24、雨の中の一幕
途中からアレク視線です。
時は少しだけ遡り──
呆然と突っ立っているシェリルを怪訝に思い、父親であるハーディング公爵は爆発元と思われる場所が鎮火していることを確認して様子をみながら近づいていく。
すると先ほどの爆発で黒く煤けた建物の陰からきらりと光るものを視界の端に捉えた。確認のため振り向き見てみると、ナイフを握りしめた黒い外套を被った人物が人々の合間を縫ってシェリルに向かっていく。
しかしシェリルは気づいていない。
公爵は走り出した。先ほど魔力を大幅に使ってしまったため、魔法を使おうとするも焦りもあり不発に終わる。その人物とシェリルとの距離は公爵と変わらない。急ぎ走り、ナイフとシェリルの間に体を滑り込ませ娘のシェリルの体を抱きしめた。
ーーーーーーーーーーーーーー
挨拶の途中で爆発が起き、その爆発によってだいぶ吹き飛ばされてしまった。
瓦礫も飛び散ったのかあちこち傷ができて血は滲んでいるが軽傷なことを確認して、シェリルを探すためにすぐ動いた。おそらく爆発場所が近いことから俺と同じく吹き飛ばされている可能性が高い。
水魔法で消火をしながらシェリル探していると近くにアスターが倒れているのを見つけた。
普段はシェリルを俺から奪おうとする敵であるが、シェリルが大切にしている妹だ。
俺はシェリルが大切にしているものは守ると決めている。
周囲の火がついている箇所には魔法で消火をし、倒れたまま動かないアスターに近づき抱き起こした。気絶はしているようだが大きな怪我はしていないようでホッとする。
シェリルが悲しむかもしれないからな。
「アスター、緊急事態だ。起きろ」
「…んっ、何……?」
頬をペチペチ叩くとすぐに目を覚ましたが、火が上がっているのをみて驚き目を見開いている。
「っ!お姉様は!」
「まだわからない。探していたところお前を見つけた」
「あ、ありがとう、ございます...」
「俺は消火しながらシェリルを探す。お前も手伝え」
「っ!言われなくても!本当、お姉様の前じゃないと偉そうなんだから!」
「事実俺は偉いんだ。仕方がない」
軽口をたたきながらシェリルを探すも、怪我をして動けなくなっている人たちが道を塞いでいた。
周囲を消火したところでアスターが言った。
「……ここは私に任せて先にお姉様のところへ行って下さい」
「…いいのか?」
「…悔しいけど、私では力不足です。ここでも水魔法で冷やすことでの痛みの緩和くらいしかできないけど…お姉様ならこの人たちを見捨てないから。私も見捨てることはしません。…早く行って下さい」
「……わかった」
そのとき、水球が飛んできて怪我をしている人たちにぶつかってきた。
一瞬攻撃かと身構えたが、シェリルの魔力を感じたためあえて受け止めることにした。
体はずぶ濡れになったが先ほどまで怪我をしていたところの痛みがなくなっている。
(練習中と言っていたのはこれだったのか)
即効性に驚きを隠さず、飛んできた方を振り返るとシェリルがいた。
遠目ながらに目が合った気がする。シェリルは目を見開きこちらを見ている。
アスターにこの場を任せてシェリルの元に向かおうとすると、ハーディング公爵がシェリルに向かって走っていくのが見えた。
いつも冷静沈着な宰相である彼が珍しく、焦りを隠せておらずさらに魔法の発動が失敗している。
すると視界に動く影が入ってきた。見てみると黒い外套をきた人物がナイフを持ってシェリルに迫っていることに気づく。
シェリルは茫然と立っていて外套の人物にも周りの騒ぎにも気づいていない様子だ。
少し距離があることと周りに人がいるため魔法での攻撃はできない。
急ぎ走って向かうもハーディング公爵がシェリルに飛び込んでいくほうが早かった。こちらからはどうなっているかは見えない。
外套の男はラニアに取り押さえられている。公爵とともに倒れ込んだシェリルは茫然としていたが咄嗟に魔法を使ったようだ。
やっとシェリルのところまで来ることができた。まずは公爵の容体をみるも外傷はない。顔色が悪いのは魔力枯渇の可能性がある。急ぎ集まってきた騎士に救護を命じて運ばせた。
シェリルも怪我はないようだが、話しかけても何も反応しない。
シェリルは困惑した顔で茫然と公爵の血がついた自分の手を眺めている。
父親が刺されたのだから無理はない。それに日頃から大規模な魔法を使うことのないシェリルが使ったのだから相当な疲労感を感じているはず。動揺が大きいのもあるが頭も回っていないだろう。
次第に雨が降ってきた。シェリルも気づいたのか空を見ている。
雨は嫌いだ。雨の日は前世のあの最悪な日の夢をみる。
シェリルも悪夢を見ると言っていたが、それは自分も同じだった。
先ほどの爆発による炎によって温められた地上の空気が、シェリルやハーディング公爵の魔法によって一気に鎮火され冷やされたことで、雲が出来て雨が降ってきたようだった。
次第にその雨は激しくなっている。
ラニアに取り押さえられた男は今は騎士に拘束されている。不審人物の連行と他に不審人物がいないか捜索することを指示する。
動くことができずにいるシェリルを王宮に連れて行かなければ。シェリルが狙われたのは明白なため保護する必要がある。
不安定な様子を見せるシェリルにずっとついていたいが立場がそれを許さない。
シェリルに一言告げてから事態の収集に動こうと近づいた時、シェリルが口を開いた。
「…アレク様。お願いです…婚約を、破棄してください…」
小さな声で絞り出された言葉は雨音がうるさくてもはっきりと聞こえた。
しかしそれは受け入れることはとてもじゃないができない願いだった。
「…嫌だ」
「もう、嫌なの…振り回されるのは…」
「…振り回される…?」
「もう裏切れらるのは嫌…」
「…俺は絶対に、シェリルを裏切らないし、離れない。婚約も解消しない」
(裏切られるって…まさか…いや、今はそれよりも)
俺は絶対にシェリルを裏切らない。俺から離れようだなんてそんなこと、絶対に許せるはずがない。
何故その言葉が出てきたのか。動揺が大きく先ほど頭によぎった可能性にそこまで頭が回らず、気づけばシェリルの手を強く握っていた。
「は、離して…!」
手を振りほどこうとするが離すわけがない。一層力をこめて手を握り締めて懇願するようにシェリルに縋った。
「シェリー…君を愛してる。愛してるんだ…」
「な、なにを...んっ!」
シェリルの腕を引き、ぎゅっと抱きしめた。なんだかんだと初めて抱きしめた華奢な身体からは、香水をつけていないのに甘い匂いがする。
次第に心臓は早鐘を打ち、シェリルにも聞こえていそうだ。
それでも思うのは前世のこと。
瑠璃が死んでしまったときのこと。
もう死んでしまいたいと何度となく思っていたときのこと。
シェリルを抱きしめながら縋りつき、懇願する。
「もう、俺を1人にしないで...シェリルがいないとダメなんだ...生きていけない...」
前世を思い出し、そのときの感情が蘇ってくる。情けないことに声が震えてしまっていた。
「わ、私は...んっ……」
どこかに閉じ込めてしまおうか──
これ以上、反抗されたら自分が何をするかわからない。ふと浮かんだ考えを振り払うように咄嗟に口を塞いだ。
初めてのキスは柔らかく温かい感触で雨の味がした。
こんな状況なのに嬉しさが込み上げた自分はもうどうしようもないなと思う。
「ずっと俺のそばにいて…」
「アレク、様...」
唇を離し、カッコ悪くても情けなくてもどう思われてもいい。なりふり構わっていられない。
たった一つの願いを口にした。
決して俺から離れないようにさらにきつく抱き締めた。
もし、俺の前からいなくなるというなら──
アレク視点のプロローグの部分でした。
読んでいただきありがとうございます。




