第82話 黒雲
大きな天井の穴は、
地上に繋がっているようだ。
吸血鬼は柱に写し出された老人を睨んだままだ。
老人は、吸血鬼に悪態をぶつけ続けている。
「こちら、藤堂。
駐屯地の外にはモンスターはいないが、
よそは大混乱みたいだ。
“魔法使い”たちが一斉にモンスターになって暴れてるらしい。
いつでも出れるんだが、
どこへいけばいいか分からん。」
「こちら、櫻葉。
無線機が遠いが、聞こえるか?
ボスっぽいのを殴ればいい。
俺も向かうから、藤堂もついてきてくれ。」
俺が手招きをすると、
おじさんとタカミさんがガーネットたちと一緒に近寄ってきた。
「外へ出るんだね。
涼治君、実は私絶叫マシン苦手なんだよ。
ゆっくりいける?」
「わたしぁ、腰がな。
速くてもいいが、揺れるのは勘弁だ。」
おじさんとタカミさんはそう言って笑う。
仕方がないので、
二人はガーネットに“浮遊”の魔法で地上にあげて貰う。
「まっ!
たすけ……!」
“富岳”隊員だろうか、俺の足元に這いずって来た。
左目元が泡立った顔をよく見ると、
あのとき留置所で会った副隊長だ。
「試してみるか。」
俺はそう言って、
ガーネットから一枚の紙を受け取った。
俺は無造作にそれを副隊長に押し付ける。
「……なにも起きないな。」
「人間が相手でも契約は成立します。
成立しない場合は、相手が自我のない無機物か。
先に“従魔契約”を誰かと結んでいるか、です。」
俺のやっていることを見て、困惑する副隊長。
「血液に混ぜたモンスター全部と契約してるのか?」
「猿の魔王のように、
“分身”など身体を分け与えた場合はひとつのモンスターとです。
数百万となると、そちらの方が現実的ですね。」
そうなると、
“従魔契約”では抑えられないか。
「そこのレインコートの人は制御できてるみたいだけど。
基本的には無理よ。
大元のモンスターが死ねば助かるかもだけどね。
私と私たちでも、
この契約には手出しできない。
“賢者”も無理よ。」
「じゃ、彼女に聞いてみるか。
失礼、少し聞いてもいいか?」
俺はそう言ってレインコートの女性に近寄る。
両手は頭より上にあげて、
手を開いて攻撃の意思はないことを表現する。
すると、
彼女はフードを被り直してこちらを向いた。
「この“魔法使い”をなんとかモンスターにならないようにできるか?」
「むひ。
ししゅしゅしひたら、
おわり。」
手術したら終わり、か。
「ひょれより、
あいひゅのひばひょ、わかる?」
「ん?
わかるよ。
今からそこへ向かうから、着いてくるか?」
俺は戦力確保にもなると思い、彼女を誘ってみた。
「アルジ様、ナンパは後にしましょう。
せめて、ガーネット様と致してからとか。」
「いいことを言いましたね、ネル。
喜ばしい成長です。」
ガーネットとネルが俺の両脇に飛んできて、
左右から抱きつきながら言う。
二人は姿を隠してるのだが、
吸血鬼は何となく彼女らを目でおっている。
「ひょこひ、ひふの?」
「音で追ってる訳じゃないですね。
見えてますね。
スキルでしょうか?
それとも、体質?」
「ガーネット、今はいい。
研究所のみんなは何か案があるか?」
俺はおじさんが上に上がるときに落とした松葉杖を拾いながら言う。
「例の自然治癒を助ける手術なら、
なんとか変身を抑えることができそうです。
でも、変態してしまった箇所は戻らず、
固定されるとおもわれます。
下手をすると、
痛みや苦しさも固定されるかも知れません。」
緒方さんの声だ。
あの“血清”か。
「今から数を用意するのは容易いっス。
でも、変身してないのは、
せいぜいその施設にいた人たちくらいっス。
他はもう無理だと思うっス。」
「これ以上敵を増やしたくない。
ここのやつらだけでも施術できるか?」
「瓦礫の下敷きになってなければ、
すぐできるっス。」
辺りを見回したが、
瓦礫の大きいものは俺が殴り砕いていた。
小さいのに当たって怪我をした人はいるが、
重傷ではなさそうに見える。
「ついでに怪我人の手当ても頼む。」
無線機から沢山のハンドクラップが聞こえた。
もう、これがうちの研究所のサインなのか。
俺はいつの間にか映像が消えている柱を見た。
よく見ると小さな穴が空いていて、
そこにレンズのようなものが見える。
あれで映像を映写してたのか?
「“賢者”さん。」
“はい。
アルジ様の予想通り、
映像は田園調布の辺りから送られています。
ここからはそれなりの距離がありますが、
アルジ様が走ればすぐに到着できます。”
やっぱりか。
何となく予想していた。
“田園調布ダンジョン”。
国がずっと見張っていた。
容易に人が近づけない。
日本で隠れるなら、あそこが一番安全だろう。
近寄れるのは政府関係者と、死刑囚。
AHOの元隊員だ。
たぶん、元AHOたちは被検体として、
“魔法使い”の実験台にされているだろう。
または、協力者として老人が雇いあげているか。
俺はガーネットとネルに声をかけて、
“触手”のスーツに取り込む。
いつものように、
ガーネットは俺の頭に肩車している。
ネルは腹部に抱きついている。
ネル、前向いて。
ガーネット、胸を押し付けるのやめて。
「ふわぁったひ?」
「合体と言うのか、同伴と言うのか。
まぁ、怪我した身体を動かすのを手伝ってくれるんだ。」
吸血鬼が驚きながら質問してきた。
本当に敵意はなさそうだ。
「あのジジイをなんて呼べばいいのか。
あれと契約したモンスターを討伐すれば、
“魔法使い”たちの騒ぎは収まるはず。
私と私たちも全力を出せるから、
急いでいきましょう。」
ミタニさんはそう言って、
姿を消してネルのところへ戻った。
吸血鬼の顔は見えないが、さらに驚く。
「よひん?」
「正確に言うともっといる。
研究所の皆も手伝ってくれるしな。」
俺は吸血鬼に向き直り、
もう一度言う。
「どうする?
一緒に来るか?」
「ひく。
あひひゅは、こほす。」
彼女の顔は見えない。
だが、殺意は伝わってくる。
いい戦力だ。
敵対するのは惜しい。
足元で転がっている“魔法使い”より、
はるかに良い人材だ。
俺はガーネットが魔法で取り出したアシストスーツを“触手”に取り込んだ。
「脚力に自信はあるか?」
「あふ。」
問題ないらしい。
俺は天井の穴へ向かって跳び上がった。




