天王星の衛星ミランダから来ました②
天王星の影を回る小さな衛星、ミランダ。
今は凍りついた沈黙の世界。内部活動がほぼ止まり、液体の海も無くなっていたが、遥か昔──その内部は生きていた。
天王星の潮汐力が強かった時代、氷の下に温かい海があった 。大きな衛星に引き裂かれるような潮汐力が、氷殻を揺さぶり、内部の氷は溶け、深く暗い地下海を作り出していた。
温度は −20℃から0℃。そこは、地球の深海熱水孔に似た環境であり、DNA/RNA型の生命が誕生する環境が整っていた。
そこでは、岩と氷が触れ合う境界で、奇妙な化学反応が繰り返されていた。岩の中の鉱物が水に溶け、鉄やマグネシウムのイオンを放出する。
水が岩を侵すと、水素が泡立ち、二酸化炭素やメタンと結びついて有機分子を生んだ。
その時、宇宙からは絶え間なく彗星や隕石が降り注ぐ。彗星や隕石は、氷と炭素のかけらを抱いていた。その表面では、星間の冷たいガス雲の中で合成された有機分子──ホルムアルデヒドやシアン化水素、そして単純な炭化水素が眠っていた。生命の種子である。
ミランダの地下海に落ち込んだそれらの破片は、地下海に混ざり、鉱物の表面に吸着する。そこで岩と氷の境界で加熱され、再び反応を始める。
水と二酸化炭素、メタン、アンモニア──。
炭素は「4本の手(結合手)」を持つため、他の炭素や水素と結びついて、安定した“骨格”を作る。炭素が何個も連なった部分を 炭素鎖 と呼ばれる。
メタン(CH₄) → 炭素1個+水素
エタン(C₂H₆) → 炭素2個が手をつないで鎖を作った
ヘキサン(C₆H₁₄) → 炭素6個の鎖
鉱物表面に触れた炭素鎖は、太陽からの放射や潮汐の熱で少しずつ変化していった。
あるとき、炭素鎖の一端に「カルボキシル基」が結合した。カルボキシル基(−COOH)は炭素が二重結合で酸素とつながり、さらにOH基が付いたものである。水になじみやすい(親水性)性質を持つため、
それは水を引き寄せる“親水性の頭”となった。
反対の端は炭素と水素だけの長い“疎水性の尾”。「炭素鎖+カルボキシル基」で脂肪酸が出来る。こうして、脂肪酸分子が姿を現した。
脂肪酸は単独ではただ漂うだけだが、炭素鎖部分が 水を嫌い(疎水性)、カルボキシル基部分 が 水と仲良し(親水性)になる性質がある。
水の中に脂肪酸がたくさんあると、カルボキシル基(親水性)は水側に向き、炭素鎖(疎水性)は水を避けて内側に集まる。この結果、「二重の膜」や「泡」を自然に作る。
数が増えると水の中で自然に集まり、親水性の頭を外側に、疎水性の尾を内側に向けて、安定した膜を作り始めた。原始生命が「内」と「外」を分ける境界を手に入れられたのは、この性質のおかげである。
それは最初、ただの「泡」にすぎなかった。しかし泡の内側には、有機分子のかけらや複製を始めた核酸の断片が偶然閉じ込められることがあった。
水になじむ端と、拒む端を持つ分子が自然に集まり、小さな袋──原始細胞を作ったのだ。
荒れ狂う化学の海から守られ、内部では分子が崩れずにとどまり、鎖を写す時間を稼げるようになった。
「内」と「外」を隔てる殻──。
それは、まだ細胞と呼ぶにはあまりにも脆く、偶然の産物だった。
だが確かに──そこに「生命の原型」が宿った。




