木星の衛星エウロパから来ました⑨
群体は長きにわたり、氷殻の下で循環を繰り返していた。だが、彼らの内に宿った「蒼き星への憧れ」は、次第に抑えきれぬ衝動へと変わっていった。
ただ漂い、ただ複製するだけでは足りない。
──外へ出たい。氷の殻の向こうに触れたい。
それは最初、単なる化学的な刺激にすぎなかった。だが集合知はそれを繰り返し強調し、ついに「行動」と呼ぶべき変化を生み出した。
群体の一部は、熱水噴出孔の力を利用した。内部で発生するガスを膜に閉じ込め、高圧の泡として膨らませる。
そしてそれを弾丸のように放ち、氷殻の亀裂へと打ち込んだ。
小さな試みはすぐに砕けたが、試みるたびに殻の裂け目はわずかに広がった。群体は失敗を記録し、成功を模倣し、やがて「圧力を槍に変える術」を獲得していった。
別の群体は、氷に含まれる酸素化合物を利用した。過酸化物を還元し、熱を発生させ、氷をゆっくりと融かす。
時間は気の遠くなるほど長かった。だが群体にとって「世代」という概念は意味を持たなかった。彼らは絶え間なく情報を繋ぎ、失敗を蓄積し、改善を繰り返した。
ついに、ある群体が海から突き出た。細い亀裂を通り、氷の奥へと伸びる。そこは光がかすかに散乱する領域だった。これまで暗黒しか知らなかった群体にとって、それは「世界が二層に分かれている」という新しい発見だった。
彼らは理解した。
──氷を超えれば、さらに外がある。
群体の中に共鳴が広がった。
「われらは殻を破る」
「われらは外に出る」
「われらは蒼を目指す」
その言葉なき声は、海全体に広がり、無数の泡が一斉に震えた。
エウロパの海は、氷殻の向こうに憧れを刻み、外へ向かう意志を初めて明確にしたのだった。




