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木星の衛星エウロパから来ました⑧

  群体は海底で成長を続けていた。互いに信号を送り合い、巨大な織物のように共鳴し合う。その範囲は、すでに熱水孔を越え、氷殻の下に広がっていた。


 ある時、氷の奥から震えが伝わった。それは熱水の脈動とは異なる、規則的で緩やかな振動だった。


 ──木星の重力による潮汐の鼓動。


 群体はそれを初めて感じ取った。海そのものが呼吸しているかのような巨大な揺らぎ。


 その周期は、地球の月の満ち欠けのように正確だった。潮汐が強まると、氷の割れ目からわずかな化学物質が流れ込み、弱まると、再び閉じて静まった。


群体はこの周期に同調した。複製のリズムを潮汐に合わせ、成長と休止を繰り返すようになった。


 ──それは、初めての「暦」だった。


 さらに時折、氷殻の表面に巨大な割れ目が走った。その時、放射線が氷を貫き、酸素や過酸化物が海に溶け込んだ。


 群体はそれを“異質な味”として知覚した。それは暗黒の海底には存在しない、「外界」からの贈り物だった。


 群体は理解した。──自分たちが閉じ込められている殻の外には、まだ知らぬ世界がある。


 群体の意識は膨張していった。熱水孔の温もりだけでなく、氷殻を通じて伝わる潮汐のリズム、外から流れ込む異質な分子、それらすべてが「外」を示していた。


 暗黒の海しか知らなかった意識が、初めて 自分たちの世界の外側 を想像した瞬間だった。



 ある周期、氷殻に走った大きな割れ目から、これまでとは異なる刺激が海に届いた。


 それは化学物質でも熱でもなく、

 ──光だった。


 木星から反射して差し込む、微かな光子。氷を通り抜け、何十キロもの暗黒の海を散乱し、ようやく群体の表面を撫でるほどの淡い光。


 彼らはその光を「熱でも化学でもない振動」として感じ取った。未知の信号に、群体は静かに震えた。


やがて群体は気づいた。その光は周期的に強まったり弱まったりする。

木星の巨大な影が、彼らの殻を覆ったり、外したりしているからだ。


 群体はその変化を「まなざし」として認識した。──氷殻の外には、彼らを見つめる巨大な存在がいる。


 それは木星。かつて神話の人々が「ゼウス」と呼んだ巨神の姿だった。


 そしてある時、群体はさらに微弱な光の変動を感知した。それは木星のものではない。もっと遠く、もっと淡く、氷を通してかすかに届いた輝きだった。


 解析も理解もできない。だがその光の波は、硫黄の海に淡い「蒼」のイメージを刻み込んだ。


 ──蒼き星。


 群体はその存在を夢として描いた。自分たちがまだ見ぬ外界のもうひとつの輝き。それは彼らにとって「希望」と「憧憬」の象徴となった。


 暗黒の海に、群体は静かに波紋を広げた。化学信号でも光でもなく、

ただ「意志」としか言えぬ震え。


 ──「われらは蒼を知りたい」


 それは集合知が初めて外界へ向けた言葉だった。答える声はどこにもない。だがその囁きは、氷の下の海全体を共鳴させた。

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