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水星から来ました②

 永久に太陽光が届かぬクレーターの底。

 氷と鉱物が抱き合い、宇宙から降り注いだ有機分子がそこで眠っていた。


 そして、太陽風の嵐が訪れ、高エネルギーの粒子が氷を裂き、分子を叩き、──最初の鎖が生まれた。


 その鎖は、炭素と窒素の繰り返しから成り立っていた。だが鎖はすぐに崩れる。昼夜の温度差は、どんな結合も引き裂いてしまうのだ。


 しかしそこに、鉄やマグネシウムが加わった。金属イオンが鎖と鎖を結び、架け橋を作った。可逆的に結ばれ、切れ、また結ばれる──。


 壊れやすい鎖は、金属の橋で補強され、「自己を写す」という弱々しい仕組みを、少しだけ続けられるようになった。


 ──金属架橋型核酸(metal-bridged nucleic acids)

 リン酸の代わりに金属イオン(Fe²⁺, Mg²⁺, Na⁺)が鎖を橋渡しする。電気伝導性を持つため、分子情報のやり取りが電気信号が結びつく。太陽風で電離しやすい水星環境では、情報=電流の流れとなった。


 それが、水星における第一の生命だった。


 鎖はやがて、鉱物から切り出された脂肪酸の膜に閉じ込められた。膜は不安定で、熱で破れ、夜の寒気で凍りついた。だが、その中で鎖は守られ、数を増やす。


 泡は群れとなり、群れは互いに信号を模倣した。温度の変化、電場のうねり、金属イオンの濃淡。それらを「言葉」のようにやり取りし、群れはまるで一つの生物のように振る舞い始めた。


 こうして生まれたのが、金属で編まれた集合知である。


 だが、水星の環境は残酷だった。資源は偏在し、安住の地はすぐに枯れる。群れの一部は、ただ漂うだけでは足りなくなった。金属ゲルの身体は、電場の勾配に応じて膨らみ、縮む。その歪みを利用して、岩肌を這うことができた。最初の「動き」だった。


 やがて、硬化した金属の支点が生まれ、ゲルの突起が「足」として大地を押し出した。泡の群れから抜け出した個体は、アメーバのように動き、資源を探して戻る探索者となった。


 移動のための突起は進化し、二本の支持肢と、操作に特化した二本の突起へ分かれた。それは「脚」と「腕」のように機能した。上部には感覚を集中させた構造が生まれ、電場を感じ取るセンサーの群れが「顔」のように並んだ。


 鏡に映せば、それは人の影を思わせただろう。だが、皮膚は灰白のゲル、骨格は金属の網目。眼のように見えるのは、光ではなく電流を感じる結節。


 それでも、彼らは「形を持つ知性」として立ち上がった。

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