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小田氏治の異世界転生、転移  作者: M


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4/15

姫武将の登場

史実の山王堂の戦いと小田氏治の動きを確認し、転生設定と架空の姫武将を自然に組み込んだ小説にします。永禄七年四月二十八日、常陸・山王堂。

史実では「神速」の謙信に三千が踏み潰された野戦を、転生した小田氏治の目と、紅い南蛮鎧の姫武将の介入で書き換えた短編です。

山王堂異聞――紅南蛮、川霧に出づ

永禄七年四月二十八日の未明、常陸国真壁郡・山王堂の丘は、まだ闇の底にあった。

筑輪川の水音だけが湿った空気を裂く。小田氏治は、本陣の陰に伏せたまま、掌の中の小型無線機に耳を寄せていた。現代ではただの即応予備自衛官の装備だったそれが、この世では神器に等しい。

「東の稜線、馬煙。推定八百。先鋒は柿崎か色部」

耳に差し込んだイヤホンから、低空を這うドローンの映像を読み取った斥候の声が落ちてくる。氏治は目を閉じ、記憶の中の地図と重ねた。史実では、この丘から下りてくる上杉八千に、寄せ集めた三千をぶつけて潰された。川を背にした背水の陣。勇ましいが、愚かな死に方だ。

「城は空にする。本陣は動かさない。先鋒は見せ兵だけ。本隊は酒寄と大島の窪地へ分散」

菅谷政貞が顔色を変えた。信太治房も同じだ。だが氏治の声に、かつての当主にはなかった切れがあった。

「戦うな、という意味ではない。潰れる場所で戦うな、という意味だ」

朝霧が薄れるより先に、丘の上で法螺が鳴った。上杉謙信の旗が、朱と白の波となって下りてくる。神速と呼ばれた行軍の末、関東諸将の援軍が間に合わぬうちに決戦を強いる、軍神の流儀。

小田の先鋒は意図どおりに崩れ、川岸へ退いた。上杉の先手が深田に足を取られた瞬間、氏治は短く命じた。

「二発だけ。川渡りに。本陣には撃つな」

丘の裏側、葦の陰に据えた八一ミリ迫撃砲が、短い呻きを上げた。砲弾は空を裂き、筑輪川の浅瀬に落ちた。水柱が立ち、馬が跳ね、列が乱れる。戦国の耳には雷のように聞こえただろう。二発で止めた。弾薬は未来から運んだ限りあるものだ。見せれば十分、潰せば歴史が壊れすぎる。

そのときだった。

霧の切れ目から、赤い影が走った。

南蛮胴。一枚板の鋼が朝日を弾き、鎬筋が血のように光る。兜は桃形に近い南蛮兜で、面頬の下から短い黒髪がこぼれていた。女だ。腰には短い刀、右手には火縄銃。しかも構えが、この時代の足軽鉄砲隊とは違う。肩が沈み、銃身が水平に伸び、呼吸が止まっている。

一発。

柿崎勢の先頭、馬上の物頭の兜が後ろへ弾かれた。続いて二発目。装填が異常に速い。南蛮渡来の短筒を、まるで自分の手足のように扱っている。

「何者だ」

氏治の側で、菅谷が呟いた。紅い南蛮鎧の武者は、川霧の中を斜めに切り、上杉の側面を掻き乱すと、深田の縁で一度膝をついた。銃を抱え直し、こちらを見た。目が合った。若い。二十には届かぬほどに若いが、目だけが戦場に慣れていた。

「小田殿か」

声は意外なほど低い。南蛮ことばが混じる発音ではない。常陸の訛りに、どこか堺か博多の 商人的な響きが乗っている。

「朱羅、と申す。流れの鉄砲遣いだ。謙信の先手を止めねば、この川は今日で終わる」

名乗っただけで、また撃った。三発目は、丘から下りてきた色部の旗指物を折った。上杉勢が一度、足を止める。わずか数十息の間隙。氏治はその隙間を読んだ。

「下がれ。城には戻るな。藤沢へ抜けろ」

「城を捨てるのか」

「捨てるのではない。残すのだ。人が残れば、城は何度でも戻る」

朱羅は短く笑った。南蛮兜の隙間から、白い歯が見えた。

「不死鳥の噂は、嘘ではなかったか」

彼女はそれ以上問わず、霧の中へ消えた。紅い装甲が葦を分け、再び銃声が響く。上杉の第二陣が川を渡りきれぬうちに、小田の本隊はすでに窪地を転がり、酒寄の森へ消えていた。謙信の本陣が丘上に据わったときには、対岸に残っていたのは壊れた先鋒と、空の小田城だけだった。

夜、藤沢城の櫓で、氏治は無線を切った。ドローンの電池は残り少ない。迫撃砲の砲弾は、あと数発。ゲートを開けば補充できるが、開けすぎればこの世の均衡が歪む。彼はそれを知っていた。

城下から、使者が駆け込んできた。

「殿。山王堂の川縁に、紅い南蛮の姫が一人、残っており申す。上杉の追手を、鉄砲で三人まで仕留めて、霧へ消えたと」

氏治は窓の外の闇を見た。史実では、この夜に小田城は落ち、自身は川岸で追手に見つかる寸前まで追い込まれた。今夜は違う。城は空だ。兵は残っている。そして、名も知らぬ紅い姫が、謙信の神速に小さな棘を一本、刺していった。

「朱羅、か」

氏治は小さく繰り返した。南蛮鎧に火縄、そして戦場の呼吸。ただの流れ者にしては、照準が近代的すぎる。だが今は問わない。問うのは、次に城を取り返すときだ。

遠雷のように、山王堂の方角で最後の銃声が一つ、消えた。

常陸の夜は、まだ明けない。

だが不死鳥は、翼を畳んだまま、生きていた。

永禄七年四月の夜から、八年十二月の奪還まで。藤沢への退き、空になった小田城、朱羅の出自、そしてタイムゲート往復を一本の続きとして書いた。

続・山王堂異聞――藤沢の灯、空城、紅い出自

山王堂の銃声が消えた夜、小田氏治は筑輪川を渡らなかった。史実の自分は、疲れた馬に水を飲ませているところを追手に見つかる。今夜は違う。本隊はすでに酒寄の窪地を抜け、藤沢城へ向かう間道を転がり落ちていた。

藤沢は小田城の支城にすぎない。土塁は低く、水堀も浅い。だが今は「残す場所」だった。氏治は着くなり、信太治房に命じた。

「小田城には旗だけ残せ。米も火薬も、名簿も移せ。城は落とされてよい。人が落ちれば終わりだ」

家臣たちは口を開かなかった。かつての当主なら、城と運命を共にしろと叫んだだろう。転生した氏治の声には、即応予備自衛官の頃に叩き込まれた撤退の手順があった。損害を出してから守るな。守るべきものを先に奪え。

未明、小田城は上杉・佐竹の先手に囲まれた。門は開いていた。火の手は上がらなかった。空城だった。謙信は丘の上からそれを見て、しばらく馬を進めなかったという。軍神の神速が、初めて空を掴んだ夜だった。

朱羅が藤沢に現れたのは、その三日後だった。

南蛮胴は泥に汚れ、火縄銃の銃身に煤がこびりついていた。面頬を外すと、思ったより若い顔が出た。二十には届かない。目だけが古い。

「追手は三人まで仕留めた。それ以上は撃たぬ。弾が惜しい」

氏治は彼女を櫓下の狭い部屋に通した。現代の無線機は袖の中に隠したまま、まず水と粥を出した。戦国の礼儀より、兵站の順番を先にした。

「名は本当に朱羅か」

「通称だ。堺では朱羅御前、博多では紅の鉄砲女と呼ばれた。本名を言えば、誰かが死ぬ」

彼女は火縄を巻き直しながら、淡々と語った。出自はこうだった。

父は堺の納屋衆の末で、種子島伝来から二十年と経たぬうちに南蛮筒と硝石を扱った。母方に、肥前の隠れ伴天連の血が混じる。南蛮船がもたらした鋼の胴と、短い銃の扱いを、子供の頃から手元で覚えた。天文の末、交易の利権を巡る争いと、キリシタン禁圧の予兆が重なり、一家は潰れた。残ったのは赤い南蛮胴一領と、銃二挺、そして「弾は撃つ前に数えよ」という父の言葉だけ。

以来、彼女は流れ者になった。大名に仕官せず、金と弾薬で動く。長篠より十年以上前の常陸で、すでに三段の撃ち方を独学していたのは、南蛮人の従者から聞いた「息を止めて、肩を沈めて、次の火縄を口にくわえておけ」という話を、そのまま身体に移したからだ。近代の射撃姿勢に近いのは、偶然ではない。必要に追われた者が、同じ結論にたどり着いただけだ。

「謙信の先手を掻いたのは、小田に義理があるからではない。あの川を渡らせれば、常陸の鉄砲種が先に枯れる。種が枯れた土地では、私も食えぬ」

氏治は笑わなかった。利害で動く女だと理解した。だが利害は、最も壊れにくい紐だった。

「次に城を取り返すとき、鉄砲二十挺と硝石が要る。用意できるか」

「ゲートを通せば、用意できる」

朱羅の目が細くなった。ゲート、という言葉を、彼女は聞き逃さなかった。だが今は問わなかった。問うのは、弾を受け取ったあとにすればよい。

タイムゲートは、藤沢城の裏山、崩れた井戸の底にあった。

転生した夜からそこに在る。現代の日本——正確には、即応予備自衛官として最後に訓練を受けた駐屯地の倉庫裏——と、この戦国の常陸を、半径三歩の闇で繋ぐ。通れるのは氏治だけではない。装備も通る。ただし量と回数に、見えない枠がある。開けすぎると、両側の空気が薄くなるような感覚が残る。世界が、わずかに軋む。

永禄八年の冬、佐竹義昭が死んだ報が届いた夜、氏治は井戸に降りた。

闇を一歩踏むと、コンクリートの匂いがした。非常灯の緑。段ボールと防水シート。予備自衛官の頃に払い下げ同然で手元に残した八一ミリの砲弾箱、予備電池、ドローンのプロペラ、そして防水した無線機。全部を持って帰ることはできない。二往復分だけ選んだ。砲弾は六発。ドローンは一機。無線は二基。あとは朱羅のために、現代の黒色火薬を火縄銃の時代に出せる最大の「手前」だった。

戻った井戸の上で、朱羅が待っていた。南蛮兜を脇に抱え、息を白くしていた。

「今の闇は、南蛮の船より遠い」

「遠い。だが往復できるうちは、城を取り戻せる」

十二月、小田城を守る佐竹義廉の兵は少なかった。義昭死後の家中の隙間を、氏治は史実どおりに突いた。違うのは手順だった。空城にしておいた本拠へ、分散させておいた譜代が同時に戻る。朱羅の鉄砲隊——急造の二十人——が門前の物見を沈黙させた。迫撃砲は使わなかった。城を壊す弾は、未来から運ぶ価値がない。人が残れば、石垣は何度でも積める。

明け方、小田城の本丸に小田の旗が戻った。一度目ではない。史実でも戻る。だが今夜の城には、兵が残っていた。米が残っていた。そして紅い南蛮胴が、櫓の影で火縄を吹いていた。

氏治は天守の代わりのような二階櫓から、筑波の方を見た。ゲートの軋みは、まだ胸の奥に残っている。謙信は越後へ帰った。次に来るのは、また佐竹か、再びの軍神か。

朱羅が後ろに立った。

「次は弾の話だ。弾薬を作る」

「作る。ただし表向きは、南蛮の秘法だと言え」

「それでよい。本名を言わぬ代わりに、私はあなたの城の外側を撃つ」

利害の紐は、それで一度結ばれた。

常陸の冬は深い。空だった城に、人が戻った。不死鳥は翼を広げない。まず羽を乾かし、次の火を数える。山王堂で刺した一本の棘は、まだ謙信の踵に残っているかどうか——それは、次の行軍の速さで分かる。

井戸の底では、現代の非常灯が、誰にも見えぬまま点滅していた。


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