第78話 白詰草
案内された先はパーティションで区切られていない区画だった。
格闘技の試合場のような固めのウレタンらしきものが敷き詰められた足場に、
ます目のような印が印字されている。
真ん中に二人の“魔法使い”が向かい合って立ち、
礼をしてから三歩後ろへ下がった。
互いに三歩下がったのでそこそこ距離が離れる。
西部劇の決闘シーンのようだ。
試合場の外の審判らしき人から開始の号令が出される。
“魔法使い”たちは互いに手を相手へ突きだして、
火炎や突風を放った。
「まず、一対一の模擬戦をします。
慣れてきたら、
多対一、一対多数といろんな想定で模擬戦をして、
他の隊員との連携を訓練します。
これに、“防人”の基礎訓練もあわせて、
身体能力も鍛えていきます。」
目の前で繰り広げられる魔法合戦はかなり派手だ。
しかも、広報の説明どおり、
この二人は呪文を詠唱をしていない。
ドンパチ魔法を打ち合っている。
ただ、どこか何かわからないが、
この光景に俺は違和感を強く感じる。
「一人、一つの魔法しか使えないのでしょうか?
さっきから、
火の人は火の魔法しか使っていないように見えます。」
俺は広報に質問した。
「現状、一人一つですね。
火の魔法、水の魔法、風の魔法、土の魔法の
四種類確認されています。
発動訓練時に放出された属性が、
その人の属性とされています。」
ガーネット曰く、
彼女たちの世界の魔法は術式に属性がふられている。
得手不得手はあれど、
一人で全ての属性が使えるそうだ。
世界の違いと言われると、それまでかもしれないが。
俺からすると属性は二つくらい使えても良い気がする。
「訓練生は付けている腕章の色で属性を他の隊員へ知らせています。
“富岳”隊員は腕章なしでお互いの属性を覚えて、
適材適所、連携とります。」
広報の説明が続く。
だが、俺には幾つかある試合場の一つが気になっていた。
そこだけコンクリート打ちっぱなしの床になっている。
ペンキでます目のような印が書かれているが、
そこかしこが焦げたり欠けたりしていた。
「あそこは“富岳”でも隊長クラスが訓練する場所です。
隊長はウレタンが一瞬でぼろ布になるほどの威力を平気で出すので、
ああいう風にコンクリートの床になっています。」
俺の視線に気づいた広報が説明した。
「“富岳”の隊長は現在二人。
機密情報のため、
お二人の名前と顔は公開できませんが今日はここにお呼びしています。」
広報の指差す先には、
留置所で見た装備を着込んだ部隊が整列していた。
いつかの半分以下の数しかいないが、
真ん中の二人はあの時の隊長と副隊長だろう。
黒いフェイスガードを付けており目しか見えないが、
雰囲気でわかる。
「櫻葉さん、
お怪我をされているところ、
大変申し訳ありません。
申し訳ありませんが、
彼らと模擬戦を行っていただけないでしょうか?」
広報の人は冷や汗だくだくで言った。
ちなみに、模擬戦については事前に打診されており、
俺は怪我を理由に断り続けていた。
まぁ、用意した限り、
自衛隊としても引けないのだろう。
ヤル気満々の“富岳”隊長もいることだし、
話題としてふらない訳にも行かないのか。
「怪我人に、そこまでします?」
おじさんはそれだけ言う。
広報を含めて、
スーツ姿の自衛隊たちに大ダメージだったようだ。
皆、スーツの色が所々変わるくらい冷や汗を流している。
「止めましょう、こんなことは。
自衛隊として、恥ずかしすぎる。」
“防人”の隊員らしき一人が声をあげた。
良く見るとその人の隣に、
大阪で一緒だった一陣隊長がいた。
「自衛隊“防人”、三陣隊隊長、鵜飼です。
櫻葉さん、有事の際に何度も戦っていただき、
ありがとうございます。」
彼は俺に向かって、
身体を真っ二つに折るくらい深くお辞儀をする。
一陣隊長も、同じくらい折れ曲がってお辞儀する。
「これは、やるべきじゃない。
自衛隊としても、大人としても、人としても、
やるべきじゃない。
皆さんは、力を得て有頂天になっている。
いつかの“勇者”どもと、何も変わらない。」
彼は頭を上げながら、スーツ姿の一行を睨み付けた。
スーツ姿の誰も彼もが、何も反論せず言葉をのむ。
「うるせぇ、ジジイども。
黙ってろよ。」
とうとう“富岳”の隊長が口を開いた。
「リベンジマッチくらいさせろや。
あの時、その怪我人に良いようにされたんだ。」
「おもちゃを持ったクソガキが、
いきがってるんじゃない。」
火花が散りそうなくらい睨み合う二人。
「メンツがあるんだよ。
ナメられっぱなしには、できないんだよ。
あんたも公務員ならわかるだろ?」
「分かりたくもないね。
それはメンツなんて立派なものじゃない。
ただの見栄だ。
段ボールで作った勲章でも付けておけ。」
ピリ付く空気が広報に刺さったようで、
彼は静かに床に倒れた。
俺はため息混じりに声を出す。
「条件付きなら、構いませんよ。
条件は、一対一。
そっちは三回だけ攻撃をする。
俺はそれを三回防ぐ。
いかがです?」
模擬戦を押しきられた際に事前に決めていた条件だ。
おじさん曰く、それくらいがちょうど良いと。
“富岳”と睨み会ったまま、
“防人”隊長はこちらは見ずに質問してきた。
「お身体にさわりませんか?」
「三回くらいなら問題ありません。
ただ、ちゃんとした装備を持ってきてないので、
ドンパチ派手には動けません。
だから、攻守と回数を決めさせてもらえればと。」
“富岳”隊長が口を出す。
「あの時のロボットみてぇな鎧はないのか?」
「ご存じのとおり、
あれは大きすぎて持ち歩けるものじゃない。
それに、車椅子すら持ち込みできない所に、
そんなものを持ってこないでしょう。」
俺はため息混じりに言いつつ、
松葉杖をタカミさんに手渡した。
「一応簡易な装備はあるので、
それだけ着けます。」
「装備がなかったから負けた、
なんて言うなよ?」
俺を睨む“富岳”隊長。
「それなら、
はなから松葉杖を突いた怪我人に喧嘩を売るなよ。
五体満足、元気な状態の相手に言え。」
「てめぇ……!」
ため息と同時に俺が言うと、
“富岳”隊長がくってかかる。
“防人”隊長が被せるように言う。
「あくまでも模擬戦だ。
櫻葉さんの怪我を増やすような真似はするなよ?」
「んだ?
口答えすんなよ、老害ども。」
俺はおじさんが取り出したドゥティの布を広げて、
ズボンの上から足に巻いていく。
今着ている服は普通のものだ。
相手は炎を出してくる。
生放送で全裸は避けたい。
ポケットからいつもの布切れをとりだして、
頭に被る。
それは一瞬で緑色のスライムになり、
俺の頭部を包み隠す。
「行きましょう。
早く終わらせたい。」
「上等だ。」
俺はコンクリート床の試合場の中央辺りに向かって歩き出した。




