14、囲われる日常
お父様に時間をもらうため、サラを通して執事に取り次ぎを頼んだところ、意外にもすぐに時間を取ってもらえた。
アレクシス様から聞いた縁談の件を確認すると、国外からはまだだが、国内からの婚約の申し込みはすでに届いているらしい。
しかもお茶会以降、急激に増えたのだとか。
なぜかお父様は少しピリピリしている。
――まるで、何かを警戒しているかのようだ。
アレクシス様からの婚約の打診について話すと、「お前がいいのなら」と、このまま話を進めることになった。
一応、公爵家の跡取りの件は大丈夫なのかと確認してみたが問題ないとのこと。
まあ予想通りだ。
私がどうこう心配することではないらしい。
そして翌週には、あっさりと――あまりにもあっけなく、アレクシス様との婚約が成立した。
こんなに早く決まるものなのかと驚いた。
これを機に、専属の侍女がつくことになった。
サラはこれまで通り側にいてくれるが、格式ある場や王宮への登城に同行できるよう、男爵家のラニアが新たに仕えてくれることになった。
この国では基本的に貴族しか王宮に入れないため、それに対応する形だ。
ラニアはこの国では珍しい黒髪に茶色の瞳を持つ、きりっとした美人である。
あまり表情は変わらないが、静かな気品がある。
年齢は十六歳。ときどき気配もなく側に立っていて驚くこともあった。
形だけの婚約のつもりでいたが、成立したその日にアレクシス様から贈り物が届いた。
メッセージカードには『婚約の記念に』とある。
形だけでもこうした贈り物はするものなのだろうかと思いつつ、公的な記録に残るものなのだろうと納得し、丁寧に礼状を送った。
贈られてきたのは、銀の土台にイエローダイヤモンドをあしらった髪飾り。
私の髪色に合わせたのかもしれない。
――あるいは、最初からそう決めていたのか。
石の色はおそらくアレクシス様の髪と瞳の色だろう。
最近王子が定めたという象徴花、鈴蘭の意匠が繊細に施されていた。
――なぜその花なのか、少しだけ気になった。
婚約も整い落ち着いたころ、アレクシス様も魔力鑑定を受けた。
本来は誕生日当日に行うものらしいが、多忙のため遅れての鑑定になったという。
結果は四属性すべて。
現国王でさえ三属性なのに、それを上回る結果に周囲は騒然となった。
「シェリーの婚約者なんだから当然だよ」
とはアレクシス様の言葉だ。
まるで、それ以外あり得ないとでも言うように。
いや、そんなわけはない。
婚約成立から約半年後、婚約披露の会が開かれた。
その間、アレクシス様はずっと私の腰に手を回したままだった。
まだ子供でもエスコートはこういうものなのかと少し驚き、やんわりと「少し離してもいいのでは」と伝えてみたが、「婚約者ならこれが普通だよ」と返されてしまった。
疲れれば離すだろうとそのままにしておいたが――最後まで、その手が離れることはなかった。
その日身につけたドレスも宝飾品も、すべてアレクシス様からの贈り物である。
ネックレス、イヤリング、ティアラのセットで、イエローダイヤモンドが贅沢に使われていた。
桃色のドレスにはレースがふんだんにあしらわれ、王太子の象徴花である鈴蘭が金糸で刺繍されている。
とても豪華な仕立てだった。
自分では少しぼんやりした印象だと思っているので、この色味はさらに柔らかく見えてしまうのではと心配したが、不思議ときれいにまとまっていた。
そして案の定、ヴァネッサに絡まれたが、アレクシス様がきっぱりとやり込めていた。
こうして婚約披露会は無事終了した。
その後、「王太子は婚約者にご執心らしい」という噂が瞬く間に広まったが、まだ九歳で社交界にも出ていない私は知る由もない。
ちなみに、この披露会で小説の主人公アスターとアレクシス様は初めて顔を合わせた。
原作とは違う展開だが、主人公たちの出会いということで、一読者としては少しわくわくしていた。
しかし挨拶と一言二言で終わり、拍子抜けする。
ぜひアスターにはアレクシス様を射止めてほしい。
ただ二人とも笑顔は完璧なのに、目が笑っていないのが、ほんの少しだけ――怖かった。
私には分からないだけで、実はお互いを意識しているのだろうか。
原作でも一目惚れではなかったはずなので、今後に期待である。
さらに王太子妃教育も始まった。
形だけの婚約なのだから不要では、と言ってみたが、周囲に怪しまれないためにも受けてほしいと言われ、それならと承諾した。
内容の多くはすでに履修済みで、シェリル自身の理解も早かったため、今のところ大きく躓くことはない。
王太子妃教育が始まったことで、午後は毎日登城することになり、授業後にはアレクシス様とのお茶会が日課となった。
――断る理由も、機会もなかった。
マナーや教養の授業は午後に集中しているため、午前中は魔法の授業、早めの昼食を済ませてから登城するという生活が続く。
構ってくれなくなったとアスターが拗ねたため、夕食後は一緒にお茶をするようにもなった。
ここまで感情を表に出してくれることが、少し嬉しかった。
また時折、アレクシス様とお忍びで城下へ出向き、視察をすることもあった。
アレクシス様が初めて公爵邸を訪れたときは、アスターも同席するよう声をかけた。
二人の関係を後押しするつもりで、それ以降も三人でお茶をする機会を設けている。
小説の力が働いているのだろうか。
徐々に会話は増えているが、二人の距離が縮まっているようには見えないのが不思議だ。
前世では海外支援活動などに興味はあったものの、自分のことで精一杯で、金銭的にも心身ともに余裕がなかった。
そのため街角の募金活動を横目に通り過ぎてしまっていた負い目がある。
その思いもあり、公爵領内ではあるが慈善事業の一環として孤児院などの施設拡充を少しずつ進めている。
お父様に相談するとすぐに了承が下り、十分な予算も割り振られた。
さすが一国の宰相、仕事が早い。
そんな慌ただしくも充実した日々を過ごしているうちに、気づけば婚約から五年が経とうとしていた。
そのころには、アレクシス様とは「シェリー」「アレク様」と愛称で呼び合うほどになり、当たり前のように、隣にいる距離になっていた。




