海のミミズ
朗読台本 7分
1000文字小説
金魚は海で生きられるだろうか。
こぽこぽと口から空気を出して考える。
あどけない歳の少年は私が入った小鉢をもって波打ち際まで来ていた。
大きく揺れる波と遠くに見える水平線が私に恐れを抱かせた。
「お世話できなくてごめん。」
少年は私に言う。
鹿が闊歩する街から電車で一緒にここまで来た彼は難しい顔をして、水の中に足を進める。
周りには人気なく誰も止める人が居ない。
「僕……、僕がもしかして賢かったらお母さんを説得できたのかな。」
「強かったら話を聞いてくれたかな。」
「もっと先のことが考えられたら、金魚すくいなんてしなかったのかな。」
彼は小鉢ごと私を水の中に沈めた。
「でも……僕はあんまり後悔していないんだ。金魚すくい楽しかったし。間違いだってたくさんしたし……これも間違いかもしれないけど。」
「先を知るには僕は子ども過ぎる。」
小鉢の中に入ってきた水に大慌てで彼の言葉を聞けなかった。
「だからね、祈るよ。これは間違いなんかじゃない。」
私はこぽこぽと口から空気を出して言った。
「(さようなら。海では生きられないけど、生きられるかもしれないわ。そう望んでくれるのなら。)」
するっと小鉢から出て泳いだ。冷たい水の暗い方へ。
「海もなかなか悪くないわね。」
本当に生きていけるのかもしれないと、するする泳いでいるとコンクリートの壁が目の前に合った。
「あぁ。ビックリした。コンクリートじゃない。」
「コンクリートを知らないの?」
海のミミズが話しかけてきた。
「こんにちは、海のミミズさん。もちろん知っているわよ。」
私は丁寧にあいさつした。
「あなたはだあれ?」
海のミミズが無邪気にたずねた。
「私は……金魚よ。あなたのやさしいお友達。」
私は嘯いた。
それから、私と海のミミズは只管におしゃべりをした。
力尽きて私がひっくり返ってしまっても、海のミミズは捕まえてくれてずっと一緒だった。
「さようなら。私のやさしいお友達。」
私はこぽこぽと口を動かして言った。
「私はここにいますよ。素敵な金魚さん。」
海のミミズはやさしく静かに言った。
翌日、海のミミズは死んでしまった金魚のエラをそっと食べた。
この話は飼育放棄を薦めるものではありません。
生き物は最後まで飼いましょう。
コンクリートが何であるか金魚が知っていると言うことは、海のミミズが何であるかも金魚は知っているということを読んで頂けたらなと思います。
頂いたお題↓
1000文字以内、海、ミミズ、奈良鹿、コンクリート、少年少女、金魚