第79話 白兵戦
試合場の中央付近で、
“富岳”の隊長がこちらを睨み付ける。
俺との距離は十五メートルくらいか。
俺なら八歩くらいで縮む距離だが、
弓でもないと攻撃は届きそうにない。
“富岳”隊長の彼が嘲笑混じりに言う。
「ビビって逃げるなら今のうちだぞ?」
「それならそもそも、ココにいない。」
俺は今なんのバフも受けていない。
レベルでできたアバターの強度はかなりのものだし、
“触手”も外骨格でかなりの硬度がある。
魔法の威力がどれくらいのものか様子を見るためにも、
“スキル”もバフもなしで受けてみることになっている。
「“スキル”はなしでいいか?」
「ハンデのつもりか?」
「いや、俺が“スキル”を使うと、
なかなかショッキングな映像になるからな。
生放送してんだろ?
モザイク処理できないなら、
配慮したほうがいいだろ。」
俺は横目にカメラを見た。
俺の視線の先いる、
カメラマンは主張するように
カメラのレンズくらいの大きな板を取り出してこっちに振って見せる。
すりガラスみたいなそれは、手動のモザイクか?
「まぁ、
あんたらの目的が大衆の目に“魔法使い”の実力を見せつけるものなんだ。
モザイクがない方が都合が良いだろ?」
「うるせぇよ。
そんなん関係ねぇ。
俺はお前を殺りたいだけだ。」
ヤル気満々、か。
“富岳”の隊長が殺意に満ちた目で俺を見つめる。
俺はため息を付いて軽く構える。
「一回目だ。
様子見でもいいし、
いきなり全力でもいいぞ?」
「ふざけろ。」
“富岳”隊長は両手を俺にかざした。
来るか。
「死ね。」
“富岳”隊長の手から無詠唱で直径二メートルくらいの火球が出現し、
俺に向かって飛んでくる。
火の色は赤色。
まばらに色がオレンジっぽいので、
不完全燃焼状態だと思われる。
速度は前と変わらず、野球の送球くらい。
近距離ならそれでも良いかもしれないが、
遠距離でこれは、避けられる。
あとは燃焼時間と衝撃だな。
爆弾並みの衝撃が衝突時にあれば、
それで威力が出る。
衝撃がなくても燃焼時間が長ければ、
敵の周囲の酸素を燃やして窒息させられる。
モンスターが呼吸するのか知らないが、
人間には効果的だ。
俺が火球を考察している間に、
火球は俺に接触した。
俺は無防備でそれを受ける。
ぼっ、と言う音がして火球は俺を通過していった。
中までまるきり火の固まりで、
当たり判定は何もないらしい。
後ろの地面に落ちた火はすぐに消えた。
熱いことは熱いが、
レベルでできたアバターである俺の身体には、
レンジアップした冷凍食品を取り上げる程度の熱さだ。
ナイロンの服が所々溶けているが、
手で払えばどうともない。
ドゥティに至っては、中のズボンも含めて無傷だ。
衝撃もなく、
燃焼時間も短くて周囲の酸素を焼かないこれは、
あまりにも威力が不足している。
俺は“富岳”隊長を見た。
彼はフェイスガードの隙間から見える目を見開いて、
攻撃した姿勢のまま固まっていた。
ちらり、と周囲を見ると、
ざわついている。
ドヤ顔のおじさんとタカミさんだけ、
ふんぞり返って周囲を見下していた。
「小手調べ、か?
これは、温いぞ。」
俺は“富岳”隊長をちょっと煽ってみた。
彼のフェイスガードで見えない顔が、
みるみるうち赤くなって行くのがわかるほど激昂する。
「殺す!
絶対殺す!」
そう言って彼はフェイスガードを脱ぎ捨て、
素顔をさらした。
トマトかと思うくらい赤い顔に青筋をたてて、
充血した目で俺を睨む。
直情型にしても、簡単に火がつきすぎる。
俺はそこまで煽ってないつもり、なんだが。
なにか地雷でも踏んづけてしまったか?
「そのマスク、ドロップアイテムなんだろ?!
ズルいぞ!」
突然、彼はそう言って俺を指差した。
はて、なんの事だ?
確かにドロップアイテムのスライムヘルムだ。
だから、なんだろうか。
戦闘においては、
狡猾である方が優位であるはずだ。
狡猾、ズルは、
こと殺し合いにおいて率先してするべきだと思う。
なおかつ、
ついさっき装備云々言ってた口で言う台詞じゃない。
あまりにも幼い。
これでは子供のだだっこだ。
俺は呆れながら聞いてみる。
「お前、マジか?
マジで言ってるのか?」
「ズルいだろ!
外せよ!」
彼はマジらしい。
横目で見た観衆は、
さっきとは違う意味の冷や汗を流し始めている。
コイツ、大丈夫か?
この場の誰も言わないが、
誰もがそう思ってるはずだ。
だが、彼の顔は真剣だ。
カメラマンは静かにレンズにすりガラスを付けていた。
そうだな、彼のあの顔は写さないでやってくれ。
おじさん、
嬉々としてネクタイピンのカメラを彼に向けないでやってくれ。
「これを脱いだら満足か?
その次は服も脱ぐか?
なんなら、俺の手足を縛ってもいいが?」
「うるせぇ!
とにかく脱げよ!」
ダメだな。
話にならない、話ができない。
こういう手合いがいるから、
人間相手はべらぼうに面倒くさい。
思わず大きなため息が出た。
とりあえず、
スライムヘルムを外しておじさんへ投げやる。
おじさんはヘルムを受け取って、
ポケットに入れる振りをした。
自然な素振りで姿を消して隣にいたガーネットにそれを渡す。
なんの指示もしてないが、
ガーネットはヘルムを流れるようにボックスの魔法に格納した。
スライムヘルムは唯一の俺の防具だ。
スフェーンにやられたスーツの替わりはまだない。
あのアシストスーツは機敏に動くためのもので、
防具として使うとかなり脆い。
スライムヘルムは今奪われると、べらぼうに困る。
俺は念話でガーネットに礼を言う。
ガーネットは俺に笑いかけてくれた。
「それでいいんだよ!」
“富岳”の隊長さんは満足げだ。
俺はげんなりした顔で彼に向き直る。
「あと二回だ。
もう面倒だ。
早くやれ。」
俺は思わずなげやりに言う。
彼は何をどうとらえたのか、
得意気に言い出す。
「なんだよ、結構効いてんじゃんか?
なあ?」
効いてるよ、ある種のお前の攻撃は。
「次で終わりだ!」
あぁ、そうだったらいいな。
もう俺に口を開く気が起きない。
「死ね!」
彼はコピー、ペーストしたように、
両手を俺にかざす。
突然、俺は炎に包まれた。
手で目元をかばいなら、
目を細めて良く見ると足元から火が吹き出している。
こんな使い方もあるのか。
俺の体感は、
キャンプファイアの火のそばで座っている感じ。
近づきすぎてかちょっと息苦しいが、
嫌ではない感じ。
あの産みの親に焼けたフライパンを押し付けられたものに比べれば、
ほっと温かくすら感じる。
俺は念話でガーネットとネルに、
俺の周囲のこれが何秒燃え続けてるか計るよう頼む。
念話でハンドクラップが二つ聞こえた。
俺の体感は三十秒くらいで炎が収まった。
俺は目元の手を下ろすと、
腰の辺りの肌に手が触れる感触がした。
しまった、と思ったが遅かった。
俺はゆっくり下を見る。
俺は無傷で全裸だった。
古傷だらけで、
痩せ細った身体だが火傷一つ見あたらない。
痛みはなく、ただ周囲の空気が異様なのが辛い。
ため息を付きつつ、
正面の“富岳”隊長を見る。
驚愕の顔で固まる彼は、
無傷なことに驚いたのか。
はたまた俺の裸に驚いたのか。
ギャラリーにも目を向けた。
全員俺の股間を凝視して驚愕の顔になっている。
おじさんとタカミさんは腹を抱えて笑っていた。
ガーネットとネルは、
何故か胸を張って威張っているポーズをとる。
どういう感情でそのポーズになったのか、
後で問いただそう。
ミタニさんは、
手を俺の方へ突き出して人差し指を立てたり下ろしたりしてる。
貴女はそうやってサイズを計らなくても“鑑定”の魔法があるでしょうに。
「……タカミさん、装備の予備を投げてください。
地下とは言えど、さすがに裸は寒い。」
タカミさんは丸めたドゥティを投げて寄越した。
高齢とは思えない強肩だ。
俺の足元まで届いたそれを拾って、
手早く巻いてしまう。




