52、それぞれの末路
立太子の儀の夜会から一か月が経った。
本来であれば、貴族の裁判には時間をかけて慎重に進められるものだ。
しかし王太子の婚約者であり、新緑祭の事件以降さらに民衆の支持が高まっていたらしい私への蛮行ということ、そしてオーウェン先生の協力もあり、証言や証拠はすぐに集まった。
そのため裁判は異例の速さで執り行われ、関係者への処罰が言い渡された。
オーウェン先生は大活躍だったようだが、具体的に何をしたのかは教えてもらえなかった。
アレク様に尋ねても、曖昧に笑って濁されてしまった。
結局、ドレージュ公爵家は取り潰しとなり、ドレージュ公爵とヴァネッサは処刑された。
ドレージュ公爵は過去の余罪も含めて追及された。
ヴァネッサは最後まで「私は悪くない! 悪いのはあの悪女よ!」と叫んでいたそうだ。
しかしドレージュ公爵が私を欲していたこと、そしてヴァネッサにはもともと興味も期待もしていなかったという事実を聞いたあと、彼女は呆然とし、しばらくして発狂した末に何も話さなくなったという。
その話を聞いたとき、毒親と呼ばれる存在だったのかもしれないと思った。
ヴァネッサもある意味では被害者だったのかもしれないと、少しだけ哀れに思う。
……もし、あの立場にいたのが私だったら。
同じように歪んでしまっていた可能性は、なかったと言い切れるのだろうか。
それでも。
一線を越えてしまったことは、決して許されることではないのだろう
また、その蛮行を知りながら止めなかったメイフェル伯爵家の者たちは、長男は事情を知らなかったため不問となったが、伯爵夫妻は土属性の適性を活かして鉱山での労働を課された。
そして今後、オーウェン先生を当主として家は存続することになったという。
「……は? 当主とか、なんでそんな面倒なことを……」
とは、オーウェン先生の言葉である。ものすごく嫌そうだった。
「あ、でも、もしこの間の噂みたいなことがあったら、いつでもおいで。爵位もあるなら安心でしょ?」
「心配するな。そんなことは一生、どう転んでも、俺が死んでも絶対にありえない」
そう言ってアレク様に言い返されていたという一幕もあった。
◇
ポイズナー大司教に関しては、女神様云々を口にしていたが、すべて独断で行っていたことが判明した。
教会の資金難という理由をもっともらしく語っていたが、実際には資金の多くをポイズナーが私的に流用していたことも分かった。
今回、教会はポイズナーの行為を見抜けなかった責任を問われ、王室に大きな借りを作ることとなった。
本来、教会関係者は教会内部の法によって裁かれる。
しかし今回の件はあまりにも重大であったため、ポイズナーは教会から除名され、一般司法によって裁かれることになった。
また、ポイズナーの上司であった枢機卿も、今回の件を重く受け止め、教会を辞することが決まったそうだ。
◇
お父様は、お母様の仇を討てたことで少しは安堵しているかもしれない。
今日はお母様の命日ではないが、報告を兼ねてお父様とアスターと三人で墓参りに来ている。
お母様の遺体は棺に納めることができなかったため形だけの墓ではあるが、お父様は毎年命日には必ず訪れているらしい。
ちなみにアスターのお父様であり、私の叔父にあたるエリオット様の墓も、お母様の隣にある。
報告を終えたお父様は、感極まったのか涙を流していた。
十二年かけても諦めず、ようやく解決に至ったのだ。感慨もひとしおだったのだろう。
普段見せないお父様の表情に、アスターと二人で慌ててしまった。
私も城での保護はもう不要となり、アレク様はひどく渋りながらも拗ねた様子であったが、公爵邸へ戻ることになった。
お父様の気持ちも理解できたこともあり、婚約解消をしないのであれば結婚も視野に入る。
これからは短い時間かもしれないが、親孝行をしようと思った。
それを伝えると、アレク様は「そんなことを言われたら、何も言えないじゃないか」と言いながら、快く送り出してくれた。
おそらく前世で、親孝行もできず早くに両親を亡くしたことも考慮してくれたのだろう。
それでも、以前と変わらず毎日お茶会は続くことになりそうだ。
◇◇◇
実は、ドレージュ公爵、ヴァネッサ、ポイズナー大司教はまだ生きている。
魔力を持つ者が貴重な世界において、処刑することへの是非が議論されたためだ。
三人は生涯幽閉され、魔力を搾り取られ続けることとなった。
シェリルはその事実を知らない。
魔力を搾り取られることは非常に苦痛を伴う。
むしろ「いっそ殺してくれ」と願うほどの苦痛だという。
ただし、死によって終わりとすることを望まなかった者たちの意志も汲まれた罰でもあった。
◇◇◇
それから数日後。
以前の日常が戻り、王太子妃教育を終えたあとお茶会を開いていたとき、ふと思っていたことを口にした。
「そういえば……私を狙っていたという話をいろいろ聞きましたけれど、いまだに実感がないまま事件が終わってしまいました……」
命の危険を感じたのは新緑祭のときだけで、それも状況を理解する前にお父様が刺されていた。
あとから「実は狙われていた」と聞かされても、誘拐されたわけでも怪我をしたわけでもなかったため、あまり実感が湧かなかった。
「まあ、それもそうかもしれないな。シェリルには言っていなかったからな」
「え?」
「実際、シェリルが俺の婚約者になってから、何度か暗殺者が差し向けられていた。事前にハーディング公爵が潰したり、王家の影が動いたりしていたんだ」
それこそ両手では数えきれないほど、と言いながら、アレク様は私を膝の上に乗せたまま、ご機嫌にマドレーヌを食べさせようとしてくる。
しかし、聞いた私はそれどころではなかった。
知らないところで多くのことが動いていたのなら、教えてほしかったと思ってしまう。
それではアマリアのあの反応も……と考え、マドレーヌを押しのけて確認する。
「もしかして、ヴァネッサに誕生日パーティーでしか直接何かされた記憶がないのは……」
「ああ、そちらはアスターが対処していたな。俺も動いたことはあったが、半分ほどはアスターが処理していた」
私の知らないところで、いろいろと守られていたらしい。
そう考えた瞬間、背筋がぞくりとした。
もし、そのうちの一つでも取りこぼされていたら──そう思うと、急に現実味を帯びてくる。
姉なのにアスターに守られていたことも、なおさらだった。
考えれば考えるほど、私だけが蚊帳の外のように思えてしまう。
アレク様とアスター、お父様に守られていたことに感謝すべきだとは理解している。
私が鈍いことも原因の一つだと分かっている。
それでも、「自分だけ」と思ってしまうのは仕方がないことのように思えた。
……どうして、誰も教えてくれなかったのだろう。
守るためだと分かっていても、ほんの少しだけ、置いていかれたような気がした。
何も言えずにいると、アレク様はふっと笑った。
「ふふ……ごめん、シェリー。ふてくされないでくれ。情報を得るためにも必要だったんだ。そのおかげで、すぐに動けた。……まあ、そもそもシェリルを危険に晒す選択肢など最初からないのだが」
最後の言葉は小さく呟かれていて聞こえなかった。
「……でも、教えてくださってもよかったと思います……」
「せっかく、のんびり学ぶことはあっても、好きに過ごしている時間を邪魔したくなかったんだ。前世では、そんな余裕はなかっただろうから……」
「アレク様……」
アレク様は少し困ったような顔で、しんみりとそう言った。
……が、しかし。
(だからこそ。私はもう、何も知らないまま守られるだけではいたくない)
「!? にゃ、にゃにを……!」
アレク様の両頬を指でつまみ、じとっと睨みつける。
「今までのことは終わったことですから何も言いません。でも、これからは違います。何かあったときはすぐに教えてください。……これからもずっと一緒にいますから」
アレク様は目を大きく見開いた。
そして次第に、くしゃりと泣きそうな顔になる。
私たちにとって、「ずっと」という言葉は絶対ではないと分かっている。
それゆえに、私の言葉はより深く届いたのだろう。
私が王太子妃として生きていく覚悟を持ったことも、伝わったはずだ。
「……ああ、そうする。これからもずっと……一緒にいるために……」
「はい、そうしてください。……ふふ、すっかり泣き虫になりましたね」
私は両頬に手を添え、目尻に溜まった涙に口づけた。
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