水星の民ですが、地球人と接触しました⑤
*地球の民
劣勢に陥った人類は、最後の望みを交渉班に託した。
交渉班は、わずかな希望を模索する。
ビーコンに「心拍波形」を変換し、個体を識別する符号として送信した。
無線機の出力を変調し、人間の心拍の波形を送信したのだ。
トン、トン、トン。規則正しい鼓動。
しばしの沈黙。
やがて返ってきた波形は、模倣ではなかった。
一つの変則的な律動が重なっていた。
それは、群体の端にいた存在からの返答だった。
応答の中から、一つのユニットが識別される。
――L-17。
それは個体名ではなく、群体内の位置情報を指す符号と思われた。
研究者たちはこれを「名」と解釈し、相互に符号交換を試みた。
名という概念は、彼らの群体記憶の中で新たな回路として形成される。
群れに溶ける存在が、自らを橋と名乗った。
「名=橋」という考え方が、短期間ながら共有された。
一時的に、敵意を帯びない通信が成立する。
人類は月面に電力供給施設を設け、資源を共有する提案を行った。
水星の民の群体は、この計画を肯定的に評価しつつあった。
*水星の民
水星の民の内部で、微かなざわめきが広がった。
「名」という符号は、彼らにとって異質だった。
個を不要とする群体に、個の識別が生まれた。
それは橋か、裂け目か。
蒼の民とのあいだにかかる、細く脆い橋。




