45、私の気持ち
「……アスターは……5年ほど前から鍛えていたと言っていましたが、ご存じでしたか?」
「ああ。シェリーももう知っていると思っていたが……まだ知らなかったんだな」
意外そうにそう言うアレク様は、いつもと同じくぴったり横に座り、しっかりと私の腰に腕を回している。
……私だけが知らなかったのだと気づいて、胸の奥がちくりと痛む。
それを察したのか、アレク様は私の頭をよしよしと撫でている。
「あのパーティーのとき、シェリルに守られるのではなく、守りたいと強く思ったそうだ。アスターが十六歳になったら、騎士団入団試験を受けるつもりらしい」
「え!? 騎士団の!? そこまで……」
「これからもシェリルと共にいるために、王太子妃専属護衛騎士になりたいそうだ。ときおり騎士団に混ざって訓練していると聞いている」
もう小説の話から逸脱しすぎていて、なんとも言えない。
私にとっては小説ではなく現実だったから、そこまで物語に囚われていたわけではないけれど、それでも小説の中で騎士云々の話はもちろんなかった。
「主人公のポテンシャルが高すぎる……」
「……主人公?」
思わず漏れた言葉に対し、アレク様がきょとんとした様子で繰り返す。
「あ、そういえばこの話はしていなかったわ。この世界、前世で読んだ小説の世界だと思うんです」
「は? 小説?」
「はい。紫苑に勧められて……。でも私も流し読みだったので、あまり詳細は覚えていないのですが……」
目を丸くして驚いているアレク様に、ざっくりと内容を説明する。
おそらくポイズナー大司教は小説の黒幕と同じなのだと思うと締めくくると、アレク様は納得した様子だった。
「なるほど。そうだったのか……」
「すっかり小説のことなど忘れてしまっていて……。私としては現実として生きていた感覚の方が強く、もうだいぶ物語から逸脱してしまっていたので……」
「そうだろうな。たしかに、そういうラノベやアニメが流行っていたな……」
懐かしそうに目を細めたアレク様に、先ほど生まれた疑問を投げかける。
「それにしても……どうして私とアレク様は前世を思い出したのでしょうか?」
おそらく、アスターは紫苑だと思う。
それをアレク様が知っているかはわからないが、前世の記憶はなさそうだった。
私たちとの違いは何なのだろうか。
「そうだな……それはよくわからない。後悔や心残りが多かったのか、何か強い想いがあったのか……あるいはそれとは関係ないのか……」
「私は事故で前世が終わってしまいましたが……斗真さんはそのあと何歳まで?」
少し聞きづらかったが、思い切って尋ねた。
「……瑠璃とのことはすべて覚えているが、その後のことはあまり覚えていない」
「そう……なんですか……」
私の質問に対し、アレク様は顎に手を当てて真剣に考え込んでしまった。
「ちなみに、私は魔力枯渇を初めて起こしたときに思い出したのですが、アレク様はいつですか?」
「あぁ、それはシェリーと初めて目が合ったときだな」
「──え?」
いつのことだろうか。
最初のお茶会のとき?
それにしては混乱した様子はなかったと思うけど。
「……アレク様は、斗真さんだった頃の記憶を思い出して、よかったですか?」
「当たり前だろう。瑠璃との思い出はどんなものでも、俺の中で何よりもかけがえのないものだ。……それがあるから、今の俺がある」
「……そんな、大袈裟な……」
「大袈裟などでは全くないのだが。……一生かけてわからせてあげることにしよう」
そう言って微笑むと、アレク様は私の頬を撫でた。
以前告白されたとき、『俺の世界を彩って、変えてくれた君をとても愛おしく思っている』と言われたことを思い出す。
身に覚えはないと思っていたが、瑠璃のときも含めての言葉なのだろう。
それでも、ここまで想われていることは不思議な感覚だった。
すると、はっとしたように動きを止め、ごほん、と咳払いをして口元に手を当てたまま、少し頬を赤くして私を見る。
「そ、そういえば、先ほど……俺……とアスターのこともだけど……だ、大好き……と言ったか……?」
もごもごと、ぎりぎり聞き取れる声量で確認される。
先ほどアスターの反応を見て、以前アレク様が話してくれた前世の話は信じることに決めていた。
それもあって出た言葉だったのが……
「……うーん、そんなこと言いましたかね?」
「え!? な、あの、その……俺の、聞き間違い……か……?」
みるみるうちに顔色が変わっていく。
少し照れくさくて出た言葉だったが、アレク様が予想以上にショックを受けたのか、顔色が赤かったのが一気に青くなる。
それが面白く感じ、思わずふふっと笑ってしまう。
「な、か、からかったのか?」
「いいえ? ……でも……アスターと同じ『好き』でいいのですか?」
「!? そ、それは……嫌だ……」
そう言うと腕を引かれ、抱きしめられた。
ふわりとアレク様の良い香りと優しい体温に包まれ、鼓動が速くなっていく。
アレク様は私をぎゅうっと抱きしめた。
「本当に、ずっと……ずっと君だけが好きなんだ……。わかってはいるんだ……一緒にいられるだけで感謝すべきだと……。幸せなのは間違いない。間違いないのだが……どうしても、それ以上を望んでしまう」
耳元で甘く低い声が囁かれ、心臓が大きく跳ねた。
「アレク様、私……」
「すぐに返事がほしいわけじゃない。ひとまず婚約を継続してくれることに感謝している。でも……いつか、いつか……俺をまた、好きになって……」
最後の懇願の言葉はとても小さい。
耳元で言われなければ聞き取れなかっただろう。
いつも余裕の態度を崩さないアレク様が、私の前でだけこうなってしまうことに、とても愛しさを感じる。
もう自分の気持ちに嘘はつけなくて、視界がぼやけていく。
もう気持ちを抑えることなど、できそうにない。
「アレク様。私も……あなたが好きです」
アレク様がぴたりと固まった。
言葉にすると、思った以上にしっくりくる。
胸がきゅっと苦しくなり、涙が込み上げてきた。
しばらくしてやっと動いたアレク様の手が、私の頭をそっと撫でる。
その手が震えているのがわかった。
「ほ、本当に……?」
「はい。私も、アレク様が好きです」
もう一度同じ言葉を伝え、アレク様の胸元を両手で押して離れる。
顔を上げると、至近距離で視線が絡んだ。
アレク様は少し頬を赤く染め、目に涙を溜めていて、今にも零れ落ちそうだった。
薄暗い中でも熱を帯びた黄金色の瞳は輝いていて、目を逸らせなくなる。
「……好きだよ」
ひどく甘く優しい声が耳に届き、抗えないほど優しく包み込まれて、甘く優しい口づけが落とされた。
「シェリル……愛してる」
アレク様は蕩けるように嬉しそうに笑うと、また私の唇に包み込むようなキスをした。
目からは涙が一粒、零れ落ちた。
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