天王星の衛星アリエルから来ました ~蒼い星への旅~⑤
彼らは都市を持たなかった。
だが、群れそのものが都市だった。
数百万体のペラギアが集合し、体を寄せ合って六方晶格子のような群体構造を作る。それは動く“都市”――直径 12 km に及ぶ結晶群泳体(Cryo-Cluster)。
内部では光通信が乱反射し、発光波長が 0.58〜0.61 μm の範囲で干渉する。その干渉パターンは、彼らの社会的記憶を記録するメディアだ。
地球の観測機器がアリエルの電波反射を解析した際、周期 3.2×10⁶ 秒の変調が検出されている。それが、彼らの群体の“呼吸”にあたる。
フォルミアン・ペラギアは、結晶都市の祈りを、泳ぎながら刻んでいるのだ。
*
アリエルの海では音は伝わらない。
しかし、圧力波は確かに存在する。
フォルミアン・ペラギアは、体内の微結晶を共鳴させることで低周波の震えを発する。
周波数は 0.04 Hz。
周期 25 秒の波が、海全体をゆらす。
彼らはそれを“歌”と呼んだ。
その波は数百キロ離れた仲間に届き、やがて惑星全体を包み込む。
海はひとつの巨大な共鳴器となり、氷殻の下に“音の風景”を描き出す。
人間の耳では聞こえない。
だが、もし音を翻訳するなら、それはこう記されるだろう。
「われらは形を流し、記憶を泳ぐ。
水はわれらの神経、氷はわれらの骨。
動くことは祈ること、祈ることは形を変えること。」
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時が流れ、アリエルの潮汐応力が再び弱まる。
海はゆっくりと凍りはじめ、フォルミアン・ペラギアの群れもその中に閉じこめられていく。
だが、彼らは恐れなかった。
凍結とは、眠りであり、次なる記憶への変換だからだ。
彼らの発光は次第に弱まり、最後には氷の下に微かな燐光を残した。
波長 0.59 μm――アリエルの氷面に映る金色の線。
地球の観測機器がその輝きを捉えたとき、それを“地殻の反射異常”と記録した。だが本当は、それは海の底で眠る魚たちの呼吸だった。
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天王星の傾斜角が再び変動期に入るとき、アリエルの軌道潮汐応力は周期的に弱まり、内部海の表層は再び凍結を始めた。
海面から 12 km の地点で氷晶が形成され、その成長速度は約 3.2×10⁻⁸ m/s。
この「再凍結前線」は、フォルミアン・ペラギアの海上層をゆっくりと覆い始めた。
だが、その氷は単なる凍結物ではなかった。
結晶構造解析によれば、その格子配列は数百万年前の都市構造――すなわちクリオポリスの記録と完全に一致していた。
科学者たちは、この現象をこう呼ぶ。
再結晶記憶現象(Recrystallized Morphological Memory)。
すなわち、氷はかつての都市を「思い出しながら」再び形を取っていたのだ。




