《チイサナネガイ》
大岩遥香による独白記。
『朱色優陽―アケイロユウヒ―』2読了後にお読み頂ければ幸いです。
――ずっと。
ずっとずっと、おねえちゃんとおにいちゃんがいてくれたらな、と思っていました。
おとうさんとおかあさんは大好きだったけれど、でも、二人はおしごとがいそがしくて、あまりいっしょにはいられなかったから。
だから、おねえちゃんとおにいちゃんがほしかった。そうしたら、きっと、ずっとびょういんにいてくれたと思うから。はるかのそばに、ずっといてくれたと思うから。
はるかがびょうきになったのは、6さいのときです。おむねに、穴があいてしまうびょうきだと、おかあさんは言っていました。
なおっても、すぐに『さいはつ』してしまいます。はるかは、そおゆう『たいしつ』なのだそうです。……はるかには、よくわからなかったけれど。
にゅういんをしたのは、7さいのときです。おかあさんとおとうさんといっしょにいられなくなるのはさみしかったけれど、びょうきをなおすためだからっておかあさんが言ったので、はるかはそうすることにしました。
にゅういんせいかつはさみしかったけれど、でも、にゅういんしていっかげつくらいしたころです。はるかはおねえさんに合いました。ながいかみの毛がきれいで、おむねがおっきくて、すっごいびじんなおねえさんです。
「にゅいんしたばかりでさみしいから、おともだちになってね」って、おねえさんは言いました。でも、はるかは「ううん」って言いました。
――だってはるかは、おねえさんに、はるかのおねえちゃんになってほしかったから。
おねえさんは少しだけおどろいたようなおかおをしたけれど、すぐにやさしくわらってくれました。「じゃあ、おねえちゃんのいもうとになってくれるかな?」って、そう言って、あたまをなでてくれました。
はるかはうれしくて、いっぱいいっぱいうなずきました。いっぱいいっぱいわらいました。いっぱいいっぱい、「おねえちゃん」って言いました。
おねえちゃんは、いつもはるかといっしょにいてくれます。おはなしをしてくれたり、あそんでくれたり、おべんきょうをおしえてくれたりします。
でも、はるかがいちばんたのしいのは、『あみもの』をおそわっているときです。
あみものってすごいです。ただの一本の毛糸が、おねえちゃんの手の中でいろいろなものにかわってしまいます。
あみものもすごいけれど、おねえちゃんもすごいです。
あみものも、おねえちゃんも、はるかはどんどんすきになっていきました。
だけど、はるかがすきなのはそれだけじゃありません。もっともっと、すきなものがあります。
――はるかは、おにいちゃんがだいすきです。
おにいちゃんは、ちょっとだけこわいおかおをしています。かんごふさんやおかあさんは、はじめ、少しだけこわがっていました。
でも、おねえちゃんが「たっくんはやさしい子だよ」って言ったから、はるかはこわくありませんでした。それよりも、かっこいいなって思いました。
おにいちゃんは、少しだけしゃべり方がらんぼうです。だけど、はるかのあみものをほめてくれます。すごい、うまいって、いっぱいいっぱい言ってくれます。
おにいちゃんは、かっこよくて、やさしくて、あったかいです。おにいちゃんのひざの上にいると、はるかはすごくうれしくなります。たのしくなります。でも、ときどきねむくなっちゃうこともあります。ふしぎです。
……おにいちゃんがすきなきもちと、おねえちゃんがすきなきもちは、なんだかちがうようなきがします。おんなじ『すき』なのに、ふしぎです。「はるかも女の子ね」っておかあさんはわらっていたけど、はるかにはよくわかりませんでした。
はるかは、おねえちゃんとおにいちゃんがだいすきです。ちがうきもちだけど、でも、おんなじくらいすきです。
だから、はるかと、おねえちゃんと、おにいちゃんと、ずっとずうっと、いっしょにいられたらなって思います。
でも、おかあさんはこまったようなおかおで「ずっとびょういんにいるつもりなの?」って言いました。
そうでした。はるかも、おねえちゃんも、びょうきをなおすために、にゅういんしています。ずっといっしょにいるには、びょうきがなおってはダメなんです。でも、それはいけないことです。はやくげんきにならないといけません。
びょうきがなおるのはいいことです。うれしいことです。はるかのびょうきもだけど、おねえちゃんがげんきになってくれれば、それもうれしいです。
なのに、少しだけさみしいきもちもします。ふしぎです。このままびょうきがなおらなければいいのに、なんて思ってしまいます。はるかはいけない子です。
でも、それでも、ずっといっしょにいたいです。だいすきなおねえちゃんと、おにいちゃんと、いっしょに。
……ワガママな、いけない子です、はるかは。
……でも、それなら。
だれかがここからいなくなってしまう、そのときまでは。どうか、だいすきなおねえちゃんと、おにいちゃんと、いっしょにいさせてください。
――ずっと。
ずっとずっと、おねえちゃんとおにいちゃんがいてくれたらな、と。はるかはそう思っていました――
【朱色優陽 閑話2《チイサナネガイ》 終】