棒を出会った時からずっと持ち歩いている。本当にただの棒だったらそんなことはしないはずだ。
「最近調整してやっと使えるようになったんだよ、試しにちょっと――」
言い、ゆっくりと棒を宙に踊らせようとして――
『フィルミーノ・デゥランテ――!!!』
遠くから、はっきりと声がした。