閑話“道化”
時間は少しさかのぼる。
テレビとネットで放映される特番に、
櫻葉たちが出演する。
どうしても見たい、と
言われたので彼女はモニタを抱えて部屋に入った。
その部屋はベッドもなにもなく、
床に座り込む黒川が笑顔で出迎える。
「ごめんね、安西さん。」
「いいんですよ。
これくらい、なんてことありませんから。」
安西も笑顔で返す。
黒川の顔は目元に深いくまができており、
少しやつれている。
それでも、彼女は笑顔は絶やさない。
黒川はあの後、
安西の家に逃げ込んだ。
正気を取り戻した黒川が頼れるのは“大和桜”の仲間だけだった。
今は“大和桜”のメンバーが持ち回りで安西の家に来て、
黒川の面倒を見ている。
「黒川さん、やっぱり眠れませんか?」
「ダメ。絶対ダメ。
寝たら、“アイツ”がくる。」
黒川は怯えながら、そう言った。
彼女は今不眠症を患っているが、
眠くない、眠れない訳ではない。
眠ると、暴れだすから眠れない。
安西の家に着てすぐ、
安西がなんとか黒川を休めようと鎮静剤を飲み物にもった。
眠った黒川を見て安心したのもつかの間。
安西がお手洗いへ行って戻ったときには、
黒川の部屋の床に大量の宝石が敷き詰められていた。
足の踏み場もない。
目が痛いほどの宝石の数々。
その真ん中に、黒川は眠っていた。
「“アイツ”かやった。」
目が覚めた黒川は、開口一番そう言った。
安西は櫻葉の研究所で“留置所にいた黒川”の動画を見せて貰っている。
それで彼女は気づいた。
今黒川のなかに、化物がいることを。
それから何度か黒川は寝落ちてしまった。
その度部屋には何かが増えていった。
札束、宝石、美術品。
そして、血のベッタリ付いたナイフやバット。
だが、いくら調べてもニュースにあがらない。
希望的観測をして死人が出ていないとしても、
何もなさすぎる。
“大和桜”のネットワークを使って安西は仲間と調べあげたが、
被害届すら出ていない。
もうしばらくしてわかったのは、
犯罪行為をして稼いでいたハンターたちが次々と消息を絶っている噂だった。
皆、そいつらが金をもって国外に逃げたものと思っている。
だが、噂を聞けば聞くほど、
いなくなったハンターの収集物と黒川が眠っている間に持ってきたものが一致する。
「よく覚えない。
でも、“アイツ”は笑ってるの。」
黒川がひとたび“スキル”を使うと、
誰にも追いかけることはできない。
櫻葉も彼女を目で追うことはできるが、
走っている最中を捕らえることはできていない。
黒川の部屋に置かれたものは、
その都度“大和桜”が回収して保管庫へ入れている。
持ち主がいたら問題なので、
誰もそれらに手は着けていない。
保管庫は今、
アニメや映画でしか見たことがない宝物庫の様相になりつつある。
「地上波と別で、
あの櫻葉さんの研究所からも生放送されるみたいです。
どっちにします?」
「じゃぁ、研究所の方かな。
あっちなら、規制とかかからないし。」
安西は壁にモニタを立て掛けて、
手早く準備した。
写し出された映像は、
誰かの持ち物からの映像だった。
見えるのはあわてふためくスーツ姿の男性たちだけ。
「これ、たぶん櫻葉さんの松葉杖かどこかにカメラが仕込んであるんだよ。
服とかだと絵がもっと揺れるけど、
あんまり揺れないから脇にはさんで固定してるのかな。」
黒川はそう言いながら画面に釘付けになる。
彼女は真剣にそのやり取りを聞きながら、
何かを反すうするように口をもごもごした。
以前はしなかった黒川の癖のような行動。
安西たちにはこれが何を表しているのか、
まったく分からない。
立場的に専門家に診せる訳にもいかず、
そのままにしている。
「黒川さんはそのまま見ててください。
私はその間に黒川さんのメイクをしようかな。」
安西はそう言って、
大きなメイクバックを隣の部屋から持ってきた。
ハンターは怪我が多い。
場所や種類は千差万別。
女性ハンターが顔に怪我を負うケースも多い。
黒川はそんな彼女たちに、
舞台で培ったメイクを伝授していた。
真っ白のどうらんで肩まで白塗りをしてから、
ベースメイクやスプレータイプのファンデーションで肌の色を合わせる。
はじめから淡い色は使わず、
濃いめの原色を薄くのばして自然な肌色に整える。
アイラインは目尻と目頭だけにして、
ナチュラルな見た目に。
リップはオレンジっぽい色にすると、
黒川の顔が華やぐ。
歌舞伎やコントでやるような特殊なメイクを、
黒川が今風にアレンジして女性ハンターたちに伝えたものだ。
ハンターの肌は強靭なので、
そのくらいの化粧では荒れることはない。
怪我の箇所は集めに塗って、
色を重ねたりして隠す。
安西は以前まで左の目頭から右ほほにかけて大きな怪我があった。
ハンターになる以前に受けた傷だ。
犯罪組織に雇われたハンターにつけられた傷だ。
黒川はそれを見て知って、
このメイクを簡単に誰でもできるようアレンジした。
安西のために考案したと言っても過言ではなかった。
そのお陰で安西は外を出歩くこともできるようになった。
あの日、安西は生き残りの皆と一緒に櫻葉にこの古傷ごと全身を治療して貰った。
今その傷は跡形もない。
「くまがないだけでも、見違えますね。」
安西は黒川のメイクを終え、
笑顔でそう言った。
自分にしてくれたように、
黒川に何かしたい。
安西はその一心で黒川を庇う。
例え、黒川が仲間の命を奪ってしまったとしても。
あれをやったのは彼女ではないと、安西は思っている。
「ありがとう。
見た目だけでも取り繕えなきゃ、吾朗に笑われる。」
黒川は財前の死を受け入れた。
だが、消化はできていない。
目はモニタを向きながら、
安西に笑いかけた黒川。
安西にはそれが痛々しく見えてしまう。
黒川が安西に質問する。
「“魔法使い”か。
うちのメンバーにもいる?」
「いませんよ。
櫻葉さんたちと同じで、
皆も胡散臭いって言ってます。
それより筋トレとか武術稽古の方が強くなれるって、
今ブームです。
変わったものだと古武術とか。
どこまでホントの話か分かりませんけど、
島流しにされた源為朝が開祖だとか。」
黒川は安西の話を聞いて、少しホッとした。
今映像で流れている魔法は、
自分が見てかけられたガーネットの魔法と全く違った。
見れば見るほど、違和感がある。
古い映画の、古いCG加工のように。
「源氏と平家か。
大河でしか知らないけど、
源為朝ってそんなに出番ないよね。」
「源為朝は強すぎて大河ドラマがチャンバラアクションになる、
って理由でカットされるとか。」
「いつの時代も、櫻葉さんみたいな人がいるんだね。」
黒川がそう言って少し笑った。
安西は喜びながらも、
そのはかなげな笑顔に寂しさを感じた。
以前の弾けるような黒川の笑顔は、
もうながらく見ていない。




