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白の魔法師と堕ちた俊英  作者: 夏目潤
第1章 旅と波乱の幕開け
2/20

1:旅の上手い人は荷物が少ない

「ローレッタ!ローレッタ・ジュディット!」


少女は、自分の名前を呼ばれたことにも気づかずに、一心不乱に荷造りに励んでいた。


澄んだ水のように透き通った長い水色の髪に、オールドブルーの瞳。

その神秘の湖を思わせる凛とした瞳は、目の前に無造作に置かれた二枚の服を凝視している。


「どちらを着るべきか…北の方は気温が低いって聞くし、やっぱこっちの厚手のマントを羽織るか…」

「ローレッタ、君は毎回人の話を聞かないねー」


皮肉交じりの乾いた笑いとともに部屋に踏み込んできたのは、少女より二、三歳年上らしき美少年だった。


「フィル…お前、今自分が何をしてるのか分かっているのか?」


少女はキッと振り返ると、勝手にベッドに腰掛けた少年――フィルミーノ・デゥランテことフィルを睨みつけた。


この国であまり目にすることのない黒髪を束ねて肩に垂らし、同じくあまり見かけない薄紫の瞳に少女を映している。


均整のとれた容姿をしているのに、軽薄そうなオーラがそれを台無しにしていた。


フィルはひらひらと手を振りながら言う。


「何って…ローレッタの部屋にお邪魔させてもらってるだけ」

「その姿勢が私の怒りを買っていると分からんのかお前は!」


挿絵(By みてみん)


整った顔立ちを歪め、少女はフィルに向かって人差し指を突き出した。


「まず、勝手に人の部屋――しかも十六歳という年頃の少女の部屋にずけずけ入るな!それから、そのいちいち『ローレッタ』と呼ぶのは止めろ!『ローレ』でいいといってるだろう!」


子犬のようにきゃんきゃんと叫ぶローレの言葉を、フィルは耳を塞いで受け流す。

盛大なあくびを漏らすと、すぐさまローレの服が飛んできた。おそらくマントの金具部分があたって地味に痛いことだろう。


「とりあえず、まわれ右して出でけ。私は今から着替える」

「はぁ…でも別にローレが全裸になろうが俺は気にしなグルボッ」


ローレの魔法陣から放たれた閃光が直撃し、部屋から無理矢理退場させられたフィル。


「こ…これはつい最近教えた魔法じゃないか…もう使えるのか……」

「私は『元』天才魔法師フィル先生の弟子だからなっ!」


皮肉たっぷりの言葉を吐いて扉を閉める。外から何かうめき声が聞こえてきたが、無視を決め込んだ。


ふぅ、と溜息を漏らしてベッドに腰掛ける。先ほど彼に投げつけたマントを手に取った。

今着ている服を脱ぐと、あらかじめ用意しておいた新品の服に着替え、上からそのマントを羽織る。


心なしか、ローレの髪色が白く変色していた。オールドブルーだったはずの瞳も見事な真紅に染まっている。


ローレは鏡に映ったその自身の姿を見たが、特に反応することもなく新品の服をひっぱったり、袖口の長さを気にしたりしている。

そうしている間にも、白髪と真紅の瞳は元の色へと戻っていった。


ローレは元々白髪に赤い目をしている。それを魔法で染めて水色の髪とオールドブルーの瞳にしているのだ。だから、どうしても強力な魔法を発動させようとすると、そちらに裂いていた分の魔力も使わなければいけないので、髪と瞳の色が元に戻ってしまうのである。


『白と赤はジェイク・ヴォルモントの悪魔の色』


そんな話がこの国――エンベリー王国には二年ほど前から伝わっていた。


二年前、この地には青色の髪を持つ『青の騎士』という大魔法師と、同じく白色の髪を持つ『白の騎士』という大魔法師が対立し合っていた。

両者は共に王専属の魔法師として王に忠義を誓っていたが、ある日『青の騎士』がそれを裏切り、王の暗殺を計った。


それを止めようとした『白の騎士』だったが、一足遅く王は暗殺されてしまう。


そして、反王政派がいつしか『青の騎士』につくことになり、自然と国は二つの勢力に分かれた。

二人の大魔法師の激闘の末、『青の騎士』が勝利。『白の騎士』は悪魔と呼ばれ、処刑された。


その『青の騎士』が今のエンベリー王国の王、マウリオ・エンベリーであり、『白の騎士』は名をジェイク・ヴォルモントといった。


その二人の騎士の激闘、通称『二大魔法師激戦』は一件落着で終了したかに見えたが、その裏ではある問題が発生していた。


それは、『白の騎士』ジェイク・ヴォルモントが処刑される際に起こった出来事だった。


処刑される罪人が魔法師の場合、その処刑には『封師』と呼ばれる魔法師が立ち会う。

魔法師が死ぬと、その莫大な魔力は周囲に放出され、時には自然界にも深刻な影響を及ぼすからである。


そのような事態を防ぐために生まれたのが、魔力を永久封印する『封師』だ。

だが、ジェイク・ヴォルモントはマウリオ・エンベリーと互角かそれ以上に争える魔力を持つ大魔法師。通常の魔法師ではその莫大すぎる魔力に歯が立たない。


そこで、ジェイク・ヴォルモントの処刑には、当時16歳という年齢で『二大魔法師をも凌ぐ天才魔法師』と謳われたある少年が急きょ『封師』を務めるという異例の大事態が発生したのだ。

いくら天才魔法師と謂われていおうが、所詮はまだ16歳の少年。


まさに前代未聞とはこのことだ。


しかし、そんな厳重体制の中で行った魔力の封印だが、ジェイク・ヴォルモントから放出される魔力を完全に封印するということはできなかった。


放出された魔力の一部が、処刑場近くの炭鉱場で奴隷として働かされていた、とある少女の体内に入ってしまったのだ。


常人はまず受け入れることのできない膨大な魔力の量を、その少女は小さな身体に押し込めてしまったのだ。

もちろん、少女に『押し込めた』という自覚はないだろう。だが、それがかえって化け物じみていて恐ろしい。


様々な魔法士が少女の体を隅々まで調べ上げたが、その答えはついに解明されることはなかった。今は『エンベリー王国の七不思議』の一つに記されるほどだ。


でも、そんな化け物のような力を受け継いでしまったのは事実。


その少女は、膨大な魔力のせいで髪と目の色素を失い、周囲から恐れられ、人買いに売られ、ついたあだ名が『悪魔の子』だった。


そんなアンラッキー少女、通称『悪魔の子』こそがこのローレッタ・ジュディットだったり、そのジェイク・ヴォルモントの処刑の『封師』を任され、ローレとは対照的に強すぎる魔力を真正面で受け止めたため、体内にある魔力をすべて失ってしまったアンラッキー少年こそが、先ほどの青年――フィルミーノ・デゥランテだったりするのだ。


魔法師が最初に学ぶ『魔法基礎』として『膨大すぎる量の魔力を一方的に受けた場合、その術者は持つ魔力のすべてを失う』というものがある。


魔法というものは繊細な力なので、精神面の動揺などといった些細なことでも魔力は失われてしまう。

なので、魔法師達は『強力な敵が相手の場合は1人で戦うことは決してせず、助太刀を待つか身を守ることに専念しろ』と耳にタコができるほど教えられていた。


だが、その少年のようにやむを得ない場合はそんな教えなどあまり役に立たない。


その後、少年は天才魔法師の名を奪われ、ただの『人』まで堕ちた末に放浪の旅に出た。


もっとも、ローレがそのことを知ったのは随分後のことだったが。


売られる原因を作った少年が自分を買い、この二年間魔法を教えてくれた『先生』を買って出ていたとはなんとも皮肉な巡り合わせである。



登場人物紹介1

●ローレッタ・ジュディット(ローレ)

体内に『白の魔術師』の魔力を持つ凄腕魔術師。

莫大な魔力を体内に貯め込み、周囲に恐れられ人買いに売られる。その後、フィルに拾われ魔法を習いその頭角を現していき、現在に至る。

年齢に似合わず大人びた容姿をしている。髪の色は白、瞳は赤だが共に魔法で染めている。フィルのことは「お前」と呼び、下僕のように扱っている。

口調はまるで少年のようで、年頃の少女と思えないくらいよく食べる。だが、ローレ自身は「年頃の少女の部屋にずけずけ入るな」と言っており、何かと『年頃』なことを気にしているのかいないのかよく分からない。

年齢…16

好き…野菜、魚、肉、爬虫類、昆虫

嫌い…嘘をつく奴


挿絵(By みてみん)

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