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天王星の衛星ミランダから来ました③

 プロトセルは、岩石から放出される水素を取り込み、二酸化炭素と結びつけてエネルギーを得た。地球の初期生命と同じ、化学合成の始まりである。


 複製を繰り返す核酸は、次第に長く、複雑になっていき、やがてタンパク質様の触媒を呼び寄せ、より効率的に自分を写せるようになった。


 ミランダの暗い海の底で、最初の「呼吸」に似た営みが始まったのだ。


 それは地球の原始海とほとんど変わらない光景だった。違うのは、空の青ではなく、氷に閉ざされた暗闇の下であったことである。



 荒れ狂う化学の海から守られた小さな袋──プロトセル。


 その中で複製する鎖は、少しずつ長く、複雑になっていった。やがて、偶然の産物は必然へと変わり、代謝と複製を安定して繰り返す細胞へと進化する。


 細胞は最初、岩肌に張り付いて暮らしていた。だが栄養は常に一定ではなく、流れが変わればすぐに飢えが訪れる。


 あるとき、一部の細胞が「膜の突起」を伸ばし、わずかに動けるようになった。それはほんの数ミリの漂いに過ぎなかったが、餌の多い場所へ近づけることで生存率は高まった。


 動ける細胞は増え、互いに集まり、やがて群れをつくった。群れは岩肌の上で大きな「膜の絨毯」となり、互いに栄養をやり取りして共に生き延びた。最初の「協力」である。


 群れの中にはさらに進化したものもあった。細胞膜から細長い繊維を伸ばし、波打たせることで水をかく。それは「鞭毛」と「繊毛」──推進器官の誕生だった。


 鞭毛細胞は流れに抗って泳ぎ、毒や捕食者から逃げることができた。また仲間を追いかけ、群れを維持できるようになった。


 こうして、動き回る細胞群落がミランダの海を漂い始めた。


 群れを作る細胞は、やがて互いの膜を癒着させ、物質を直接やりとりするようになった。ある細胞は感覚器官となり、周囲の化学環境を探る。別の細胞は推進役として後方で鞭毛を振る。分業と統合が進むことで、群れはひとつの多細胞生物のように振る舞う。


 水中を漂うだけでは効率が悪い。偶然、体を細長くした個体は、抵抗を減らして速く泳げた。その形はやがて「流線形」に洗練され、前方に感覚器官、後方に尾のような推進器官を備えた。


 波を打つように体をくねらせ、暗黒の海を進む姿──

 それはまさに魚に似た形態だった。


 泳ぐ生物は、移動しながら栄養源や仲間を探す必要がある。そのために前方に感覚細胞が集中し、化学物質や電場を敏感に察知した。複数の感覚をまとめ、全身の動きを統御する細胞群が集まると、やがて原始的な神経網が生まれた。


 知覚と運動が結びつき、彼らは初めて「狙って動く」ことができるようになった。


 こうして、ミランダの氷の下の海には、魚のように泳ぎ回る生物が誕生した。体長は数センチから数メートル。体表には発光分子が散りばめられ、暗黒の水中で青白い光を放つ。群れをなして泳ぐと、その姿はまるで宇宙の星座のようだった。


 彼らは捕食し、逃げ、群れ、交流し、やがて暗黒の海の支配者となったのである。

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