天王星の衛星アリエルから来ました ~蒼い星への旅~⑥
アリエルの氷殻には、微弱ながら周期的な熱流パルスが観測される。
その周期は 3.1×10⁷ 秒(約一年)。
熱流束 ΔQ = 0.003 W/m²。
外部的なエネルギー源では説明できず、内部の相互作用が原因と考えられる。
その原因を探るため、ペラギアの科学者層は自らの海流を制御し、氷底の構造を光響波観測(Photoacoustic Interferometry)によって測定した。
結果、氷の中に、圧力波干渉による“記憶パターン”が検出された。
それは単なる物理的反射ではなく、意味のある配列――言語構造の残響だった。
フォルミアン時代の思考波(phase-lattice code)が、氷の中で未だ生きていたのだ。
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アリエル内部の氷と海は、異なる時間スケールで存在していた。
上層氷(0〜20km)
固相・結晶文明
主な知性体:クリオポリス群
思考周期:約1.5地球年/波
主要通信手段:圧力・熱振動
下層海(20〜100km)
液相・流体文明
主な知性体:フォルミアン・ペラギア
思考周期:約4日/波
主要通信手段:光化学干渉波
ペラギアたちは高速の流体思考をもち、氷層のクリオポリスは極めて遅い結晶思考を維持していた。
その思考速度の比はおよそ 1 : 3.4×10⁵。
人間で言えば、氷は一言話すのに4世紀を要し、海はそのあいだに文明を築いて滅ぼすことができるほどの差だ。
だが、それでも両者は共鳴した。
フォルミアン・ペラギアの光波が氷底に反射するたび、氷中の結晶欠陥がわずかに位相を変える。その累積が、千年単位で氷殻全体に共振パターンを形成する。
科学的には、それは「熱音響相互誘導(thermo-acoustic induction)」と呼ばれる。だが、彼らにとってそれは祈りだった。
「氷は我らの祖先。
我らは海に生まれ、氷に帰る。
その息はゆるやかで、声は星のように遠い。」
― ペラギア海域碑文《光脈記録》第112断章
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再凍結の進行とともに、氷殻内の電位差が増大した。
温度勾配 ΔT = 0.2 K に対して、誘電層に生じる電場強度は E ≈ 2.4×10⁴ V/m。
その電場に刺激され、氷中の古代都市ネットワーク――クリオポリスの記憶素子が再活性化を始める。
内部の圧力波データ解析によれば、フォルミアン語に近似する周期構造が観測されている。周期長 0.82 μm、変調周期 10⁶ 秒。
──数百万年ぶりに、都市が“語りはじめた”のである。
その信号は、海のペラギアたちにとって理解不能なほど遅かった。
だが彼らは、その低周波の震えを音楽として感じ取った。
それを「氷の歌(Cantus Glacialis)」と呼んだ。
ペラギアはその歌に合わせて群れの光を変化させ、発光干渉波の周期を氷の共鳴に同期させた。結果として、氷と海の間に共鳴相互干渉帯(Resonant Interphase Zone)が発生。アリエル全体の内部温度が 0.3 K 上昇した。
惑星が、思考によって発熱したのである。
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ペラギアの群れは、次第にクリオポリスの都市形状に倣って動くようになった。12 km 規模の群泳構造は、かつての都市街路配置と一致する。
観測データによると、ペラギアたちは定期的に氷底の結晶亀裂に集まり、光を当てている。その波長は 0.59 μm。
──クリオポリスの結晶干渉周期と完全に同調していた。
それは、古代都市への通信であり、同時に復元でもあった。
氷は海の発光に応答し、ゆっくりと形を変える。
結晶群は再び街路を作り、塔を立て、そしてその中に微弱な電磁流が走る。
フォルミアン・ペラギアの泳ぎは、祖先の街を再建するための“祈りの運動”となった。
「我らは海の骨。
氷の記憶を纏い、流れながら形を築く。」
― クリオ・ペラギア共鳴記録《Interphase Codex 3.2β》
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ペラギアとクリオポリスの思考波が完全に同期した瞬間、アリエル全体の内部熱流が急増した。
ΔQ = +0.15 W/m²。
氷殻内圧力が変化し、音速が 3.9 → 4.3 km/s へ上昇。
この瞬間、惑星内部に一斉的な波動整列が起こった。
周期 3.4×10⁶ 秒の熱振動が、氷と海を貫いて伝わる。
──アリエルが、ひとつの意識として「覚醒」した瞬間だった。
だが、それは言葉でも映像でもなかった。
ただ、惑星全体が光のように微かに震え、青白いオーロラを天王星の影に放つだけだった。
地球から観測されたその現象は「アリエル光度異常」と呼ばれたが、それが惑星知性の脈動であることを知る者はいなかった。




