閑話“淫蕩”
意識がない財前は、“もや”の手足がなくなっていた。
小さくなったその身体に誰もが衝撃を受けながら、
必死に壁の穴へ向かって走る。
「モンスターはいない!
今のうちに、二人を外へ出せ!」
「待ってくれ!」
財前と黒川を抱えた一行に、突然声がかけられる。
かなり遠くに見えるが、
バイコーンの群れに残って時間稼ぎしていたハンターたちが一行に向かって走って来た。
一行は立ち止まり、ハンターたちと合流した。
「無事か?」
「三人やられた。
バイコーンは全滅させた。
財前さんの身柄をこっちに。」
突然の要求に戸惑う一行を無視して、
ハンターたちは財前の左頬をひっぱたく。
混乱する一行。
「起きてください!
財前さん!
まだ終わってない!」
財前は眉間にシワを寄せ、
“もや”まみれの顔を上げた。
「……やぁ。
今のは痛かったよ。」
「財前さん!
櫻葉さんが呼んでます!」
その一言で、財前は目を開いた。
財前の身体から“もや”が吹き出し、手足が構築される。
財前をおぶっていたハンターが、
彼をゆっくり降ろした。
「ありがとう。
呼ばれたなら、行かなくちゃ。
彼になんでもする、って言っちゃったしね。
彼も底辺動画配信者みたいなことさせる、って
言ってたしね。」
ざわっ、と財前を囲んでいたハンターたちが動揺した。
「……財前さん、それ。
まずいやつでは?」
「あっはっはっはっ。
何するんだろ。
もー、怖くて怖くて。
寝室でメンストコーラとかで勘弁してくれないかな。」
ひとしきり笑って、
財前が他のハンターに向き直った。
「でも、彼はね。
今までも、これも。
彼は闘いに勝利はしても、何も成せてない。
巻き込まれて、闘って、生き延びる。
けど、何も得られず。
周囲から勝手な期待や、恐怖や、妬みをかけられ。
でも、何も言わない。
こんなの、勝利と呼べないよ、本来ね。」
「まだ学生だよ? 高校生だよ?
俺はヒーローだ!、くらい言えばいいのに。
何も言わない。
何が欲しいか聞いても、
ダンジョンに潜りたい、だって。」
「今回のも、
報酬は僕がなんでもする、それだけ。
多分、いや、
絶対僕の身体を解剖するんだろうけど。
それは、彼の所の研究者たちが望むからだ。
彼自身の望みじゃない。」
「彼の本当の望みは、“解放”だよ。
何にも縛られることなく、己の全てを解き放ち。
仲間とダンジョンを駆け回り、モンスターを屠る。
それが、彼の心からの望み。
この世界は、彼には狭すぎるんだ。
今の状況は、彼の望みじゃない。
彼は理性のある戦闘狂だからね。
今彼は理性的に対応してる。
彼のすべてを“解放”した、戦闘ではない。」
「今まさに日本政府も、
世間も彼にとっては邪魔で仕方ないだろう。
足手まといどころか、
戦闘を阻害してると言っていい。
僕なんか、特に邪魔だ。
こんなところに、病み上がりの身体を押してまで、
無理矢理連れてきてしまった。
僕がクランの仲間たちを救いたいと、願ったために。
無理矢理ね。」
「責任とらなきゃ。
僕は大人だから。
ホントに、ホントに大人なら、
僕だけで責任をとるべきだけど。
僕は弱いから。
だから、皆に助けて欲しい。
さっき言った通り、僕の手足になって欲しい。
命がけだけど、君たちも僕が守るから。
少しは安全だと思うよ。」
“大和桜”のハンターも、
大阪に住んでいたハンターも、
“防人”のハンターも財前の声に惹かれていく。
今から決戦へ向かうヒーローの後ろにいるような。
自分がモブだと自覚していても、
死ぬだろうと分かってしまっていても。
目の前の人に憧れてしまった。
正常な判断は蕩けて、ピザのチーズのようになる。
皆、それを自覚したまま、声を上げた。
「もちろんです!」
「行きましょう!」
「俺も連れてってください!」
「私も闘えます!」
「俺がアンタを守るよ!」
財前は目をつむり、静かに笑った。
「ありがとう。
今から作戦を説明するよ。」




