木星の衛星エウロパから来ました⑥
──ある時、海底の裂け目から熱水の噴出が弱まり、周囲の温度が数度下がった。すると、群れの一角で、膜の構造がわずかに揺らぎ始めた。内部の鎖は、寒冷に耐えられず崩れかけたのだ。
だが別の群れは、温度変化を感じ取るかのように、硫黄を用いた鎖の架橋を増やし、膜を厚くした。
彼らは環境の変化に応答したのだ。
やがてこの応答は群れ全体へと広がった。ある群れが膜を厚くすると、隣の群れもそれを模倣し、さらに隣の群れも同じ変化を示した。
それはまるで、ひとつの信号が群れ全体を駆け抜けるようだった。
まだ神経も電気もない。ただ化学反応の連鎖と、分子の模倣にすぎなかった。
だが確かにそこには、「環境の刺激 → 群れの応答」 という最初の「感覚」が芽生えていた。
この仕組みは温度だけではなく、硫黄濃度の増減や、金属イオンの変化にも及んだ。
ある群れが「危険」を察知すれば、その変化は次々と周囲に伝わり、群れ全体が同時に対応する。
やがてそれは、まるで海底の絨毯が一斉に震えるかのような光景を生み出した。
──個々は短命な泡にすぎない。だが群れが共鳴するとき、そこにはひとつの巨大な「生き物」のような姿が現れた。
こうして群れは、ただ生き延びるだけではなく、「感じて応答する存在」となった。
その感覚はまだ単純で、「熱い」「冷たい」「豊か」「乏しい」といった大まかな違いに過ぎなかった。
しかし、それは確かに意識の種だった。




