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君は群青  作者: 猫ざらし
3/6

3日目 雨と星

 聞き慣れない音で目が覚めた。

 ゴォーとかジャーとか、そんな音。

 地震かと思って飛び起きて、よく見知った自然現象であることに気づく。

「雨だねぇ」

 振り向くと、美月が私の隣で退屈そうに膝を抱えていた。

「お、おはよう」

「おはよう〜」

 猫があくびするみたいな挨拶だった。

「何してたの……?」

「んー、蓮の寝顔見てた。」

「はっ!?」

 飛び起きる私に、美月がくすくすと笑う。

 抗議の声をあげようとしたけれど、口をもぐもぐさせて黙る。自分も夜にこっそり美月の寝顔を盗み見ていたという負い目があった。

「結構降ってるよ」

 美月の声に釣られて、外を見る。

 一面の灰色。黒い画用紙に白い線を無数に引いたように、そこにあるはずの海面が見えないほどの土砂降りだった。

「雲の切れ間もないから、長引くかも。」

「うーん、きょうは一日雨かぁ」

 雨雲を見上げる美月の横顔に、昨晩描いた絵の存在を思い出す。羞恥に、変な声をあげてしまう。

「ぎうっ」

「どうしたの?」

「な、なんでもない!雨早く止んだらいいね。」

「そうだねえ」

 美月に気づかれないように、スカートのポケットをなぞった。昨日、美月が寝ている間に描いた美月の横顔は、今もポケットの一番奥にしまったままだ。

 昨日の私は、なんてものを描いたんだ。もしも美月に見られでもしたら、間違いなく黒歴史だ。想像するだけで、羞恥と絶望で口から火を吹きそうになる。

 よし、破いて海に捨てよう。

「どこ行くの?」

「ちょっと海の様子を見に……」

「えぇ?危ないよ」

 当たり前に美月に止められる。台風の中の田んぼの様子を見に行くくらい、当たり前に危険な行動だった。

 だけど、私の黒歴史を速やかに破棄する意外にも、外に出なければならない理由がある。

「雨、いつ止むのかわからないし。食料探さないと。」

「それなら私も行く。」

「美月は…………」

 食料探しくらい、一人でも十分だ。外は雨だし、濡れちゃうし。一人の方が、自由に動けるし。

 美月はここで待っていてと、普段の私だったら、迷わずそう言うところだった。

 だけど、踏みとどまる。

 心に結ばれている鎖が、元いた場所から離れようとして、ピンと伸びているような。そんな、私だけの緊張。

 私一人でできること。美月と二人ならできること。二つを乗せた天秤の傾きが、少しずつ、角度を変える。

「……美月も、くる?」

 自分の在り方というものが、変わった感覚はない。ただ、足首に結ばれた美月のネクタイと、ポケットの奥に隠した紙切れが、私を違う場所へ運ぼうとしているようだった。

「もちろん!」

 美月が、毛先を跳ねさせて笑った。名前を呼ばれた犬のような、屈託のなさ。その変わらない表情に、心が安らぐ。

 他人に対して安心感を覚えるというのは、不思議な感覚だった。



* * *



「雨の中をさ、傘ささないで歩くのって、なんか罪悪感ない?」

「少しだけ、分かるかも」

「不思議だよね、別に悪いことしてるわけじゃないのに」

 雨粒に打たれる浜辺を、美月と二人で歩く。

 雨の海は空と同じ、濁ったようなねずみ色で。普段の透き通った陽気な様相とは、全くの別世界だった。

「……雨の日の海、初めて見た気がする。」

「わかる。晴れてないとまじまじ見ないっていうか。空か海か、区別つかないもんね」

 時折白波を立てる海は、近づけばこちらまで飲み込まれてしまいそうな、そんな不安を覚える。

「波もあるし、魚も貝も採れなさそう。野草集めよっか。」

「森に入るの?暗いし危ないよ。もう少し落ち着いてからにしない?」

 確かに美月の言う通りで、太陽は分厚い雲に覆われたまま。森の中は薄暗い。

 そして追い打ちをかけるように、雨足が一層強くなった。

「わ、雨強くなってきた!蓮、戻ろう!」

 雨音に、美月の声が遠い。少しでも目を開くと、瞼の隙間から雨粒が打ちつける。滝の中に閉じ込められたようだ。

「蓮、大丈夫ー?」

「美月っ」

 美月の姿が見えない。声のする方向がわからなくって、彷徨う。この方向で合っているのだろうか。拭っても拭っても、視界が雨に侵される。

「蓮ー!」

 美月の声が、離れていく。そんな気がして、追いつこうと早歩きになる。焦りと不安が、嵩を増す。こっちで合っているだろうか。雨に打たれる自分の足元しか見えなかった。

「蓮!!!」

 掴まれたのは、背後からだった。思ったより、私は歩き回っていたらしい。

「蓮、大丈夫?」

「う、うん」

 自然の流れで、美月に腕を引かれる。繋ぐ、と言った方が正しいかもしれない。手のひらに感じる確かな美月の存在に、縮みあがっていた心が柔らかく、解けていく。

「洞窟、戻ろっか。」

「…………うん。」

 雨足が緩む。それでも、美月の手は繋がれたままだった。

「釣りも出来なさそうだね、波あるし。」

「うん。」

「お腹すいた?」

「……ううん、大丈夫。」

 特別お腹が空いているわけじゃない。だけど、何も食料がないことが、堪らなく不安だった。

 雨はいつ止むのだろうか。本当にいつか、止むのだろうか。もしこのまま止まなければ、私たちはどうなってしまうんだろう。

 ここが無人島であることを、忘れたことはない。だけど、ずっと心のどこかで、何とかなるだろうと思っていた。

 初めて「死」の輪郭に触れたような気がして、霧のような不安が込み上げる。

 美月の手のひらを、縋るように握る。

 私の先を歩く美月の力は、一定のままで。

「雨が止むまで待とっか。きっとすぐ止むよ。」

 腕を引く美月に、思う。

 私は美月のように、雨雲すらも軽やかに飛び越えてはいけないのだと。



* * *



 洞窟に戻っても、食料のない不安は拭えないままだった。

 雨は緩急を繰り返しながら、私たちを閉じ込めるように降り続いている。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。暗雲を睨む。太陽が隠れているせいで、今が昼なのか夕方なのかも分からなかった。

「どうしよう。」

 ずっと雨が降り続けるのだとしたら、何とかして波打つ海から、貝や魚を入手する必要がある。もちろん、それには危険が伴うわけで。

 だけど、水だけで人間が生きていけるのは、せいぜい数日間だ。

「どうしよっかねぇ」

 美月は相変わらずの調子で、帰り道に拾ったらしい長い木の枝を弄んでいる。その周りには、海辺で拾った綺麗な貝殻に、日傘代わりの大きな葉っぱ。美月コレクションとでも言うべきか。

「そうだ!せっかくの雨だしお風呂入ろうよ!お風呂!」

「そんなことしてる場合じゃないよ。いつ雨が止むかもわからないんだから、体力は温存しないと」

「じっとしてても体力は消耗しちゃうよ。何をしてても止むときは止むし、止まないときは止まないんだから」

 これまで進んできた道を、咎められているような気がした。何をそんなに一生懸命になってるのって。

「もっと、生きることに必死になってよ!」

 口から出た言葉は、思ったよりも刺々しいものだった。そのざらりとした不快な感触に、自分の中にあった怒りというものに、初めて気づく。

「お風呂なんて、つくってる場合じゃないよ!」

 苦い記憶が、連鎖するように蘇る。

 ――どうして絵ばっかり描いてるの。お金にもならないのに、そんな一生懸命になって。友達できないよ。

 そう、後ろ指を指された。苦々しい記憶。

 美月がそんなことを言ったわけじゃない。だけど、勝手に重ねてしまうのだ。教室の真ん中で、価値のものさしを一方的に決める。私の泳げない世界を、悠々と泳いでしまう。そんな彼女たちに。

 わかってる。これは被害妄想で、八つ当たりだ。

 だけど一度飛び出してしまった思いは、脳の制止も聞かずに、加速する一方だった。

 美月の伸びやかな声が、私の歪な心を一層締め付ける。

「せっかくだし、もっと楽しもうよ。初めての無人島生活だよ?修学旅行よりいいじゃん!」

「いい訳ないじゃん!なんでそんなに悠長なこと言っていられるの?」

「のんびりしてるわけじゃないよ。だけど、焦っても雨は止まないし。」

 美月の言葉は、どうしてかいつも、私の心をざわつかせる。息苦しくなる。

 この島に着いたときは、わたしがいなきゃ何もできなかったくせに。いつも誰かとつるんで、一人じゃ生きられないくせに。

 生々しい叫びが反復する。反復する度に反響して、体に熱気を送り込んだ。頭の後ろがジリジリと鳴る。

「一人じゃ何も、できないくせに!」

 それは、自分に向けての白刃だった。

 

 雨の中を、飛び出した。

 美月の呼び止める声はなかった。そのことに落胆している自分に気づく。底のない偏屈さに、消えてなくなりたいと願う。

 眼下には、雨に白波を立てた海面が、黒々と照っていた。

 やっと一人になれた。見渡す限り、誰もいない島。正真正銘の一人ぼっち。気を使う相手もいなければ、私を咎める人間も、私の情念を逆撫でする声もない。

 それなのに、心は晴れない。晴れないどころか、苦しい。息の仕方すら忘れたような痛みが、両胸の真ん中で、ここにあるものを主張する。

 鼻の奥がつんと痺れて、頬が温かく濡れた。それはあっという間に雨に溶けて。その側から次から次へと、新しい感情が絶え間なく溢れる。

「うわあああああぁぁ」

 砂浜を蹴って、海に叫ぶ。全身がバラバラになってしまえと、叫んでいた。

 なぜこうも、自分は失敗ばかりなんだろう。みんなと同じように、容易く生きられないのだろう。

 ただ、怖かったのだ。誰かと関わり合って、幻滅されることが。一度関わりを持ったら、一人になるのが怖くなってしまうから。

 一人で生きられないのは、私の方だ。

 そう分かっていたから、三日間苦しかった。

 もっと知りたいと、思ってしまったから。私は竹木美月という人間に、惹かれてしまっていたのだ。そして同時に、どんなに憧れていても、この島を出ればまた手の届かない所へ行ってしまうと、分かっていたから。

 美月を繋げておけるものなんて、私は持ち得ていないのだ。

 苦しくて、痛くて、何度も叫ぶ。破けた穴から、空気が抜けていくようだった。私は、巨大な風船だったのだ。嫉妬や憧憬で混濁した空気の詰まった、巨大な風船。

 砂浜に膝をつく。涙は枯れていた。

「………………お腹すいた。」

 溜め込んだものを吐き出したあとに残ったのは、疲労と空腹。人間とは、あまりに単純なものだった。

 どんな顔をして、美月の元に戻ればいいのだろう。いっそ、別の穴蔵を見つけるか。いや、無人島で別々に生活するなんて、どう考えても気まずいだろう。

 人と喧嘩をしたのは初めてだった。だから仲直りの仕方なんて、私に分かるはずもなくって。

 こんな時ですら、美月がいてくれたらと思ってしまう。こんな時だからこそなのかもしれない。

「お風呂、わいたよ。」

 頭上の雨が止んだ。

 声に、顔をあげる。雨を止ませたのは、差し出された大きな葉っぱの傘。

 毎晩盗み見ていた横顔は、今は私の方を向いていて。

「一緒に帰ろ?」

 込み上げる熱いものもまた、初めてのものだった。



* * *

 


 かくして、私の激情は四方に爆散したわけである。

 だけど、その一番の被害者である美月は、何事もなかったかのようにドラム缶風呂の湯加減を調整している。

 まずは美月に謝らないと。そう思っていた私は完全にタイミングを逃して、柱のように洞窟の隅に立っていた。

「家のお風呂って何度くらいだった?」

「四十度くらい、かな」

「ふんふん。松門家は結構ぬるめですね」

「……竹木家は?」

「うちは四十三度。一番風呂はあつすぎて真っ赤になるんだよね。」

 焚き火とドラム缶の位置を調整して、湯の温度を変えているらしい。器用なことするなぁと眺めていたら、「できたよ」と呼ばれた。

「作ったの美月だし、先いいよ。」

「何言ってるの、一緒に入るに決まってるじゃん」

「一緒に入るの!?」

 ドラム缶風呂を見る。直径一メートルもない。いやいや。いやいやいや。

「さすがに、狭くない?」

「だいじょーぶだって。女子高生二人なんて、よゆーよゆー」

 サイズだけの問題ではない。お風呂に入るということはつまり、服を脱ぐということだ。試しに服を着たまま入ろうとしてみたら、当然美月に怒られた。

「ははん。さては蓮、私に裸を見せるのが恥ずかしいんだ」

「そう言う美月は恥ずかしくないの?」

「それはもちろん……いや、改めて意識するとなんか恥ずかしいな」

 急にもじもじしだす美月。何も考えていなかったのか。

「でも一緒に入ろうよ。せっかくだしさ!」

 この無人島生活も、あと何日で終わってしまうかわからない。だからもっと楽しもうよと、美月はそう言いたいのだろう。まるで、この島から脱出したくないみたいじゃないか。

 だけど、美月の言いたいことが、今は少しだけ分かる。

「いいよ、一緒に入ろう」

 私も、美月と過ごすこの数日間が、人生でかけがえのないものになると。そんな予感がしていたから。




 案の定、二人で入ったドラム缶はぎゅうぎゅうだった。お湯に触れているところよりも、美月に触れているところの方が多いように感じる。

「体勢、逆の方がいいと思うんだけど……」

「えぇ、だって蓮の方が背低いじゃん」

 二人横に並んで入るようなスペースはないので、自然と美月に後ろから抱きしめられているような構図だ。

 想像以上の密着に、色んなところが気になって、でも気にし始めるとのぼせてしまいそうで、脳が情報を遮断すべく奔走していた。

「はぁ〜やっぱり風呂はいいねぇ」

 頷いて、肯定の意を示す。

 興奮して発散して、乾き果てていた心に、お湯が溶けていく。手足の先から、力を抜いてみる。より一層染み渡っていくような気がした。

「雨の日限定のドラム缶風呂、なかなか趣あるね」

「うん」

 夏のせいか、湯気はたちのぼっていないけれど、雨音と波音の重なりに耳を傾けながらお湯に浸かるのは、なんとも言えない開放感があった。

「蓮はさ、」

 美月の左手が、私の左手を掬った。水面で遊ぶように、私の指の間を美月の指が埋める。

「責任感強いよね。一人っ子っぽいって言うか。長女って感じはしないしなぁ」

 美月の細長い指は、先端まで美月の純真さで満たされていて、触れるのが勿体無い。なのに美月は構うことなく、強引に指を絡ませてくる。

「一人っ子だよ。」

 私はされるがまま、せめて意識だけでも別の方向に向けるしかなかった。

 もう片方の手も取られれば、本当に後ろから抱きしめられてしまう。そんなこと、美月は考えていないのだろうけど。いないからこそ、ややこしいこともあるわけで。

 とにかく、今の私の心は爆発寸前なのであった。

「み、美月は?兄弟とか、いる?」

「妹がいるかなぁ」

「美月に妹……少し意外かも」

「あはは。だよねぇ、わたしも意外」

 どんな妹なんだろう。気になったけれど、これ以上踏み込むためには、許可のようなものが必要な気がした。

「まぁ竹木家も色々あるわけよ」

 何もわからなかったけど、わかったように頷いておく。

 私の家は、色々あるだろうか。お母さんとの仲は悪くはない。お父さんとは殆ど話さないけど、それなりに感謝はしているし。これといって、話すようなことも見当たらなかった。

 心地の良い沈黙に身を委ねていると、美月が口を開く。

「無人島ってさ、大変だけど学校よりもいいよね。好きな時間に起きれるし、どんなに叫んでも怒られないし」

「叫ぶ?」

「叫びたいときない?」

 ないわけではない。

「美月がそんなこと言うの、意外かも。」

 私が叫びたくなるときは、大抵さっきみたいな自己嫌悪に襲われたときだから。複雑なものを全て手放したように軽やかに生きる美月が、そんな歪なものを抱く瞬間は、想像がつかなかった。

「そう?もっと寝かせろーとかさ。叫びたくなるような不満はたくさんあるよ」

 美月が、私の肩に顎を乗せる。くすぐったい。火照った肌が冷める間がない。

「あのさ、美月」

 ドラム缶の、僅かな水面を見る。

 その奥では、美月に握られた自分の手が、されるがまま、お湯に浮いていた。

 このまま、流されてしまおうか。そう思ったけれど、やっぱりだめだ。踏みとどまる。

「……さっきはひどいこと言って、ごめん」

 密着する鼓動が早まる。自分のものか、美月のものか。その境界は曖昧だけど、きっと早い方が私だ。

 美月の返答を待つ。その間に、不安になる。もう終わった話をなぜ蒸し返すんだと。そう思われただろうか。

 だけど、言わずにはいられなかった。無かったことにはできなかった。

 言葉は、会話するためにあるのだ。海に向かって、一人叫ぶためじゃない。二人でいるということは、そういうことだと思ったから。

「いいよ……許す」

 美月の声に、普段のような盛り上がりはなかった。だけどご機嫌な。そんな不思議な声だった。

「あ、雨止んだ」

 呟く。いつの間にか洞窟の外の雨音は止まって、雲間から薄い夜空が顔を覗かせている。

 星はまだ、霞むほど遠い。だけど確かに、そこにある。

「星見風呂になったね。なかなか風流ではないか〜」

 おどけた美月の声は、もとの調子に戻っていた。だけど、繋いだ指先はそのまま。背中に感じる温度差のない体温が、私というものの輪郭を、明瞭に描きだす。

 二人の方が、居心地の良いこともある。衝突と叫びと涙を経て辿り着いた、悟りのような感覚だった。五感の他に、新しい感覚器官が芽生えたみたいに。

 目の前にずっとあったものが、より新鮮に胸を打った。

 湯気に漂う、美月の香り。触れる肌。

 二人だからじゃない。美月だからだ。

「漂流したのが、蓮とでよかった」

 いつか聞いた気がする美月の言葉が、違った味わいのようなものを伴って、私の芯を柔らかくしていく。

 私は美月に、なにができるんだろうか。

 わからないけれど、ただ一つ。

 私には、美月を無事にこの無人島から脱出させる責任がある。

 ご機嫌に鼻歌を歌う美月と、微細な月の光に挟まれながら。背中に感じる温かな鼓動に、自分の鼓動を重ねた。



* * *


 

 長い一日だった。

 きょうも美月は、私の方を向いてすやすやと眠っている。洞窟だし、寝心地がいいとは言えないのだけど、どこでも寝られるタイプらしい。

 眠っているときの美月は、昼間のような強い光はなく、さながら月のお姫様のようだ。そう考えて、自分で恥ずかしくなる。

 まつ毛一本一本を数えるように、その寝顔をメモ帳に丁寧にスケッチする。

 無人島に来て、何度も自分という存在を見つめ直した。その間、美月は何を考えていたのだろう。私のように、何かに囚われたり、頭を悩ませたりしたのだろうか。


 美月について、知らないことばかりだ。

 

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