処女懐胎事変とその顛末
「処女懐胎した」
爽やかな春の日差しが降り注ぐ中、中山青子がそういった。
場所はカフェテラス。
青子がブレンドコーヒー、私がバナナジュースを注文し、店員が離れていった瞬間の犯行であった。
いや、犯行ではない。
なぜなら、そう、自分が妊娠したなんて事を報告するのは別に悪いことではない。
なんなら、お目出度いことだ。
祝われることだ。
おめでとうと言うべき場面だ。
だが、
「え??? 何????」
いや、聞き間違いかもしれない。
全く馴染みのない単語過ぎて脳が混乱したのかも。
「処女懐胎した」
「ほあ~???」
「処女懐胎した」
「・・・・・・駄目だ、全然聞き間違いじゃなかった!!」
処女懐胎。
処女懐胎ってあれか、アレなのか。
性交渉していないのに子供ができちゃうアレなのか。
「まままままままってほしい」
「何?」
「何じゃない!! 何じゃない!!」
両手が震える。
もう、面白いくらいに震える。
どうしよう。
取りあえず飲み物を飲もう。
そう思ってお冷やを持つが、中身が波打ちすぎて水分を口に入れれる気がしない。
「は? え? 何? 訳が分からない、訳が分からない。え、君って聖母マリアだったの?」
「中山青子ですけど」
「知っているけれども!!」
「じゃあ、聞かないでくれない?」
「そういう意味じゃなくてですね!? え、無理無理、過呼吸になりそう・・・・・・」
「え、体調悪いの? 大丈夫?」
「さっきまでは健康そのものだったんですけどね!!!」
本当に苦しくなって胸の辺りを掻き毟る。
駄目だ。
冗談抜きで息が苦しい。
ここ、水中だっけ?
中山青子。
隣の家に住んでいた幼なじみの女の子。
黒髪ショートに泣き黒子がチャームポイントの同い年とは思えない程色気のある子だ。
私のふわふわしたくせっ毛とは違って彼女の髪は美しいストレートだ。
寝癖も付かない彼女の髪が私はいつだって羨ましい。
なにせ、私の髪の毛はなかなかのわがままガールって奴だ。
朝は縦横無尽に暴れる。
だから、私はいつでも彼女よりも三十分は早く起きなければならない。
そんな彼女とは就職して町に出てからは高い家賃対策にルームシェアして住んでいる。
そんな彼女と私はずっとずっと一緒だった。
それこそ、家族よりも長い時間を共に過ごし、隠し事もなく、ましてやお互い以上の存在なんてない、はずで。
最近は中山青子が拾ってきた猫のからあげのお世話を一緒にしていた。
そんな彼女が外で恋人を作るなんて。
そんなわけが。
「私も!! 女なんだけどさ!!」
「知ってるけど?」
中山青子が鬱陶しそうに私をみる。
本当に鬱陶しそうで心が折れそうだ。
こういうところが本当にクールでかっこいいけど、同時に自分なんて彼女にとっては取るに足らないのだと不安にもなったりする。
グッと息をのみ、歯を食いしばる。
目を瞑って、息を整え、目を開く。
そして、両手を握りしめて、私は席から立ち上がった。
大きく息を吐く。
言わなければいけない。
「私青子のことLOVEな意味で好きなんですけど!!」
立ち上がった私は視線の先に店員さんが固まっているのを見た。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
成る程、タイミングは最悪というわけか。
幸先が悪すぎる。
否、今告白している相手が処女懐胎している地点で幸先も何もあったもんじゃない。
もはや逆に行き着く先が見えている。
というか、好きな女の子が処女懐胎してるって何だ。
何が起こったら好きな女の子が聖母マリアコースに乗るんだよ。
乙女ゲームでもギャルゲーでも難易度がルナティックすぎるだろ。
前代未聞だよ。
いや、なんで処女懐胎してるんだよ。
相手は誰だよ。
相手がいないから処女懐胎なのか?
なんか意味が分からなくなってきた。
そもそも、処女懐胎って処女懐胎で合っているのか?
処女懐胎は処女懐胎じゃなくて違う意味の処女懐胎って事はないか?
あ、駄目だ、考えすぎて処女懐胎がゲシュタルト崩壊してきた。
いや、処女懐胎って何だよ。
現代日本において起こっちゃなんねぇだろ、そんなことは。
現状でさえ宗教が乱立しているのに新たな神を降臨させてくれるな。
「こ、コーヒーとバナナジュースお持ちしました・・・・・・」
ヒキツった笑みをかろうじて浮かべた店員さんが、ヒョコヒョコとペンギンのように此方に近づき、ブリキ仕掛けのように飲み物を置く。
「ご、ゆっくり・・・・・・」
そういうとテーブルに近付いてきた店員さんと同一人物とは思えないほどの機敏な動きで去っていった。
いや、早い。
早すぎる。
さっきまでの人間初心者みたいな動きは何だったんだよ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・ごめん、もう一回言った方がいい?」
「・・・・・・いや、普通に聞こえてたけど?」
沈黙が長すぎて、もしかしたら聞こえていなかったのかもと思ったが、ばっちり聞こえていたらしい。
そっか、聞こえていたのか。
ということは聞こえていての敢えての沈黙か。
成る程ね。
殺してくれ。
「は? 何で今、この状況で、クソデカイ声で告白したの?」
「今しかないと・・・・・・」
「は? 狂ってんの?」
「狂ってないです・・・・・・」
「なんで、この状態で「今だ!!」って思ったんだよ。そもそも、外でする話か、これ?」
「いや、外でする話かというなら、どう考えても青子のした処女懐胎の方が・・・・・・いえ、本当に申し訳ないです・・・・・・」
力なく着席し、落ち込む。
もう、このカフェには二度とこれない。
というか、この通りを通れない。
恥ずかしすぎて。
あぁ、やらかした。
少なくても中山青子に相手ができるまでは、ルームシェアで二人仲良く過ごせるはずだったのに。
これで、中山青子とのルームシェアもパァだ。
あぁ、せめてからあげの親権は貰えないだろうか。
貰えないだろうな。
だってからあげは中山青子が拾ってきた猫だし、からあげの世話をしているのも中山青子の方が多いし、からあげは中山青子に懐いている。
そもそも、中山青子の実家は猫を飼っているので環境も完璧だ。
本当にやらかした。
私は中山青子にもからあげにも捨てられるんだ。
告白しなきゃ良かった。
いや、でも好きな相手が処女懐胎したとか言い出したら黙ってられないだろ。
マジで相手誰だよ。
いや、処女懐胎なら相手はいないのか。
いやいや、なんだその奇跡。
その奇跡の巻き添えで私好きな人に捨てられそうなの?
端的に言ってキレそう。
「まぁ、私も桃のこと好きだけど」
私は椅子ごと地面に倒れた。
自分では分からないが、端から見ていればきっとコントみたいな倒れ方だっただろう。
背中が痛い。
え、背中が痛い。
絶対これ擦った。
擦っただけでも結構ジンジンして痛いんだよな。
最悪だ。
「アンタ、何、売れない芸人みたいな事してんの?」
中山青子が呆れた声を出した。
そして、未だに呆然として地面に倒れたまま空を仰ぐ私に手を差し伸べる。
反射でその手を握った私を引っ張って・・・・・・え、もしかして、起こそうとしてくれてる?
え、優しい。
「え、好き・・・・・・」
「さっきも聞いたわ、それ」
「らぶい・・・・・・」
「恥ずかしいから、早く起きてくれない?」
私がきゅんきゅんしているのを中山青子が冷めた瞳で見ている。
大体いつも通りである。
いや、え、もしかして好きって告白の返事かと思ったけど違う感じ?
告白を流されたのかな。
しゅんと落ち込む。
「いや、アンタ何落ち込んでるの?」
「別に・・・・・・」
「さっきまできゃんきゃんしてたのに急にしゅんしゅんするじゃん」
「違うし・・・・・・」
「なんで両思いになって凹んでんのよ」
中山青子が無表情のままだが心底不服そうに顔を歪める。
両思いになって。
両思いになって。
両思いになって?
「告白の返事だったの!?」
「告白の返事以外に何があるのよ」
「え!?」
「あのタイミングの言葉に告白の返事以外の何があるのよ」
「えぇ!? 待って待って対応ミスった!!」
「アンタは最初から何もかもミスってるわよ」
「私も好きです!!」
私は再び席を立って叫ぶ。
「なんで立ち上がるんだよ、座れ。あと、私が告白された側だから。その返事の返事に私も好きですはおかしいだろ」
駄目出しである。
「え!? 青子ちゃん、私のこと好きなんだよね!?」
「好きだけど?」
「好きだけど駄目出しはクールなのね!?」
まぁ、うん。
中山青子らいしいといえば中山青子らしい。
付き合っても媚びないとか解釈一致だ。
ツーンとしてそうだもんね、どんな時も、そして好きな人相手でも。
え、嘘だろ。
この場合の好きな人って私か。
私が中山青子の好きな人になるわけか。
マジか。
「えあー!! わー!! わー!!」
「何、急に興奮状態になってんだ、座れ」
「ひっ、ひえー!! 青子ちゃんに座れっていわれちゃった!! 膝に座れってこと!?」
「椅子だ椅子」
「こ、これがラブラブ両思いカップル!!」
「何言ってんだ、コイツ」
興奮が抑えられずにその場でピョコピョコと上下に跳ねる。
「あー、やばいやばい、え、嬉しい。恥ずかしい。嬉しい」
「私はお前が恥ずかしいよ」
「わー・・・・・・」
「お、お客様・・・・・・他のお客様のご迷惑になりますので・・・・・・」
気まずそうに店員さんが私に注意してきた。
ちょっと距離をあけての注意だが確実に私に対してだろう。
「す、すみません・・・・・・」
「すみません」
私が謝るとそれに続いて中山青子が謝ってくれた。
え、謝ってくれた。
私と一緒に。
私のことなのに。
え、好き。
「え、好き」
「もう聞いた」
「好きなんです・・・・・・」
「泣くな、座れ、マジで」
「はい・・・・・・」
好きすぎて泣けてきた私に中山青子が再び着席を促した。
真面目。
クール。
冷血漢。
そんな所も、好き。
「で、処女懐胎の件なんだけど」
それを聞いた瞬間に色々なモノがこみ上げてきた。
「おえ・・・・・・!」
主に吐き気。
「は、何で吐きそうになってんの?」
「はぁはぁ・・・・・・それはね、私が正常な人間だからだよ・・・・・・」
「いや、虫の息じゃん、急に何?」
「処女懐胎のこと、忘れてた・・・・・・」
「忘れるなよ、ついさっきのことだろ、これ伝えたの」
「忘れてたんだよ! え、寝取りって地雷なんですけど?」
「多分、大半の人間は寝取りが地雷だろ」
「青子ちゃんには違うって事!?」
「何言ってんのお前?」
「寝取りの性癖があるって事!?」
「告白の次に性癖の確認はぶっ飛びすぎだろ」
「この世の全てに感謝したり恨んだりで情緒が狂いそう」
「多分、もう狂ってるよ」
中山青子が嫌そうに席ごと私から距離をとる。
告白成功した途端に好きな子の処女懐胎と向き合う羽目になったら情緒は狂うだろ。
何で私、急に上位存在に彼女を寝取られてんだよ。
「こんなに愛しているのに・・・・・・」
「告白して両思い確認した途端、なんで急に病み期に入ってんの?」
「うっ・・・・・・うっ・・・・・・」
「泣くな泣くな」
涙腺が馬鹿になっている。
いや、こんなんじゃ駄目だ。
私はパパになるんだ。
もしくはママになるんだ。
しっかりしないと。
「わ、私、頑張って愛情いっぱいに育てる!!」
「何当たり前なこと言ってんの?」
「あ、はい、すみません」
決意表明したら、冷めた瞳で流された。
うん。
そうだね。
しょんもりしながら、バナナジュースにようやく口を付けた。
氷が溶けて、上の方がちょっと薄い。
「取りあえず、引き取ってくれそうな人についてだけど」
「まって??????」
「は、何?」
「よ、養子に出すって事?????」
「? そりゃあそうでしょう」
「そりゃあそうなの!?」
「皆大体そうでしょ」
「処女懐胎ってそうなの!!??」
「何言ってんの、アンタ」
頭が混乱してきた。
処女懐胎ってそうなの?
いや、え、処女懐胎の大体って何だ。
そんなに前例があるのか。
どういうことだ。
「まぁ、とりあえずあと二ヶ月しないうちに産まれるからアンタもしっかりしてよね」
「しかも、あと二ヶ月で産まれるの!?」
頭がクラクラしてきた。
「あと二ヶ月!??」
中山青子のお腹をみる。
全く大きい感じはしない。
しないが・・・・・・そうか、最近の日本の妊婦は全くお腹が目立たないと聞いたことがあるような無いような。
ここまで目立たないモノなのか。
しっかり食べ物を食べないと、お腹の子も中山青子も危ないのではないだろうか。
駄目だ。
本当にクラクラする。
吐き気もしてきた。
「えぇ、多分四は増えるから」
「四つ子なの!!??」
しかも、四つ子!?
四つ子!??
このお腹に!??
このお腹に四人!??
思わず五回位中山青子の顔とお腹を交互にみる。
「それか八かも」
「八つ子!!??? ギネスだよそれは!!!」
「いや、普通でしょ」
「普通じゃない!!」
心臓がバクバクいうのを止められず、心臓を押さえた。
「もう、一回家に帰ろう!! こんな・・・・・・後二ヶ月で子供が産まれそうなのに!!」
もう、心臓に悪すぎる。
あと二ヶ月で私はパパかママになるのに泣きそうだ。
いや、この急展開は流石に泣いて良いだろ。
まさかの事態すぎる。
全く、頭がついていかない、怖い。
「いや、このままアンタがパニックになったまま帰ったら、からあげに悪いでしょ」
「いや、もう、それどころじゃないよ!! 赤ちゃんが居るんだよ!!」
「だから、赤ちゃんがいるからあげに悪いから帰れないってば」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「いや、青子ちゃんの子じゃなくて、からあげの子なんかーい!!!!」
私は椅子から滑り落ちた。
「・・・・・・は? 私が妊娠していたならカフェインなんか注文する訳なくない?」
中山青子の冷たい声が落とされた。
ですよね。
はい、だと思います。
私はテーブルに突っ伏した。
「で、とにかく、からあげの処女懐胎についてだけど、多分ベランダから同じ階の猫と会ってるからだと思うんだよね。だから対策として__」
以前、ノベルアップにアップさせていただいていたものです、百合はいいぞ
前作、前々作と時々PVが跳ねあがるなぁ?と思っていたら、ランキングに乗せていただいていたようで、本当にありがとうございます!
他所のサイトに慣れ過ぎていて一日一回かと思ったら三回更新されるとは思ってなかったので、見逃してしまいました
本当になろう初心者過ぎて何が何やら理解できていないので、なんかすごくてすごいしか分かってないのが悔しいです
本当に沢山ありがとうございます
そして、しばらく短篇祭りです