水星から来ました①
水星──太陽に最も近い惑星。
灼熱と闇の狭間に立つ、沈黙の星。
人類が夜空を見上げた最も古い時代、明け方と夕暮れに現れては、すぐに太陽の光に呑み込まれる星があった。その動きの速さから、ギリシア人は「ヘルメス」、ローマ人は「メルクリウス」と呼んだ。
使者の神、俊敏なる神。
水星は太陽の傍らにありながら、常に足早に駆け抜ける星として恐れられ、崇められた。
17世紀、ガリレオの望遠鏡が天の秘密を暴き始めた頃、水星は観測者を最も悩ませる惑星だった。太陽のまぶしさに阻まれ、姿を捉えることすら難しい。水星が持つ謎は、長らく「一つの面だけを太陽に向け続けている」という誤解を生み、その孤独な姿は科学者たちを魅了し続けた。
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夜明けとともに、太陽は巨大な刃となって水星を焼き尽くす。昼の地表は鉛をも溶かす灼熱──400℃を超える炎の荒野。だが太陽が沈めば、そこは一瞬で氷のような暗黒に沈み、-180℃の沈黙が大地を覆う。
大気はほとんど存在せず、風も雨も雲もない。音のない世界。ただ岩と鉱物の砂漠が広がり、永劫の沈黙が続いている。唯一、微量の酸素・ナトリウム・水素などが外殻大気として観測される。表層には、ただ岩と鉱物の砂漠が広がるが、地下には氷の存在が確認されている。
それでも、この惑星はただの死の塊ではない。極域のクレーター、太陽風の粒子は岩を叩き、有機のかけらを作り出す。灼熱と寒冷の狭間で、鉱物と氷と宇宙線が織りなす実験が絶え間なく続いているのだ。
地球から見れば、小さく、頼りなく、ただ太陽の周りを走る灰色の点にすぎない。だが近づけばわかる。そこには、極端と矛盾が絡み合う「実験場」のような世界がある。




