19、カフェから一転
カフェは白で統一された落ち着いたお店で、店内は貴族や、富裕層らしい人たちしかいないようだった。
カフェにはいっても視線はやはり集めるようだった。私たちのことを知っている人もいるだろうが、貸し切りにしていないのでお忍びと認識しているのか、話かけてくる人はいなかった。
「とても素敵なお店ですね。ここは初めて来ました」
「そうだな。落ち着いていて雰囲気もいい」
そんな話をしながら案内された席につくとき、奥からオーナーが飛んできて2階の個室に案内し直された。
王子とばれて気を使われたようだ。気を使わせて申し訳ないとは思いつつ、せっかく案内してもらったので向かい合って腰を下ろす。
横の窓からは賑わっている通りが見下ろせる。
渡されたメニューを開くと、サンドイッチやパスタなどの軽食からデザートまであるようで、アレク様が言っていた苺のタルトは季節のケーキというもので季節ごとに変わる期間限定メニューだそうだ。
2人ともパスタと、食後のケーキセットを頼んだ。もう慣れたはいえ、やはり富裕層向けのお店はそれなりに高い。
貴族はお金を出して経済をまわすことも仕事のうちだと理解はしていてもふと思ってしまうことがある。
パスタを食べ終わり、やがて運ばれてきた苺のタルトはびっくりするほど美味しかった。
ほっぺたが落ちるというのはきっとこういうことを言うのだと、本気で思ったくらいだ。
「美味しい! 苺の甘さが引き立つようにあっさりとしたクリームが絶妙……タルトもサクサク....」
いつも公爵邸で食べているお菓子も美味しいけれど、ここのタルトは別格だった。
感激しながら食べている私を、アレク様は食後のコーヒーを飲みながら嬉しそうに見つめていた。
「そんなに気に入ったのなら良かった」
「はい!とっても美味しいです!」
「こっちのチーズケーキもいるか?はい、アーン」
「え?」
「ほら、口開けて」
「は、い。あー...ん...ん!こちらもとっても美味しいです」
いつからか普通になってしまったあーんで食べさせるあれ。
最初は婚約者はこういうのが普通だとアレク様が言っていたことから始まったが、いまだに疑問である。
それは置いておいてもケーキは美味しいのだが。 餌付けされている気分である。
「それはよかった」とまた嬉しそうに笑って、何事もなく同じフォークでケーキを食べ始めるアレク様を見て、顔に少し熱がこもる。
気にするようになったのはいつからか。前はただの可愛い天使であったのに──
そんなことを考えながらもくもくとケーキを食べる。突然黙った私を気にすることなく、アレク様もケーキを食べる。アレク様との沈黙は苦ではない。
(....このままじゃまずい気がする)
アレク様と想定以上に仲良くなりすぎたのではないか。最近はアレク様が自分の中での存在感を主張するごとに焦燥感が募ってくる。
早く、婚約をどうにかしなければ。後戻りができなくなる。本能的にそう感じとっていた──
食べ終わり、一息ついたところで個室だからいいかと話を切り出した。
「アレク様…先日も話した婚や「シェリー、このあと視察ではないのだが時間を少しいいだろうか」
アレク様が私の言葉に被せて話し出すことなどほとんどないのだが、話を叩き折られた。
驚いてアレク様のほうをみると、真剣な顔をしたアレク様と目が合った。あまりの力強い目力にどぎまぎしてしまう。
「その件に関係したことでもある」
「…わかり、ました…ここではなくて、ということですね?」
「あぁ、少し移動してもいいだろうか」
「はい、わかりました」
微妙な空気感の中、またアレク様にエスコートされて馬車に戻った。
視察はもういいのかと思うが、思いつめたような顔をしているアレク様に聞きづらく、そのまま馬車に乗った。
しばらく馬車に揺られていると、やがて目的地に到着した。
「ここは……」
馬車から降りた私の目の前に広がるのは、湖が見える美しい庭園。ここは王族の土地であるため部外者は普段は立ち入ることのできない場所らしい。
「綺麗な場所ですね」
「そうだろう。……心を落ち着けたいときなんかに、時折来るんだ」
彼は少し遠くを見つめながら、穏やかに言った。
湖の周辺を2人で散策をしているとあっという間に時間がたった。
空が橙色に染まる頃、私たちは広大な庭園に足を踏み入れた。庭園は手入れが行き届いており、色とりどりの花々が咲き乱れている。大きな彫刻や噴水もあり、庭園から奥に広がる湖を見ると夕日の光を受けて輝いている。
すると、アレク様はエスコートしていた腕をすっと外した。
先ほど言っていた話をしてくれるのだと悟り、アレク様の方を向く。
アレク様は真剣な表情を浮かべると口を開いた。
「まず、俺は君に謝罪しなければならない」
「...謝罪、ですか?」
「俺は…シェリル、君との婚約を解消したくない」
「...え?」
「最初、会った時に話したことと相違してしまい、申し訳ない」
「は、話が違うじゃないですか...!!何で...」
アレク様は頭を下げた。いきなりの話に驚くも、動揺を隠せない私に対して頭を上げたアレク様は、先ほどと変わらない真剣な表情で言葉を続けた。
「俺は、君が好きだ」
「え....?」
「もちろん、友情としての好きではない。君を異性として好きだと言っている」
そう告げられた瞬間、心臓が大きく跳ねる。
(...なんで?...いつから?)
アレク様からの好意を感じてはいたものの、親愛の情だと思っていた。
勘違いではないかと思うも、これが親愛の好きではないと真剣な目が訴えてくる。
頭の中は混乱を極めているのに、鼓動が痛いくらいに早くなっていく。
嬉しいと思ってしまうのと同時に、嬉しいと思ってしまった自分にも困惑する。
状況も理解出来ていないのに、自分の気持ちにさらに戸惑う。
「わ、わたくし、は...」
「俺のことを、契約相手の婚約者としてしかみていないのは理解している」
こちらへ近づいて来たアレク様は、思わず後ずさった私の手を掴んだ。掴まれた場所が、ひどく熱い。
熱のこもった黄金色の瞳から、目が逸らせなくなる。
「だが...俺は君が、シェリルが好きだから、婚約解消はしたくない。最初に話してたことを反故にしたことはとても申し訳ないと思ってはいる。許してもらう為に何でもする。シェリルと婚約解消する以外であれば。......どうしてもシェリル、君と一緒にいたいんだ」
一瞬強い風が吹き、視界の端で花びらがふわりと飛んでいった。
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