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土星の衛星タイタンから来ました①

 1655年3月25日、オランダの天文学者 クリスティアン・ホイヘンスは、自ら設計・研磨した屈折望遠鏡を用いて土星を観測した。当時、土星の環は「耳」のように見えており、その正体もまだ解明されていなかった。ホイヘンスは望遠鏡の改良に力を注ぎ、環の構造を研究する中で、土星本体の近傍に伴走する微光天体を確認し、これを「Saturni Luna(土星の月)」として記録した。


 発見当初、ホイヘンスは衛星に固有名を与えず、単に「土星の月」として報告した。その後も長らく「土星の第1衛星 (Saturn I)」として数値的に扱われた。


 現在の「Titanタイタン」という名称が導入されたのは19世紀半ばである。1847年、イギリスの天文学者 ジョン・ハーシェルは著書 Outlines of Astronomy において、土星の衛星群にギリシャ神話の巨神族(Titans)の名を付与することを提案した。彼は、最大の衛星に「Titan」と命名し、この慣習は国際的に受け入れられた。



 太陽から遠く離れた、寒冷な世界──タイタン。


 分厚い大気に覆われ、地表は常にオレンジ色の霞に沈んでいる。

 そこは土星最大の衛星。直径は月の1.5倍、濃密な窒素大気とメタンを抱いた「もうひとつの惑星」だった。


 太陽光はほとんど届かない。地表の温度は −180℃。水は氷のように固まり、岩石の代わりに大地を形作っている。だが氷よりも低温で液体となる物質──メタンとエタン──は、湖や川、雨や雲となって循環していた。


 その海は「水」ではなく「炭化水素の溶液」。

 エタンやメタンの湖の中で、宇宙から降り注いだ有機分子──シアン化水素、アセチレン、ベンゼン──が溶け込んでいた。これらは星間分子雲で生成された「生命の素」である。


 メタンの雨に洗われ、湖に運ばれた有機分子は、寒冷な環境でゆっくりと結びつき、鎖や環を形作った。水では凍りついてしまう温度でも、炭化水素の溶媒は分子の反応を許した。やがて湖の表面には、油膜のように広がる複雑な分子の層が生まれた。



 だが、タイタンの可能性はそれだけではない。


 厚さ数十kmの氷殻の下には、アンモニアを混ぜた「液体の水の海」が眠っていた。そこでは岩石と氷が接触し、熱を帯びた化学反応が繰り返されていた。地球の深海に似た環境──熱水噴出孔が、タイタンの地下でも活動していた。


 すなわちタイタンには二重の舞台があった。


 地表:炭化水素の湖での「非水型生命」誕生の可能性

 地下海:水と塩と岩での「水型生命」誕生の可能性


 二つの異なる原始の世界が、同じ星に重なり合っていたのである。

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