29、その心は
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陛下は一通り話し終えたのか、温くなった紅茶を一口飲み、息をはきだした。対する私は動揺を隠せない。
「そんな事件のことは…初めて聞きました…」
「そうだな…大きな事件ではあったが、現宰相で公爵の奥方の事件だ。みな気を使っているのもあるのだろう」
私は呆然と手に持ったままの飲みかけの紅茶の水面を眺める。
私に関心がないと思っていたお父様は…そうではない、と陛下はいうが。長年の親子関係からすぐには信じられないものだった。
記憶がないのは物心つく前だからなのだろうと思って気にしたことがなかった。
頭を整理するためなのか、無意識にぽろっとその気持ちを吐露してしまう。
「…私は、ずっと…お父様は、私に関心がないのだとばかり…」
「…クロードは、いつも君の話ばかりだよ。まぁそもそもあまり喋らないのだが。常にシェリル、君にとって何が1番いいのかを考えている。まぁ、あのとてもいい頭で考えても人間関係には疎いからな…君の様子をみてどういうふうに接してたか想像できる」
「そ、れは…」
「第一、公爵の当主と宰相の兼任で業務量が莫大にもかかわらず、必死に終わらせて必ず邸に毎日帰っているのがその証拠だ。なんでも、寝顔でもいいから一目でも会いたいといっていたな」
「お父様は、毎日、帰ってきていたのですか…?」
お父様に会うのは月に1回あるかないかだったため、城に泊まり込んでいるのだろうと思っていた。しかしつまりは夜遅くに返ってきて朝早くにでていっているということか。
「ああ。それはこの城の中では有名な話だ。理由は知られていないがね。本来であれば公爵の業務はクロードの年齢であれば親の前公爵か、領主代理を立ててするのが通常なのだが…。宰相も公爵も業務はそれぞれ膨大だが、それを1人でこなしている状況だ。私は常日頃から体を壊すんじゃないかと心配していてね。この機会にゆっくり休んでくれるといいのだが…」
陛下はお父様が寝ているベッドのほうに視線を向けていった。
「少し…いや、だいぶ、わかりづらいと思うが。クロードは間違いなく君を愛しているよ。今でもアシュリー…君の母親を愛しているのと同じように。考えてもみなさい。クロードはまだ若い。公爵という立場なら必ず出る話なんだが、後妻を娶るように周囲に言われているはずだ。それでも頑なに娶ろうとしない。それはその証拠だと、私は思っている。他には公爵家の警備も…。外出するときなど、護衛騎士が多くはないか?」
考えてみるもいつも少なくとも5人はいる。その中で魔法騎士も2人は必ずいる。これが常だったため多いか少ないかはわからない。考えたこともなかったが、たしかに多いのかもしれない。
「普通は街に行くくらいなら高位貴族でも護衛騎士は多くて2人と聞く。馬車の襲撃の際に、どこで手に入れたのか魔道具を使う野盗がいたみたいでね。そのとき公爵家の護衛騎士たちは魔法を使える者はいなかったんだ。その当時は、規則により魔法騎士は全員王宮に所属していたからな。それもあり、数も多く押し負けたようだ。だから宰相になったクロードはまずその規則を緩和して公爵家の騎士団にも魔法騎士を常駐させるようにしたんだよ。すべてはシェリル、君のために」
私を守るために宰相になり、公爵にもなったということか。
「ああ、そういえば。クロードは手帳に姿絵を挟んで持ち歩いている。仕事の時も、おそらくそれ以外でも。そしてよくちょっとした時間でもできれば眺めている。多分、事件の時も所持していただろうから、あそこにあるのではないかな」
そういった陛下は人払いしていたこともあり、自らお父様の私物が置いてあると思われるベッド横のサイドテーブルのところまで行き、あったあったと言いながら手帳を持ってきた。
革張りで年季の入った手帳カバーは、昔一度見たことがあるものだった。アスターが来る前、朝食の席に珍しく一緒だった時に胸ポケットにしまっていたのをちらっとみた程度だったが記憶に残っている。
「これを見せたことは内緒にしてくれ。さすがに怒られるかもしれない」
陛下は口元に人差し指をあて、ウィンクしながら私に手帳を手渡した。
それを受け取り、自然と開くところをそのまま開くと、1枚の写真くらいの大きさの姿絵が挟まっていた。
それはお母様が2歳くらいの私を抱いているものだった。端の方は擦り切れてしまっているが、絵自体は綺麗な状態である。
私も初めて見るその絵の中のお母様はとても幸せそうで。私も嬉しそうにお母様にひっついている。
「……」
しばらく無言で絵を見つめていた。だんだんと陛下が言っていたことを頭が理解してきた。
ただ、すぐに信じられるかといわれるとまた違う話で。
まだ、誰かを信じることは怖い。
前世信じていた人たちに裏切られた記憶が濃い私にとっては、とても怖いことだった。
でも今の話が本当なのであれば。
信じたいと思う自分もいる。
そんなとき、陛下が微笑みながら無言でハンカチを差し出し、自身の頬をとんとんっと指でさし示した。
「…え?」
そのまま頬に手をあてると濡れていた。涙が流れていたようだった。それを自覚すると、もうだめだった。それからは私は涙が溢れて止まらなかった。
「っ…!」
──本当はずっと寂しかった。
いきなりお母様はいなくなって。なんでお父様は私に構ってくれないんだろうって。お父様に気にしてほしくて、それで我儘もたくさん言ってみた。でもいつも無表情に眉間にシワが増えるくらいで『好きにしなさい』としか言わないから途中からもう諦めた。
そしてアスターの存在に打ちのめされて。
だから大切な存在は家の外にいて、私に関心はないんだ、と。
どうなろうとかまわない存在なんだろう、と思っていた。
そのときに前世の記憶が蘇って。
そのおかげでなんとか今まで生きてこれたと思う。
小説のシェリルは、多分そのまま荒んでいったのだろう。だから自分より不幸な人たちをみるのが唯一の楽しみだった。いつか、お父様が気にしてくれるのを待っていたのかもしれない。
『好きにしなさい』というのはそのまま。無関心なのではなく、好きなことをしてほしかったから、ということだったのか。
「…もし、信じられないのなら、クロードにいろいろと聞いてみるといい。君にならなんでも答えてくれるだろう」
陛下はそんな私の様子をみて、少し泣きそうな顔で微笑んでいる。
そのとき、うめくような声がベッドのほうから聞こえた。
陛下も私もはっとしたようにそちらを向き、駆け寄った。
お父様は苦悶の顔を浮かべて呻いていた。思わずお父様の手を握りしめて呼びかける。
そのまま見つめていると、次第に桃色の瞳が開いた。
お父様は焦点が合っていない目でぼんやりと私のことをみて、次いで私に握られている自分の左手をみた。
「ここは…。はっ!シェリル!無事か!…うっ」
次第に気絶する前のことを思い出したのか、お父様は飛び起きて私の両肩をつかんだ。しかし寝ていたところからいきなり動いたからか目頭を押さえてうめき声をあげた。
しかし私はその様子で陛下が言っていたことを信じることができると思った。
お父様の目が覚めたことに対してほっとしたことも合わさり、止まりかけていた涙がまた溢れてくる。
「落ち着け。シェリルは無事だ。お前がしっかり守っただろう…」
「ラ、ンドルフ…」
陛下もお父様の目が覚めて安心したのか、呆れながらも笑っていた。
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