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小田氏治の異世界転生、転移  作者: M


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永禄九年六月

永禄九年六月。片野に太田資正、柿岡に真壁の手が入る。城は出ない。道と渡しだけを、二十挺で汚す。

面の鉄砲――片野・柿岡、道を汚す六月

永禄九年六月、北から土の匂いが変わった。

片野に太田資正。柿岡に真壁。佐竹義重は城を取ったのではない。小田領の喉に、二つの釘を打ったのだ。片野は筑波の北東、根小屋の台。柿岡はそのさらに手前で、小田城から十里足らず。修復を禁じられた平城から見れば、壁の代わりに敵の出城が立ったに等しい。

家臣は出陣を求めた。信太が、菅谷が、かつての氏治なら出たはずだと言った。山王堂の前の氏治なら、確かに出た。転生した氏治は、地図の上に炭で線を二本引いただけだった。

「城は出ない。釘は抜かない。釘へ通る道を、汚す」

朱羅は南蛮兜の紐を締めながら、その線を見た。一本は片野から小田へ下りる尾根道。一本は柿岡から里へ落ちる川の渡し。壁のない城の持ち方は、すでに決まっている。点で守らず、面で撃つ。二十挺の防雨式は、本丸に並べれば一盛りの花火だ。道に散らせば、敵の足が遅くなる。

割り振りはこうだった。土段の陰に残すのは四挺。見せるための火。藤沢へ六。土浦の菅谷へ四。残り六挺を、朱羅が連れて北へ出る。——出る、といっても城攻めではない。夜の間に、道の肩と葦の陰へ消えるだけだ。

軽機関銃は井戸の側の箱に眠ったままにした。氏治が短く言った。

「道を汚すのに、雹は要らぬ。雹は畑ごと持っていく」

朱羅は頷いた。種は、跡の残らぬ方で育てる。

片野への道は、梅雨の合間の霧でよかった。

太田資正は岩槻を追われた老将だ。城を直す目は早い。だが道を直す兵は、城兵より薄い。朱羅はそれを読んでいた。六挺を三人ずつに分け、尾根の窪と、沢の曲がりに伏せた。修復せざる小田城と同じ思想だ。見える壁を作らず、撃つ線だけを置く。

初めの一発は、朝荷の馬に向けなかった。馬前の道端の杭に向けた。七十間。防雨式の火蓋が切れ、雨覆の陰から口薬が走った。杭の頭が欠け、馬が立ち、荷が落ちる。続いて二発。撃ち手はすでに窪を転がり、次の木の陰へ移っている。残る四人は撃たない。火縄だけを赤くしておく。煙の位置と、人が残った位置を、ずらす。

太田の先触れが刀を抜いて駆けたときには、窪は空だった。残っていたのは、湿った火縄の匂いと、欠きた杭だけだ。斥候は「鉄砲六、あるいは十」と城へ戻った。実際は六挺。噂は十になる。種の半分は、 rumored 数だ。

同じ日の午後、柿岡からの里道では、渡しを汚した。

川は深くない。梅雨で濁り、足場が悪い。真壁の手が柿岡に入れば、兵も米もこの浅瀬を使う。朱羅は対岸の葦に三人を伏せ、こちら岸の崩れた畦に三人を置いた。渡しの真ん中で水が膝まで来る場所——氏治がドローンではなく、古い間縄と目で「そこ」と指した場所——を、射線の交差に取った。

撃ったのは、渡る列の先頭ではない。二番目の馬の脚の先の水だ。水柱が立ち、馬が跳ね、列が折れる。対岸から一発。畦から一発。交叉する二発で、渡しは一時止まる。止まれば、後続は固まる。固まったところへ三発目は撃たない。弾が惜しい。止まらせた事実だけを、対岸へ置いて引く。

不発は出た。六のうち一。口薬が湿っていた。防雨式でも、横から来る霧には負ける。朱羅は自分の筒で撃ち直し、若い者の火蓋を閉じさせた。

「撃ち直すな。次の窪へ移れ。不発の煙は、生きている筒の位置だ」

それが面の鉄砲だった。勝ちを取りにいかない。道に、渡しに、「ここは高い」という汚れを残して消える。太田も真壁も、城は取れる。だが城から小田へ伸びる指が、毎回、杭の欠けた道で遅れる。

三日で、小田領の北の村々に噂が走った。

紅い南蛮の姫が、霧の中で撃つ。雨でも火が死なぬ。数は二十とも三十とも。実際の六挺は、土浦の四と藤沢の六と重なって、地図の上では一つの面になった。佐竹方の物見が小田城下まで来ると、土段の陰の四挺が杭を撃つ。来なければ撃たない。弾は、来た足にだけ使う。

氏治は城を出なかった。検分の条件は、まだ生きている。壁は崩れたまま。内側の段差だけが、胸の高さで息をしている。無線は使わなかった。北の窪まで電波を飛ばせば、現代の声が常陸の湿りに残る。代わりに走らせたのは、色の付いた布切れだ。赤は「道を汚せ」。白は「引け」。朱羅が決めた色で、文字は無い。

五日目の夜、片野から使者が小田の村へ下り、百姓に聞いたという。

「鉄砲衆は、どこに居る」

百姓は本当に知らなかった。居ない場所に煙があり、居る場所に煙が無い。面とは、そういう汚れ方だ。

朱羅は藤沢へ戻る途中、南蛮胴の雨を拭いながら、 nitre の残りを数えた。二度結晶させた白い塩は、まだ皿の底ほどしか無い。二十挺を同時に生きさせれば、一夏で種が枯れる。だから同時に生きさせる火は、常に六つまで。残りは縄だけ赤くして、居るように見せる。

井戸の側で、氏治が待っていた。箱は開けていない。

「釘は抜けたか」

「抜けぬ。錆びさせただけだ」

「それでよい。資正は城を直す男だ。道が遅ければ、直す手が城に残る。残れば、こちらは面を保てる」

朱羅は火縄の漆を嗅いだ。まだ乾ききっていない。常陸の六月は、種にも敵にも、同じ湿りを与える。湿りに勝つのは雹ではない。濡れ場所を先に決めた二十挺と、撃たずにずらす足だ。

遠く、片野の台の上で斧の音がした。太田資正が土塁を増している。柿岡でも同じだろう。釘は太くなる。だが釘と小田の間の道は、すでに杭の欠けた道だった。

修復せざる城の主は、その夜も本丸にいなかった。人が残る方へ、名簿と米を移していた。面の鉄砲は、城を守らない。城へ至る足を、高くするだけだ。

雨が、また軒を叩いた。防雨式の火蓋は閉じたまま、次の霧を待った。

次は、この「汚れ」が太田資正の側にどう読まれるか(資正視点の短い挿話)、あるいは永禄十二年の手這坂へ至る三年間で種が二十からどう増えるか、どちらにも折れます。

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