15、前世の夢
『台風が来てるから今日の会議は延期にしよう。』
部長の予定で急に決まった会議だったが、すぐには終わらない内容なので、台風の関係で明日以降に延期になった。
今はぱらぱら雨が降り出したところだが、今後激しくなり交通機関も止まる可能性もあるらしい。
そういった事情もあり、予定より早く帰宅できそうだ。
今日は19時に恋人の斗真さんが来てご飯を一緒に食べる約束をしていた。妹である紫苑の誕生日と就職祝いをする予定だ。
外食でもいいと話したが、映える料理を作りたいからとのことで主役であるはずの紫苑が作ることになった。
ギリギリになりそうだから、もし時間になっても間に合わなかったら先に食べててと言ってある。
会議が延期になったことで、頑張れば18時には家に着きそうだと家路を急いだ。ご飯を作りを手伝えるかもしれない。
紫苑は5歳年下の妹だ。私が小学校5年生の11歳のときに両親が交通事故で亡くなった。
その後、唯一の親戚で引き取って面倒を見てくれていた祖母も、高校2年生の17歳のときに亡くなってしまった。それからずっと一人で大切に育ててきた妹だ。
家に着いて玄関を開けると、男物の靴があった。斗真さんの靴だ。予定より1時間も早いと思い、そっとダイニングの扉に近づき、耳を澄ます。
『瑠璃にはバレないよな?』
『ふふっバレてないよ。そんなへまするわけないでしょ』
『それならいいけど...紫苑って顔になんでも出るから心配なんだよな...』
『失礼な!それにお姉ちゃん、こういうのは鈍いから大丈夫でしょ!』
『鈍いって...まぁ、それもそうだな。じゃあ瑠璃が帰ってくる前に...』
『んっそうだね。ヤろっか。』
思わずバンッドアを開くと、ソファーで寄り添って座っていた2人はバッと勢いよく振り向いた。
『あ、お、おかえりー...お姉ちゃん..…』
『る、瑠璃、早かったな!お、おかえり!お、お疲れ様!』
2人ともびっくりするくらいの挙動不審な挨拶だった。そんな2人を見て、最近感じていた不信感が確信に変わる。
『...浮気するくらいなら別れてって言ったのに...。しかも相手が紫苑だなんて...』
私の目からはポロポロと涙が溢れてくる。
『な!何で泣いて...!浮気とかなんのこと...』
(この後に及んでシラをきるなんて...)
『ここ最近よく2人でこそこそ内緒話してるし、この間見たのよ、ホテルに2人で入っていくの...』
『ホテル?なんのこと...はっまさか...!』
『お姉ちゃん!違うよ!そんなんじゃなくて!』
2人とも一瞬思い当たることがないとでもいうような顔から、一転して慌てたと思ったら青ざめた。
『もういい。裏切るような人たちなんて...。さようなら』
そのまま家から飛び出した。先ほど帰ってきた時より雨が激しく降っていた。傘も持たずに飛び出したため、着ていたスーツとともに全身がびっしょりと雨水で濡れていく。
親がいなくなってから、何よりも大切にしていた紫苑。
夢を諦めて、でも紫苑には我慢とかしてほしくなくて、一生懸命働いていた。そんな時に支えてくれた斗真さん。
大切だと思ってた。2人のためならなんでも出来ると思ってたくらいに、本当に大切に思ってた。2人がいるから私は生きていけると思ってた。
(でも、2人は違った。2人にとってはただの邪魔者...)
雨の中、全身ずぶ濡れになりながら虚ろな目で行くあてもなく歩く。傘もささずびしょ濡れになった体に容赦なく雨粒がぶつかってくる。
一人前になるまでは私が面倒を見なきゃと、過保護だったかもしれないが紫苑には尽くしてきたつもりだった。
(何がいけなかったのか...私が悪いのか...)
斗真さんには紫苑優先になることは伝えて、その上で誠実に付き合ってきたつもりだった。
(それが不満だったの...?もうわからない...)
瞳からは幾筋ものしずくが流れ落ちる。それが雨なのか涙なのかは定かではない。
ふと気がつくと、昔通学路でよく通ってた公園の近くだった。無意識によく知っているところに来たのか。
『──瑠璃!!』
雨が降りしきる中、雨音にまじって背後からかすかに声が聞こえた。
びくっと身体が一気に強張った。振り返るとびしょ濡れになった斗真さんが、息を切らして走ってくる。
目を見開き後ずさる。頭の中はぐちゃぐちゃで、何も整理なんてできていない。
そんな中で『紫苑を好きになってしまったんだ』なんて本人から告げられるのが怖い。
2人を信じていたのに、裏切られてたと突きつけられるのが怖い。
愛していた2人を心の底から憎んでしまうことが怖い。
『こっちに来ないで!!』
信号をみずに横断歩道に飛び出した。そのときキキーっ!!というブレーキの音とクラクションの音があたりに響き渡る。
『瑠璃!!!』と叫ぶ声が聞こえた瞬間、強烈な痛みが全身を襲い、視界が真っ白になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん…」
シトシトと雨が降っている音がする。
「また......あの夢…」
アレク様と婚約を結んでから、おそらく正確にはアスターとアレク様が出会った婚約披露会から。
雨が降る日は同じ夢をみる。あの日の夢を。
頬にそっと手をふれる。いつも涙を流して目を覚ましていた。案の定また涙を流していたようだ。
前世、恋人と妹の裏切りを目の当たりにし、家を飛び出してトラックにひかれて死んだときのことを。
これは『アスターとアレクシスの邪魔をしてはいけない』という警告なのではないか。この夢を見るたびに思い知らされていた。
私は悪役令嬢で、2人が結ばれるためだけに存在しているのではないかと──
読んでいただきありがとうございます。




