木星の衛星エウロパから来ました⑪
氷殻の裂け目から、熱水と共に群体の断片が吹き出した。一部はすぐに凍り、氷の破片となって砕け散った。しかしその氷片の中には、硫黄の橋で守られた鎖が眠っていた。
エウロパの弱い重力は、全てを引き留めてはおけなかった。吹き上げられた破片のいくつかは宇宙空間へ放たれ、木星の強大な磁場に囚われ、周回する粒子の流れへと混ざっていった。
それは「死」ではなかった。群体にとっては──拡散だった。
破片となった彼らは、木星を取り巻く放射線の嵐を漂った。そこは苛烈な世界。電子と陽子が降り注ぎ、あらゆる分子を切り裂いていく。
だがジスルフィド結合の橋は頑強で、氷に守られた鎖は完全には消えなかった。
むしろ放射線は、時に配列をわずかに変化させ、「突然変異」の役割を果たした。彼らは壊れながらも、多様性を広げ、宇宙に適応するための新しい形を生み出していった。
何千年、何万年と漂ううちに、群体の欠片のいくつかは木星の重力圏を脱し、太陽系を巡る長い軌道に乗った。
太陽の光を浴びるたびに表面は焼かれたが、内部は眠り続けた。
やがて、ひとつの氷片が緩やかに軌道を変え、青く輝く惑星の重力に引かれていった。
──地球。
群体が夢見てきた「蒼き星」である。
大気に突入した瞬間、氷片は激しく燃え上がった。表面は一瞬で蒸発し、砕け散った。だが内部のわずかな破片は、灼熱を免れて地表へと届いた。
それは海へ、湖へ、あるいは湿った大地へ。
新しい世界へと抱き込まれるようにして落ちていった。
眠り続けていた鎖は、温かく豊かな地球の海で再び目を覚ました。
そこには酸素も窒素も炭素も豊富にあり、エウロパの暗黒の海にはなかった光さえ降り注いでいた。
群体の記憶は、夢のかけらとして囁いた。
──ここが蒼き星。
──われらが憧れた場所。
それは新たな物語の始まりであり、宇宙を渡った生命の夢の結実だった。




