B級野郎どもの宴 〜爆誕!オレたちのサイコー映画〜
またオジサンが頑張る話。
色とか恋とかそういうものから目を逸らし、オタクが集まればこうもなろうという趣味に生きる者たちの生態に多少の夢を乗せたお話です。
連鎖するビル内の大爆発を刑事は駆ける。
「チクショー、ついてねえぜ!」
相棒のベレッタは既に弾切れ、だが私欲を肥やした挙句にこのビルの従業員を見捨てて逃げようとするCEOに鉄槌を下すため刑事は駆ける。
階段を上がり、息を切らしながら屋上のヘリポートへの扉を開く。
そこで刑事が見たものは?
既にゾンビと化したCEOや社員の群れだったのだ! 刑事は足元に転がるチェーンソーを拾い上げると口の端を吊り上げ、外で待つ彼女のことを思う。チェーンソーのチョークを引き、エンジンに火を入れると蠢く歩く死体どもの海に身を躍らせたのだ!
「はいやめやめ! なんでダイ・ハードが死霊のはらわたになるんだよ! 俺はブルース・キャンベルじゃねえぞ!」
そう呆れ声を上げながら主演俳優が去ること四人目。俺たちのサイコー映画『悪魔の毒々ミッション・ハード~愛は戦場の果てに~』は早くも座礁に乗り上げていた。
「だからオレは言ったんだ。ゾンビじゃなくてサメにすべきだとな」
プロデューサーその一、パニック映画専門の批評家、海野。
「そうじゃない、彼が去ったのはロマンスが足りないからだ。ここに至るまでにヒロインとの関係を築いたか?」
プロデューサーその二、ロマンス映画専門の批評家、愛原。
「違うよ、火薬だ、火薬が足りん。マイケル・ベイを見ろ、これっぽっちの火薬で客が満足するとでも?」
プロデューサーその三、アクション映画専門の批評家、拳道。
「未知とのワクワク感だよ。ゾンビじゃありきたりだと言っただろう。だから宇宙人にすべきだって」
プロデューサーその四、SF映画専門の批評家、未来。
そして雑用係にしてヒロイン役のバイト、さつき。俺たちのサイコー映画『悪魔の毒々ミッション・ハード~愛は戦場の果てに~』はこのメンバーにして産声を上げる前から産道に詰まっていたのだった。
ことの起こりは映画感想サイトのオフ会だった。
四人の管理人はそれぞれの切れ味鋭い感想を自画自賛しあい、そのうちに誰かが言ったのだ。
「俺たちならサイコーの映画を撮れるんじゃね?」
と。冷静に考えれば無理と無駄の極みだったろう。だが妙にプライドだけは高いこの四人、酒が回ったこともあり呉越同舟、友情パワーなどと意気投合し『俺たちのサイコー映画』なるものに無謀にも挑むことになったのである。
雑用係兼ヒロイン役を知り合いの劇団から(結構いい日給で)スカウトしたものの、脚本は難航。結局さつきの所属する劇団の先生に素案を作ってもらうことで落ち着き、それをもとに撮影は始まったのだった。
「さつきくん、次の主演を用意してくれ。多少の困難では逃げ出さないタフガイを頼むよ、マジで!」
てやんでい。俳優がゴキブリみたいに次から次へと出るもんけ、と拳道の無責任な言葉にさつきは内心拳を振り上げるが、あくまで顔には出さず。にこやかに笑いながら頷いた。
「一人だけ心当たりが。ウチの劇団のOBですけど」
「ほう」
「テレビなんかにも出ていて」
「そりゃすごい」
「タフなのは折り紙付きです」
「頼もしいが……、ロマンスは? 期待できるのか?」
「えー……、うん、子供とママさんにはモテモテでした」
「コメディアンじゃなかろうね? 裸で変なダンスとかは方向性が違うんだが」
「まあ大丈夫かと」
四人のプロデューサーは互いに顔を見合わせると大いに頷いた。
「よし、君に託した! まともな人物であることを祈ろう!」
だがまともではなかったのである。
次の日現れた男は見た目は普通。筋肉が細身のムキムキマッチョ。拳道は手を叩き大喜び。
「いい! いいよ! これならサメでもゾンビでもドンとこいだ!」
「ほなども、オラが主役でええんだっぺかなぁ」
「? 今なんと?」
「いや、オラが顔出しで主役なんてえらぁこって、ガラじゃないっペよ」
「さ、さつきくん? 翻訳、翻訳を!」
「大場崎さんは飛騨高山の奥地出身でして。主役なんて恥ずかしいなあ、と照れております」
愛原は頭を抱え、海野はまあ何とかなるだろう、と男、大場崎としっかり握手する。
「なにせこれだけ仕上がったボディだよ! テレビというがスタントマンかな?」
「アクションならまかせてくだせ」
大場崎はヒラリと撮影現場の高台に飛び乗ると腕を大きく振り回す。高台からポーズを決めて飛び降りたかと思うと流れるように決めポーズに移行する。
「白浪戦隊、ゴニンジャー!」
「……もしかして彼は」
「はい。スーツアクター、いわゆるヒーローの中の人です。ブラックでしたかねぇ」
「普通の芝居は?」
「求めるほうが酷かと思います。まあタフな方ですよ!」
「感情のアークがきちんとしていれば……、いや奥の手で吹き替えで……」
愛原がブツブツと呟くのを尻目に、未来が一人その目を輝かせるのだった。
***
「よし! 簡単なシーンから行こう!」
とメガホンを握るはロマンスの達人(自称)愛原。監督もそれぞれが得意なパートを受け持てば更にサイコーな映画になると四人は自信満々に役割を割り振ったのだ。
CEOからヒロインを助け出した刑事は船の上でいっときの休息を得る。二人はデッキのベンチに座り交流を深めるーのだが。
「アークション!」
カチンコに合わせて二人は船のデッキに息も絶え絶えにやってくる。呼吸を整えるとベンチに腰を下ろし、目を合わせ笑い合う。だけなのに。
「大場崎! なんでイチイチ動きを止める! その余計なポーズは要らねえ!」
「んだども子供たちにアピールしないと」
「子供向けじゃないから! 大人のロマンスだから! 拳道、なに笑ってんだ」
愛原が怒鳴った。拳道は椅子に座りながら拳を握り、爆音のように笑っている。
「いや、最高だろ。これぞアクション俳優の所作ってやつだ。カメラが動きに追いつかねえくらいの勢いがいいんだよ」
「ダメだ! ロマンスなんだぞ? ここで必要なのは息遣いの静寂と目と目の距離なの!」
未来が遠くから首を傾げる。
「いっそ彼もMIBのような宇宙刑事にしてしまうのはどうかな? 派手な動きにも説明がつく」
「そうやって自分のアイデアをねじ込もうとする……! それか、その銃を持たせたいのか!」
「ククク、新ハリマ型レーザー銃MOー三。ゾンビもサメもCEOの部下も一撃ですよ」
「要らんわ!」
「そうそう。脅威に抗うのは肉体のみ、が基本だ」
「海野もうるせえ!」
「いや、船の上だぜ。ならば俺のテリトリーだ。……ひとときのロマンスだが波は怪しく揺らめき、静かなジングルは徐々に力強さを増す。二人が心を通わせたそのとき! 波しぶきが上がり船は大きく揺れ、サメが、サメが跳び上がる!」
「そのサメはどこから持ってくんだよ」
「未来のCGかミニチュアでなんとかならんかね」
「そうなるとグリーンバックのスタジオが要るよ。合成だってタダじゃない」
「ああ! 違う違うの! ここはロマンスなの! 二人が心を通わせることで次の別れが苦しくなるの! アークだよ感情のアーク! 知ってるだろ?」
「シュワちゃんには無用だな」
「サメにも無用」
「ジェダイなら暗黒面のきっかけだ」
四人は喧々囂々、侃々諤々と互いの演出を罵り合う。ベンチに座り波に揺られながら、大場崎はにこやかにその様子を眺めていたのだった。
「いい座組だなや。活気があんべ」
「そう……かな?」
***
そうして彼らは再びビルの屋上に戻ってきた。
エキストラだってタダじゃない。今回の撮影でこのシーンは決めてしまいたい。
海野がディレクターチェアに座り、目を輝かせながらヘリポートにひしめくゾンビたちを見る。
「さあ、俺の腕の見せ所だ」
「んでオラはあのゾンビの群れにこのチェーンソーを抱えて突っ込めばいいんだな」
大場崎は撮影用のダミーのチェーンソーを構えてエキストラたちに歩んでいく。
「そう、奮闘するが数には勝てず、一歩また一歩と後退する。やられても引かないゾンビたちの恐ろしさを表現したい」
「わかった。そういうのならオラの本領だな」
エキストラたちと簡単な段取りを話しながら大場崎は海野に頷く。
「アイツ、人気あるの?」
結構な数のゾンビたちと和気あいあいと自撮りを始めた大場崎たちの姿に、脇で見ていた拳道はさつきにそっと耳打ちする。
「そりゃスーツアクターとしては番組の上から二番目に名前が出てますからね。アクション好きなら知っている名前ですよ? あれれ? 拳道さんはアクション批評家でしたよねぇ?」
ここぞとばかりにニヤニヤと笑みを浮かべるさつきを尻目に拳道は咳払いをしそっぽ向いた。
「お、俺は大作志向なの! ジャリ番のスーツアクターなんて知らないよ!」
「ぷぷ、そういうことにしといてあげます。ほら、撮影が始まりますよ」
「はい、アクショーン!」
カチンコが鳴り、ゾンビたちが一歩、また一歩と群れをなし大場崎に襲いかかる。
大場崎はチェーンソーを振り回しゾンビに抗うが、いつしかチェーンソーを落とし、徒手空拳でゾンビたちをいなしながら上がってきた屋上の扉を目指し後退する。
「いい、いいぞ!」
「抵抗しても勝てないのがスリラーの嫌なところでなァ。俺なら爆発させて退路を確保させるのに」
「拳道うるさい」
とは言うが、海野は一瞬思考した。
「大場崎! 少し反撃!」
「ええだか?」
大場崎はゾンビの一人の腕を受け流し、鉄拳を繰り出す。むろん寸止めだがカメラから見ると強烈な一撃がゾンビを見舞ったように映っただろう。
後続のゾンビがつんのめるのに合わせ身体を回して蹴りを出す。
「チェーンソー拾って!」
ゾンビたちの空いた隙間に手を伸ばし、床からわずかに見える赤い塊を掴み上げる。
肩で息をしながら大場崎はチェーンソーに再び命を吹き込む。
果たして大場崎はゾンビの大群から逃げ切れるのか!
「カット、OK! いい! さすがプロ!」
「したども流れ変えちまって、すんませんした」
頭を下げようとする大場崎を海野は手で制し、ゾンビ役のエキストラたちと拍手する。
「キミじゃなきゃこんな流れにはしなかったよ! もしかすると本当にサイコーの一作になるかもだ!」
「マトモにセリフが出りゃだけど、な」
愛原は渋面のままに拍手する。
***
「未来さんはどんな映画にしたかったんですか?」
今回は裏方として小道具から衣装に特殊効果と走り回っている男、未来にさつきはふと聞いてみた。
「あ、え、なんでそういうこと聞くのかな」
「いやだって未来さんはSF好きなんですよね。『悪魔の毒々ミッション・ハード~愛は戦場の果てに~』だとSF要素はなくないですか?」
さつきはその質問をしたあと、未来の複雑な表情を見てこれは藪蛇だったかと舌を打った。
「そう。それが僕にとっての問題だ。だがそれを語るには『SFとは何か?』という問いを突き詰めなければならない。宇宙? 未来? 機械が出てくればSFなのか? 元をただせばセンス・オブ・ワンダーでありすこし不思議でもあり。SFというジャンルは要素の組み立てであるからして」
あ、長くなるやつだ。
さつきは未来のSF論を十分ほどBGMがわりに聞き流し、分かったことは彼にとってはSFの魂がどこかに入ればそれでいい、ということだった。
「……つまり、宇宙人が出てきてレーザー銃を撃つのがSFではなく、人間が未知に対峙するときの理論と『ワクワク』があればいいんですよね?」
さつきがうまくまとめると、未来は目を丸くして頷いた。
「うん! 君はわかるね! だからね、ゾンビだって未知の現象でしょ? でもそれはSFじゃない。なぜなら、説明がない。ウィルス? 放射能? 呪い? 何が起きてるのかを観客に想像させる余地がないと、ただのホラーになっちゃう。でもね、もしこのゾンビ騒動の裏に『宇宙からの細菌兵器』があって、大場崎さんがそれを知った瞬間、目を見開いて――」
「未来くーん! 次のシーンでちょっと来てくださーい!」
海野の呼びかけに未来は「ほらきた」と小走りで消えた。残されたさつきはため息。
「結局みんな同じ穴のムジナってことね……」
「さあお前さんの好きなSFシーンだ!」
ゾンビの群れをかき分けビルの地下深くに逃げ込んだ刑事と合流したヒロイン。そこで刑事はCEOの野望、ゾンビ誕生の秘密を目にするのである。
何らかの羊水が入れられたポッドの中には生きた死体が浮かんでおり、周囲のパネルが怪しく明滅している。
「んだどもポッドがないべな」
「CGでなんとかする! 未来が頑張る!」
「なんでもCGに頼るのはクリストファーノーランに失礼だよ」
などと拳道の無責任な言動に反論しつつ未来はいくつかの立て札をポッドになるだろう土台に立てていく。
「ここに死体が浮いていると思って。徐々にポッドにヒビが入り、意識がないはずのゾンビの目が開き君たちを睨む。途端に装置が起動しポッド開放のカウントダウンが始まるわけ」
「黒ちゃんがそんなシーンやってただな」
「黒ちゃんってゴニンジャーの変身前の人?」
未来が大場崎の呟きに反応する。
「んだ。怖がりって設定でな、それに合わせてオラも怯えながら戦う場面に……」
「そりゃ頼もしい。特撮出身ならこの手の合成も慣れっこだろうしね」
「んでさつきちゃんと街を逃げる算段をするわけだな」
「そう。刑事としての君とヒロインを守りたい君の葛藤だ。地味だが重要な場面に繋がっていく」
愛原が重々しく頷く。
「そりゃ責任重大だべ。苦渋の決断だなや」
「ほう、いい目のつけどころだ。そう、仕事への義務、誇りは愛で覆るのか?」
「だども守るべき街の人が皆ゾンビになっていたら」
「そう! 彼の義務は崩壊した! つまり彼女を守ることは義務への代償行為でもあるわけだ! その思いから始まった彼女との関係が逃避行のうちに好意に変わっていく」
愛原は高らかに両手を掲げ自らの演出プランを自慢げに、わざわざ一段高いところに上がり、大場崎を見下ろしながら語り出す。
「やってみるっペ」
「芝居は理解している……、日本語をどうするかだなあ……、頼むぜおい」
***
別の日。
「しっかし、爆発が足りんなあ」
刑事とヒロインの逃避行を眺めながら拳道は呟く。
「さっきCEOのビルは爆発したじゃないですか」
未来が貸しスタジオの隅から歩み寄った。
「ミニチュアじゃなあ……、せっかく大場崎が動けるのに逃避行じゃアクションもつまらねえし」
「君ね、逃避行は一番映画として組み立てやすいんだ。なにせメインは主役とヒロイン、追跡者さえいれば事足りる。あとは感情が徐々に繋がるさまを丁寧に描くもよし、逃亡者と追跡者に奇妙な友情が芽生えるもよし。追跡者を今回のようにゾンビの群れにしてもいい」
「わかってるよ。しかし派手さに欠けると思わねえか?」
「拳道さん、思いつきでシーンを変えるのは一番ダメなやつですよ、特に大作では」
タオルで汗を拭きながらさつきが言う。大作の言葉が出るととぐうの音も出ない。拳道はがっくりと肩を落とし手を振りながら椅子についた。
「愛原はいいわな、メインでガッツリと芝居をさせられるんだからよ」
「……なに?」
「お前さんの大好きなロマンスたっぷりの逃亡劇だ。楽しかろうよ」
「……おう、楽しいさ。爆発爆発と予算も考えず火薬の話と無茶な動きを要求するアクション監督さえいなきゃもっと面白いがね」
「……なんだと?」
「ウンザリだよ。芝居も分からず話の組み立ても分からんやつが爆発バクハツって!」
「……なに言ってやがる! 娯楽に複雑な話を持ち込む貴様だって大概だろうが! 俺はみんなが見て楽しい爆発とアクションを撮りたいんだ!」
「んなのお前さんがバカにしてるジャリ番と変わらねえじゃねえか! 心を抉らない映画なんざ映画じゃねえっ!」
今にも殴り合わん、と意気を上げる二人の間に大場崎が割ってはいる。
「待って、待ってくだせ。これは皆さんの『サイコー映画』だすべ?」
「……少なくとも『俺の』サイコー映画じゃなかったよ。あとは好きにやれよ」
「拳道さん?」
「ほっとけ……!」
結局その日の撮影は中止、解散。次の日に持ち越しとなったのだった。
***
「なんだよ、俺が休みの日にそんなことが」
昨日の出来事をさつきから聞いた海野は頭を抱えていた。
「で、愛原さんも拳道さんもどちらも来ていないわけです。私の日給は大丈夫なんでしょうか」
「ま、ふてくされているだけだと信じよう。しかしだなあ、奴らがいないと映画が進まない」
「ホラーのシーンだけ撮り進めるのはどうです?」
さつきの提案に海野と未来は首を横に振る。
「さつきちゃん、知っていると思うがホラー、パニック映画ってのはシチュエーションだ。人知を超えた状況に落とされた人々がどう動くか、それは逃げ惑うかもしれないし、笑いに昇華するかもしれない。あるいは」
「人が生き延びるために愛を説くかもしれないし、一念発起して恐怖に立ち向かうかもしれない」
未来が海野の言葉を継ぐ。
「つまりだな。ホラーだパニックだと言ったって結局は人がどう動くかなんだ。俺はシチュエーションは楽しめるが、大きな流れは作れん。ビルの屋上の撮影で分かったよ」
「じゃあどうするんです?」
「……日給にイロをつけるから見てきてくれんかね?」
「未来さんは?」
「僕はここで特撮作業とCGいじり。頼んだよ、ヒロイン!」
「それはヒロインの仕事なんでしょうか……、ま! 日給もらってますからね! お任せください!」
***
愛原は家で引きこもり、拳道は行方知れず。
とりあえず連絡がつく愛原にメッセを送ると『必ず戻る、時間が欲しい』とのことだった。
「『待つ分も日給は頂きますからね』っと。愛原さんはよしとして、拳道さんどこ言っちゃったのやら……。大場崎さんは知らないかな」
まあ大場崎は本日本業の撮影でいわゆる『いつもの採石場』に出張中だ。知るわけもないと思いつつ一応メッセを送ってみる。さてさてこのあとどうするか。とりあえず近所のドトールで時間を潰しながら一人作戦会議と洒落込もうとしたそのとき。
「あ、大場崎さん、返事早い。……? はあ?!」
***
某県にある特撮の聖地、『いつもの採石場』。そこでは五人のカラフルな衣装を纏った男たちと怪人が戦うさまにカメラが向けられていた。
「よし、カット、OK! ゴニンジャーお疲れさん!」
アクション監督の掛け声で相対していたヒーローと怪人の緊張が解け、スタッフが駆け寄り仮面を外す。黒いヒーローの中からは、汗に塗れた大場崎の顔が現れたのであった。
「オーバちゃんさ、インディーズの映画に参加してるってホント?」
赤い衣装を身に着けた年嵩の男がペットボトルのふたを空けながら大場崎に話しかける。
「ンだよ。沢田さんには言ってなかっただか?」
「ああ、いいのいいの。オレももうちょい若けりゃ掛け持ちでもできたんだろうけどなァ……、顔出し?」
「ンだよ。主役だっペに完成したら試写会にお呼びしますだ」
大場崎たちが周りを見ると、街から離れているにも関わらず結構な数の人々が撮影を見学に来ていた。採石場の見学エリアには、ファンとその家族らしき人々が日除けのテントの下で並んで座っている。一部はスマホを構えて撮影に夢中だが、男の一人は携帯も出さず、必死に聞き取りメモをしている。
「なんか変わったかたもいますねぇ」
青い衣装の若いヒーロー役の男が首を傾げる。大場崎は苦笑いを浮かべながら首を掻いた。
「あ、拳道さんだべ。『悪魔の毒々ミッション・ハード~愛は戦場の果てに~』の撮影監督だなや」
「え? マジ? さっき言ってた? すごっ」
大場崎が遠巻きに見る拳道は完全に没入していて、「今のアクションの意図は!?」とか「ロープワークはいつ仕込まれるのか!?」とか大声で聞いている。スタッフも困ったように答えていた。
「ちょいと行ってくるだよ」
「おお? 行ってこい行ってこい! 豪快に行くんだ!」
赤い衣装の仲間たちに背中を押されつつも困惑しながら大場崎は拳道のもとへ向かった。
「拳道さん!」
「お、おお」
大場崎の声かけに拳道はやや気まずげに頭を掻く。
「……本当にブラックなんだな」
「へへ、見直したかな?」
大場崎は戦隊の名乗りポーズを決める。
「ああ。悔しいけどな。スタッフに色々聞いたよ、……謝らせてくれ。オレはたかがジャリ番とバカにしてた」
「ちょちょ、頭なんか下げんでも」
「いや、お前さん方が仮面の下で如何に表情を見せるための動きをしているか、爆発も増やすだけじゃない、効果的に使わないと、色々考えさせられた。そして俺は自分の撮影をぶん投げてここまで来ちまった」
「ああ。そう言えば今日はエキストラの撮影だったな。まあそういう日もあるだよ」
「みんなが許してくれるなら、もう一度アクションの構成を見直したい。爆発じゃない、感情の乗ったアクションだ」
「それはオラではなくみんなに言うことだなや。でもオラはあの作品のアクション監督は拳道さんしかいないと思っとるよ」
「…………すまん。すまない」
「……監督! この方にもっと近くで撮影を見させてもらえないだか? んだ。撮影を学びたいって」
遠くでアクション監督が両手で丸を作り、大場崎は拳道の肩をたたく。
そのとき、大場崎のスマホが振動したのだった。
「おお、さつきちゃんか。拳道さん? ……こちらに来とるよ。なに、心配いらね。きちんと立ち直っただよ。……うん。うん。オラがちゃんとみとくだから心配せんでええ」
***
古い映画館。
愛原はそこにいた。
シネコンとは違う個人経営の化石のような映画館。壁にはタバコの匂いが染み付き、音響は頼りない。椅子の座り心地もお世辞にもよいとはいえないが、ホットドッグの味だけはまずまず。
愛原はお気に入りの中央やや後ろの席に陣取りその映画をぼんやりと眺めていた。
上映されているのはこれまた古めかしいリバイバル作品。テレビでも何度も流されてオチまで知っている内容ゆえか、場内ではイビキの音が小さく流れている。
『END』のあとには長いエンドロールもなく、おまけシーンもなく。ただ余韻だけを残し劇場に照明がついたのであった。
「愛原さん!」
「……さつきちゃん? なんでここに?」
「奥さんに聞いたら悩み事があるときはいつもここだって。隣に座ったんですけど気づいてませんでした?」
ププッと愉快そうに吹き出しながらさつきは言う。
「そうか。おごるよ、コーヒーでもどうだ?」
近場のコーヒーショップにて、愛原はさつきに白い目を向けながら、彼女が頼んだ呪文のように長い名前の飲み物に、加えて遠慮なく追加したセットのケーキと自分のシンプルなブラックコーヒーと見比べた。
「……まずは謝るべきだろうな。大人気なかったと思ってる」
さつきはドリンクで喉を潤し、ケラケラと笑いながらその言葉を否定した。
「いやいや、いい年して映画を作ろうとしている人に大人気なんてあるわけないじゃないですか! みんな心配こそすれ怒ってはいませんよ!」
「…………、そう?」
「そうなのです! わたしの日給にもイロがついたし……、おほん。でも意外でした。愛原さんがああいう映画も観るなんて」
「そうか? ヒーローとヒロインのロマンスだ。みても不思議はないだろう」
愛原はブラックコーヒーに口をつけ、さつきと話しながら先ほどの映画に思いを馳せる。
「いや、世間的にはクラシックなヒーローものですよアレ。空を飛んで目からビームを出し荒唐無稽に時間を巻き戻す」
「……かもな。でもアレが俺の原点だよ。ガキの頃に親と観に行ってさ、二人の恋の行方が気になった。布団のなかで勝手に続編を作ったりもして」
「やっぱり愛原さんは子供の頃から愛原さんだ」
「……他のやつには絶対言うなよな! んでさ、やっぱり思うんだよ。ロマンスってのは大事だが、やっぱり客が楽しんでナンボだって」
「拳道さんみたいなことを」
「まあ、アイツが正直にそれを吐けるのが羨ましかったのは認めにゃならん。オッサンになるとな、肩書やら生き方やらが染み付いて素直になれんのよ」
さつきは苦笑いしながらケーキをたいらげる。
「どうするんです?」
「言ったとおりだよ、必ず戻る。ただ、俺も自分に素直になる必要があった。みんなによろしく言ってくれ」
愛原は伝票を取り上げると席を立つ。
「待ってますからね」
さつきはにこやかに手を振るのだった。
***
数日後、四人の男たち(とさつきと大場崎)は再びスタジオに集まった。
「まずは謝らせてくれ」
口火を切ったのは拳道だった。
「俺のワガママが現場をダメにしていた。もしみんなが許してくれるなら、……、改めて撮影に参加させてほしい」
暫しの沈黙。海野がそれを受け口を開く。
「で、どんなプランなんだ? ただふて寝していたわけじゃないんだろう?」
「もともとこの座組のアクション監督は拳道さんしかいないよ。暗黒面に堕ちるにはまだ早い」
未来もまた親指を上げて同意する。
そして皆の視線は最後の男、愛原に――。
「俺にも言わせてくれ。……すまなかった。これを仕上げていた」
愛原はどさり、と付箋まみれの紙の束を机上に放る。
「愛原さん! これ脚本ですか?」
さつきの問いかけに愛原は腕を組みながらそっぽを向く。
「……主人公を田舎から出てきた刑事、ということにした。これで方言混じりでも違和感がないはずだ」
大場崎はパチクリとまばたきをし、次には愛原を抱きしめんばかりに立ち上がった。
「いいんですか? 愛原さん!」
「……もちろん最低限わかるようには演技してもらうさ。で、筋を大幅に変えた」
皆は愛原が書き直した脚本を読む。
「……? 愛原さん! ロマンスはどこに?」
「あるだろ! それは役者の所作、演出、音楽が一体となりゃ生まれるものだ! 多少筋が変わろうがいいんだよ!」
恥ずかしさをごまかすようにますます顔をそむける愛原を見てさつきたちはくすくす笑う。
「なぜヒロインはゾンビにならないのか? 彼女がもつ抗体をめぐりCEOの上役、影のボスが二人に迫る! そして再び帰り着いた街でボスと最後の戦いが……、愛原さん、ヴァンダムとかその辺のノリなんですが」
「いいねいいね抗体! どこかのゲームで見た気もするが大歓迎!」
早速小道具のプランを練り始める未来。海野は立ち上がるとそっぽ向いている愛原の顔の前に歩み寄る。
「愛原、本当にいいのか? かなりロマンスとか純愛とかからは離れちまうぞ?」
「いいんだよ。これは『俺たちの』サイコー映画だろ。俺のじゃない、俺たちだ」
愛原は席を立ち上がりにやりと笑う。
「それにな、実は俺はスタローンもヴァンダムも大好きなのさ!」
***
「うわ! 沢田さんだ!『宇宙剣士アロン』大好きです!」
未来の興奮した叫びがスタジオに響いた。
大場崎と同等にアクションをこなせるボスが必要ということで、大場崎がダメ元で頼んでみたところあっさりとOKをいただいたのである。
「いや、ヒーローばかりだったから悪役もやってみたくてさ」
と嘯きヒーローの中の人歴二十年のベテランがスタジオに入ってくる。エキストラたちに緊張と歓声が入り混じる中、沢田は四人のプロデューサーにしっかりと頭を下げた。
「よろしく、勉強させてもらいます」
「いやいや! 勉強なんて! こちらこそよろしくお願いいたします! ……ところで沢田さん、ゾンビとかサメとかお好き?」
海野が声を潜めていくと、沢田もまた声を潜めて苦笑いする。
「俺はサメもゾンビも真っ二つに斬ったことがあるが、奴らがワラワラ出てくるのにいつも怯えてるんだ……!」
二人は顔を見合わせると力いっぱいに握手した。
改稿された最終シーン。
刑事とボスの一騎打ち。大場崎と沢田は簡単な打ち合わせをしながら手足を軽くぶつけ合う。
「今日はオラがシンだしな、遠慮なく行かせてもらいます」
「遠慮したことなんざねえくせに……、派手にやられてやるよ。監督! 動きの打ち合わせをさせてくれ」
手招きされて拳道も二人の間に入り込む。場面の意図やカメラの動きを説明し、セットの足場を確認しながら軽いリハーサルを行った。
愛原も交じりシーンの意図を再確認。全体のコントロールを海野に任せ、合成処理を未来が行っていく。
「やっぱりいい座組だったべ?」
大場崎はさつきに笑いながら囁いたのである。
そして。
***
インディーズ映画評
『悪魔の毒々ミッション・ハード~愛は戦場の果てに~』
なんというか一言では言い表せない闇鍋映画だった。四人のプロデューサーが好きなものを好きなように入れ、鍋でかき回したという。だが意外にもそれらは上等に混じり合い、いい出汁となっていた。
ゾンビとロマンスと爆発である。普通は食合せの悪さに胃もたれするだろう! だが本作は話の糸がつながりゴールに進んでいくのである。感情は時に繊細に時に激しく。まさかのメジャーアクション俳優二人が作品に緊張感を与えてくれる。
本作プロデューサーの一人海野氏は『次はサメだ!』と宣言したそうだが、本作が奇跡的な綱渡りの上に完成したことを考えると、やめたほうがよいのでは、と言いたい。(個人的には楽しみだが!)
おわり
おまけ
「さて、本日のゲストは朝ドラや映画に引っ張りだこのフレッシュ女優、四月一日さつきさんです」
「こんにちは! よろしくお願いいたします!」
「さつきさんには秘密にしていたのですが、インディーズ時代のデビュー作品、『悪魔の毒々ミッション・ハード~愛は戦場の果てに~』を今日はご用意いたしまして」
「え? それは恥ずかしいですねぇ……、私のシーンだけ飛ばせません?」
「ダメです。むしろそこがメインです。さ、観てみましょう」
「はわぁ、この頃はお金も無くて、日給がよいから、という理由だけで飛びついたんですよ。あ! ほらほら大場崎さん!」
「今では特撮のスーツアクターとして主演多数の大場崎さんですね」
「うわぁ、私棒読み」
「ハハハ、でもこの毒々ミッションシリーズ、今ではカルト映画として名がとおっているって知ってます?」
「……もちろん! この作品に関わったことは私自身の名誉です! そしてあの四人のプロデューサーたち。彼らの映画を愛する心があったから、私はここまでこれたんです。私の……、いや私たちの『サイコー映画』だったんですよ! ……まあ、サメはどうかと思いましたが」
本当におわり。
お読みいただきありがとうございます。
映画を語るひとあるあるの『オレならこうするのに』というお話でした。
オッサンたちの老いらくの青春譚、お楽しみいただけたのなら幸いです。




