16:考え事のお供には甘いものを
またまた一週間ぶりの夏目潤です。
本当は昨日投稿するつもりだったのですが、8時に寝てしまいました。
そして朝8時にきっかり起床。…なんだコレ。
※前回までのあらすじ(正直作者も話を覚えていない)
ユーフォレア帝国に入国して二日目の昼。ローレさんとフィル君は路地裏で死体を発見します。その男は、ローレさん達にちょっかいをかけてきた酔っ払い、デムランでした。そこにエンベリー王国魔法騎士団の4人組が加わり、みんなで何故この男が死んでいるのか考えることに。魔法騎士団の4人と、ローレさん達の共同捜査が始まります。ひとまずローレさんとフィル君+1(後から合流した商人のパル)は、喫茶店にでも入って死体の謎を考えることにしました。
ローレはテーブルの上に置かれたアイスフロートを見るなり、スプーンをを手にとってそれに飛びついた。
透き通ったブルーのジュースの中では、ぷくぷくと小さな泡が水面に向かって泳いでいく。太陽の光に輝く海のようなジュースは、ローレの染めた髪色とそっくりだった。
上に乗った白いアイスを慎重に崩しているローレを見て、フィルが苦笑する。同じくローレの横ではパルが小動物でも眺めているかのようににこにこと微笑んでいた。
テーブル席が少ないカフェだったが、三人は何とかこの場所を陣取ることができたのだ。
「久しぶりに見たローレさんも素敵です…ローレさんはやっぱり食べている時が一番可愛らしいですね」
「久しぶりってほんの数分別れてただけじゃんパル君…」
「今ローレさんを眺めるのに集中してるんですからゴキブリ君は黙ってて下さい」
全く変わらないいつも通りのやり取りに、フィルは内心関心していた。
アルノルトを含む魔法騎士団の面々と別れてからというもの、パルとは案外あっさり再開できた。どうやらローレが好きそうなカフェを何軒か見つけてぐるぐるその周辺を回っていたらしい。なんという執念。
ローレは見つけたデムランの死体のことや、昨日の出来事、アルノルトを筆頭とした魔法騎士団にこの件を調査しろと言われたことなどをパルに話した。パルはぽかんとして聞いていたが、すぐに元に戻ると『きっとそれはローレさんにちょっかいを出した罰に違いありませんー!』などと騒ぎだしたのだ。なにか見ているところが違う気がしたが、一通り状況説明を終えて、ローレ達はこのカフェに入ったのである。
「それで…問題はそのデムランとかいうローレさんに手をだしたクソ男が何故死んでしまったか…っていうところなんですよね」
「いや、手を出されてはいないぞパル」
ウィンナーコーヒーのクリームを口の周りにつけたパルの台詞をローレはきっぱりと訂正した。フィルはその様子をを、頼んだアーモンドパウンドケーキを口に運びつつ、黙って聞いている。
「俺が考えるに、死因は多分魔力の暴走だと思うんだよね」
頬づえをつきながらケーキを頬張るフィルに、二人は視線を向けた。
「でも、魔法師というのは魔力が暴走するだけで簡単に死んでしまうものなんですか?魔力を使いこなしての魔法師でしょう?」
確かに、パルの質問はもっともである。自身の魔力を制御できない魔法師などお笑いものだ。
「確かにそうだが…でも、実際危険な魔法というのはいくつかあって、その一つが私もよく使う『身体能力を上げる魔法』なんだ。これは魔法陣を通さずに、体内の微妙な魔力調整だけで発動させる魔法だから、失敗すると最悪体が壊れてしまう…だったよな?」
ローレは一応魔法を教えてくれた『先生』であるフィルを見ながら確認した。『先生』はケーキをもごもごと咀嚼しながら「うん」と頷く。
「魔法陣、っていうのはいわば魔法を確実に発動させるための安全装置みたいなもんだからね。いざとなったら魔法陣なしでも魔法は発動するらしいけど…これは『白の魔法師』しか成功例がないし、もちろん俺もできたことがない」
魔法に詳しいわけでもなく、魔法師でもないパルは「へぇ、そうなんですか。魔法ってすんごい複雑なんですねぇ」とコーヒーカップを口につけつつ感嘆した。
「んじゃーちょっとここからは『魔法』のおさらいでもしますか」
フィルはいったんフォークを置き、ケーキを半分残したまま話し出す。どうやら長い話になりそうだ、とローレもアイスフロートを食べるのをやめた。スプーンは手に持ったままだが。
「そもそも『魔法』っていうのはすごく繊細な力、だってことはローレにも教えたよね。丁度そのジュースに浮かんだアイスみたいに、脆く、崩れやすい」
フィルはフォークを掴むとローレが食べていたアイスにそれを向けた。中途半端に食べかけのアイスはもう溶けだしており、空色のジュースと混ざって青と白のマーブル模様を作り出している。
「200年くらい前まで、魔法は人間が使うものじゃなかったんだ。はい、じゃあローレに復習もかねて問題。人間以前に魔法を使っていたのは誰でしょう?」
「…えと……確か…『石』じゃなかったか?…魔力が宿った石があって、それを指輪とか剣とかに組み込んで使うことによって魔法を発動させてた…違ったか?」
かなりしどろもどろだったが、彼はにんまりと笑顔になると、続けた。
「正解。というか魔法を『使ってた』じゃおかしいね、石に心はないから『使われてた』のほうが正しいかもね。…とにかく、その魔力を宿した石はまんま『魔法石』って呼ばれてた」
いつの間にかパルもウィンナーコーヒーを机に置いて、フィルの話を真面目に聞いていた。今はナプキンで口についたクリームを拭っている。
「昔の人々はローレの言った通り『魔法石』を剣や指輪、ネックレスとかの装飾品なんかに取り付けることによってその力を利用していた。だから当時は魔法はその石さえあれば誰でも使えたんだね。でも、ある時石に宿る魔力を人間本体に移せないか、って考えた人がいた。その人こそが――」
「ここ、ユーフォレアに住んでいた『黎明の魔法師』ですね!」
元気よく言ったパルにローレは少し意外そうな顔をした。そういえば彼は黎明の魔法師が建てたと言われている『フレイバーク遺跡』に興味を持っていた。ユーフォレア帝国に来る際に色々調べたのかもしれない。
「その黎明の魔法師は、自らを実験台にして石の力を移しこむ危険な実験を繰り返した。その当時は『絶対無理だ』とか『魔法石に下手に干渉すると呪われる』とか言われてた。でも、黎明の魔法師は不可能と言われたそれを長い時間をかけて成功させた。まさに魔法学界に金字塔を打ち立てたわけだ」
ローレは記憶を手繰って黎明の魔法師のことを自分なりに理解する。確か、彼が魔法石の研究を始めたのは丁度自分と同い年―16歳のころで、実験が成功したのは43歳の頃のはずだ。人生のほとんどを実験に捧げたと言ってもいいだろう。
「彼が実験に打ち込んでいた頃には『馬鹿馬鹿しい』と一蹴していた貴族達も、実験が成功したと分かった途端、手のひらを返したような態度になった。魔法師の血を自分の家系に取り込もうと必死になったのさ。そうして黎明の魔法師はたくさんの子をなし、だんだんと魔法師の数は増えて今に至った」
今現在では大陸のおよそ4割の人が魔法師だ。しかし、それが元をたどれば一人の魔法師からここまで増えたことを考えると、素直に関心する。
「それでまぁ、これは黎明の魔法師の記した書物を読むとわかるんだけど、彼は最初に実験を進める際にあることを考えた。それは『得体の知れない強い力である魔力をどうやって体内に止めて、なおかつ必要な時にその力を外に引き出すか』。そこで彼が目を付けたのが魔法石を利用した魔法発動の仕方」
ローレのアイスはだんだんと溶けていくが、彼女はそのことに気付いていない。ただ、目の前の男の話を聞くのに一生懸命になっていた。
「魔法石は、複数の石を意味のある配置に並べ替えたりとか、意味のある言葉を唱えることによって発動させていた。この『意味のある配置』っていうのが変化して魔法陣になって『意味のある言葉』っていうのが同じく変化して呪文になった」
魔法陣を描く時には、記号の配置や呪文を少しでも間違えたりすると魔法が発動しない。あれには、こういう理由があったのだ。
「こうして黎明の魔法師さんがものすごく苦労して、人間も魔法を使えるようになった。それでも元々魔法は人間のものじゃなかったんだから、当然その扱いは難しい。さて、ここでさっきの魔力暴走の話に戻るわけだけど…」
フィルは話すのに疲れて喉が渇いてきたのか、アイスが溶けたローレのジュースを勝手に一口飲んだ。パルはなにやら青い顔で「間接…許せません…」などとブツブツ呟いている。関わると面倒なのでそのまま放置だ。
「えーっとどこまで話したっけ…あ、そうだ、まぁとりあえず、俺達の体内にある魔力ってものはすんごく繊細で壊れやすい力なわけ。だから、精神不安定な状況に何日も陥ったりとか、肉体的に刺激を受けたりすると魔力はすごいグラグラと揺れて、最悪魔法が使えなくなっちゃうことだってある。俺がそのいい例、ジェイク・ヴォルモントの魔力は本当に強烈だったからね」
フィルの魔力を奪った、その強烈な力が自身に宿っていると思うと何やら複雑な気分になってくるローレだった。彼はそんなローレの心境を慮ってなのか「別にローレを責めてるわけじゃないよ」と言って笑う。
「そんなんだから、魔力暴走なんて話を聞くのは少なくない。特に魔法をぶつけ合う戦闘とかになると、魔力を失ったとかいう例はよく耳にするし。魔法騎士団とかも戦闘訓練にはよっぽど気を使っているみたいだよ?術者の精神状態とか、いちいち気にしたりしてね。だから、まあ長々と話してきた結論を言うと…デムランが魔力を手に入れた過程に、彼が死んだ原因があると見ていいと俺は思っている」
生まれつき魔力をもっていない生身の体に、いきなりそんな莫大かつ繊細な力を無理やり押し込めたらどうなるか――子供でも分かることだ。
「つまり、問題はその魔力をデムランはどこでどうやって手に入れたか、ってことなんだよな」
フィルの話が終わった途端、ローレはほとんどアイスが溶けたジュースをスプーンですくって口に運んだ。二つの味が混ざったことによって甘さが増した気がする。
「少なからず、彼一人で魔力を体内に入れるなんてことはできませんもんね…絶対裏に協力者の魔法師かもしくは貴族や商人がいるはずです。でも一体何のためにそんな事を…」
それを調べるのがローレ達に課せられた使命でもある。アルノルト率いるエンベリー王国魔法騎士団は、ここユーフォレアの地では敵同然の扱いなので、目立って動くことはできないからだ。
「とにかく、パルも協力してほしい。今回は仕事でユーフォレアに来たんだろ?」
「はい、僕はこの後ユーフォレアの貴族に装飾品などの商品を売りに行くつもりです。その時にさりげなく探ってみますね」
ローレに頼られているのが嬉しいのか、パルはにこにこと笑みを浮かべながら言った。フィルはその様子を見ながら、最後の一切れのケーキを口に運ぶ。
「よし、大体は整理できた。じゃあ、俺とローレは昨日デムランと会った店にもう一回行ってみる。ひょっとしたら彼の仲間とかがいるかもしれないからね」
「ちょっと待って下さい、なんでゴキブリとローレさんが一緒に行動するんですか。僕も行きますよ」
穏やかな笑顔が一瞬で消えた。零れんばかりの殺気を向けてくるパルに、フィルは「違う違う」と手を振る。
「さっき言った通り、お前が俺達に協力しているところをもしもアルト君とかに見られたらマズい。だからできるだけ接触は避けたほうがいいんじゃない?」
いつになく真面目な表情のフィルに、今回ばかりはさすがのパルも口を噤んだ。彼の欠点はローレのこととなると周りが見えなくなるところだろう。
「…あーもう面倒くさいですねー…といっても仕方ありませんか…ローレさん、離れていても僕のことを一生忘れないで下さい!」
「……いや、一生は忘れないぞ」
「ローレさあああああああああん」
パルはガンガンと机に頭を打ち付けた。周りの客の怪訝そうな視線が痛い。飲み終えた後だから問題はないものの、コップやグラスが倒れる。
ローレはなんだか戦場に息子を送り出す母親のような気分になってきた。
「…じ、じゃあ俺らはこれで…また夜に宿で会おうパル君…って泣きながら俺にすりつくな!新品のローブに鼻水があああああああ」
頭を押さえつけて何とか引きはがそうとフィルが悪戦苦闘しているうちに、ローレは一人さっさと店を出た。遅れて何故かよれよれになったローブを悲しそうに見つめるフィルが追いついてくる。
「ローレさああああん、しばらくお別れです…っ…グスッ、うわああああああん」
背後から、ものすごく聞き覚えのある絶叫が響いてきた。…気がした。
今回の話は調子に乗って挿絵つきです。
普段は鉛筆で線を誤魔化していたりする私ですが、いざペン書きしてPCに取り込んでみるとどれだけ下手なのかが丸わかりですね。PCって恐ろしいです。
改めて漫画家さん達のすごさを思い知りました。
みなさんも、この崩壊寸前の絵が少しずつ良くなっていくのを見守ってください。
次回はローレさんたちお休みで、魔法騎士団チームの話を書く予定です。
それではこのへんでー
次回はなるべく早く投稿したいです。