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アトランティス 忘れ去られた文明

作者: カバタヌキ
掲載日:2026/06/08

かつて世界中の知識が集まり、人々の声と活気に溢れていたアトランティス。今その1つの高度な文明が静かに終わりを迎えようとしている。


 

広大な神殿に静寂が満ちていた。かつては民の声や演奏など高らかな音色に満ち溢れていた神殿にも、今は二人しかいない。王と学者、アトランティス最後の二人である。  


神殿の高い窓から差し込む夕陽が、長く伸びた影を床に落としていた。 

学者は静かに口を開く


「本当にいいのですね?」


王は答えない。その視線はただ真っ直ぐに遠くの空を見つめていた。


「貴方は類を見ない偉大な王です。私などにも到底及ばぬ知恵を持っていらっしゃる。貴方ならば他の方法も思いつくはずです」


長い沈黙。そして王は小さく微笑んだ。


「お前は最後まで私に反対するのだな。」


学者は微笑む。 


「当然です。私は生涯をかけて貴方に仕えてきました。だからこそいうのです。」


王は静かに窓辺から離れた。そして言った。


「文明を滅ぼす事はたやすい」


学者黙って聞いている。


 

王は続ける。


「塔を崩し、書を焼き、機会を砕けばよい。だがそれでは何も変わらぬ。」


王ゆっくり拳を握った。


「人は再び火をおこす。」

「人は再び言葉を作る。」

「人は再び国を作る。」

「そして再び争うのだ。」


神殿の静寂が2人を包む。


「文明だけを消しても意味はない。」


王は続けた。


「歴史だけを消しても意味はない。」


「人と言う生き物は同じ過ちを繰り返す」


学者は王を真っすぐ見つめる。


「王よそれが私達、人間という生き物なのです。」


王は寂しそうに微笑んだ。


「そうだ。」


「だから私は文明を消したいのではない。」


長い沈黙。


王はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「人類を救いたいのだ。私の手で救えるうちに。」


学者はめを閉じた。


その言葉が本心であることを知っていた。


学者は誰よりも見てきた。


王が何十年もの間、悩みもがき、眠れぬ夜を過ごしてきたことを。


学者だけが知っていた。


王が自分の私利私欲のためではなく、アトランティスの民の未来のために苦しんできたことを。


「だから記憶をけすのですか?」


王は静かに頷く。


「そうだ」


「文明だけを消せば人は再び文明を築く。」


「歴史だけを消せば人は再び同じ歴史を過ちを繰り返す。」


「ならば文明を生んだ記憶ごと消さねばならぬのだ」


学者は苦しそうに言った。


「しかし王よ、人の記憶は人そのものです。」


王は目を伏せた。


「そんなことは私が一番分かっている」


そして震える声で初めて弱音を吐いた。王としてではなく1人の人間として。


「だから苦しいのだ。」


学者は何も言わない。いや何も言えなかった。


王の苦しみを知っているからだ。


王は続けた。


「お前は私を偉大な王と言ったな」


「だが違う」


「私はただ怖いのだ、この文明の先に待つものが」


王は神殿を見渡した。


栄華を極めたアトランティス。


だがその裏で繰り返された争い。


とどまるところを知らない欲望。


流れた血や涙。


溢れだした憎しみ。


「私は王だ。だから決断する。」


「だが決して正しいからではない。誰でもない、この私がアトランティスの王なのだから。」


学者は目を閉じた。


王がどれ程考えたのか学者だけは知っている。


だからこそ最後まで反対した、だからこそ最後まで問い続けた。


学者としてではなく王を良く知る1人の人間として。


だが同時に分かっていた。


王の答えは変わらないことを。


そして王もまた自らの記憶を消すことを。


もし王が自分の記憶だけを残すなら、学者は従わなかっただろう。


だが王は違う。


王は最後まで責任を持ち逃げない。


記憶を消すこと、これは学者にとってみれば今まで人生を懸けてきたことを無に帰すこと。言ってしまえば死んだも当然のこと。


だが他の王とは違うこのアトランティスの王だからこそ学者は受け入れた。


「王が仰るのなら」


学者は静かに笑う。


そして続けた。


「私は幸せでした。」


「この目で文明の発展を見ることが出来ました。」


「そして人間の忌まわしい部分も見ることが出来ました。」


「学者として、これ以外の幸せはありません。」


王は頷いた。


「分かっておる」


そして少し寂しそうに微笑む。


「だから誰でもないお前を最後に残したのだ。」


学者が顔を上げる。


王は言った。


「お前でなければ寂しくて寂しくてたまらなかっただろう」


学者は笑みをこぼした。


王も笑った。


王と学者としてではなく。


ただの友人として。


2人で居るには広すぎる神殿に前の様な笑い声が響いた。


やがて王が装置に手を伸ばした。


「準備はできたか?」


「はい」


学者は頷く。


そして最後に言った。


「1つだけ後悔があります。」


「何だ?」


「貴方という偉大な王を後世に残せないことです。」


王は肩をすくめた。


「私の名などどうでもよい。私はたまたま王と言う位を持ち王冠と言う被り物を被ってるに過ぎない」


「それにだ、この星には私より遥か昔から様々な命があった。」


「私はただその足跡辿っただけに過ぎん」


学者は静かに目を閉じた。


そして最後に。


王ではなく。


友へ向けて。


ただ一言告げた。


「ありがとう」


光が神殿を包んだ。


学者の記憶は消えた。


文明の記憶も消えた。


アトランティスの歴史も消えた。


残るは王1人になった。


だが王は孤独では無かった。


友との時間を思い出す。


文明の輝きを思い出す。


人類の愚かさも思い出す。


そして最後に理解する。


自分自身もまた王である前に1人の人間だと言うことを。


王は装置の前に立つ。


もし望むなら記憶を残すこともできた。


だが残さなかった。


いや、残せなかった。


世界でたった一人になることも出来ただろう。


だが王はそれを選ばなかった。


友を忘れた世界で生き続けることを、王は幸福だと思えなかった。


王は静かに目を閉じた。


そして自らの記憶を消した。


その夜。


偉大なるアトランティス文明は静かに滅んだ。


天災が起きたからではない。


戦争に負けたからではない。


文明が消えたからではない。


最後の一人が忘れたからだ。


何万年後


1人の青年が夜空を見上げてタバコをふかしていた。


心地よい風が吹く。


青年は呟いた。


「なぁ プラトンの言っていたアトランティスってさぁ」


誰もいない夜空に少年は語りかける まるで空の上に誰かが居るかの様に。


「本当は滅びたんじゃなくて、忘れ去られただけなんじゃなないか?」


煙が夜空へ溶けてゆく。


「俺たちが毎日立っているこの地面こそが、俺たちが毎日見上げているこの空こそがアトランティスでさ」


青年は少し笑う


「だから見つからないんだよ 見つかる訳がない この地球こそがアトランティスで俺たち自身がアトランティスの末裔なんだからさ なーんてね」


アトランティス。


それは神話ではない。


伝説でもない。


私たちが毎日踏みしめるこの大地。


私たちが見上げる青く、時に暗いこの空。


その全てこそがアトランティスなのだ。

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