第75話 白百合
学校は俺にとっては重要ではない。
適当に過ごしているおかげで、
行事やなんかの事はよくわからないまま終わる場合が多い。
そのことを藤堂に何回か怒られた。
学校での思い出、などというものも、
もちろんない。
俺としては、
なんとなく過ぎる課せられた仕事、
として日々処理している。
そのため、人の名前も顔すらろくに覚えていない。
クラスメイトであっても、担任教諭であっても、だ。
「さすがに、言わせていただきたいのです。」
そう言いながら、
俺の目の前に来た彼女の名前がわからない。
この学校に初登校した時に案内してくれた女生徒だ。
幸い、顔は覚えている。
名前は、忘れた。
「何故、貴殿方はあれらを好きにさせているのですか?」
……あれら?
不味いことに、俺に心当たりがない。
となりの席の藤堂と顔を見合わせたが、
藤堂も肩をすくめた。
「あの、不埒で無粋で、
思慮の欠片もない“富岳”どもです。」
雲行きが変わる。
藤堂が苦い顔をした。
「なんですか、あの人たちは。
メディアに露出する度、
櫻葉様を連想させるような批判的な物言い。
櫻葉様がどんな方で、どんな状態か。
知っていても、知らずとも、
言ってはいけないことがあると私は思います。」
彼女の言う通り、
“富岳”隊員が最近各メディアに露出するようになった。
彼らはその都度、暗に俺を批難する発言をしている。
「力を誇示したい、
宣伝効果を期待した言動だとしても、
やって良いことと悪いことはあるはずです。
あの“富岳”どもは、やりすぎです。
一線を越えています。」
マスコミは俺に配慮して色々編集しているらしいが、
それを掻い潜るように生放送やSNSでの発信で批判を繰り返す“富岳”隊員たち。
「それなのに、貴殿方は何も行動しない。
何故です?」
彼女は声こそ荒げないが、
かなりの高温なのが伝わる。
俺は怯みながら、いつも以上に慎重に言葉を探す。
「申し訳ないが、要点をまとめると、
貴女は“富岳”に対して怒ってくれてるのか?」
「もちろんです。
憤りなんて生ぬるい。
激昂しております。」
声こそ荒げない。
だがかなり、いや、
非常に高温な感じが伝わってくる。
「普段の貴方は、とても紳士的で思慮深い人です。
例えば、その大きな身体を常に小さくして、
扉を潜るときや階段を降りる際は誰もそばにいないことを確認されます。
バリトンのお声も、聞き取りやすく、
でも、不快にならない大きさで話をされます。
怪我をなされて、
車椅子や松葉杖をついていてなお、
そうされています。」
どうしたらいいものか。
俺は困惑する。
この身体の大きさや過去、現在の行いのせいで、
普段の行いを見られることは多い。
だが、そこまで観察されているとは露とも思ってなかった。
「それなのに、
“富岳”どもは貴方を原始人かなにかのように言い。
こけにして、バカにして。
彼らは一体全体何様のおつもりか、
じっくり問いただしたい程です。」
彼女の顔は真剣だ。
藤堂がおずおずと尋ねる。
「もしかして、
“櫻葉ハンターのファンクラブ”の方ですか?」
「えぇ。
ファンクラブ会長のルーシー北野と申します。
同じ二年のとなりのクラス。
初登校時に櫻葉様には大変お世話になりました。」
なんだ、ファンクラブって。
俺はそんなものの存在、知らない。
知らないが、あるのか。
俺が思考を巡らせてると、
ファンクラブ会長が続ける。
「“異界探索部”が部員不足で廃部になったので、
新たにファンクラブを立ち上げました。
現在の会員数は千五百の大台を超えました。」
「全校生徒数より多くないか?」
「SNSでも会員を広く募集しておりますから。」
思ってるより話が大きいぞ。
「……既にファンクラブ持ちの藤堂に訊きたい。
この場合、どうすればいい?」
「俺のファンクラブがあったのは前の高校の話だ。」
そこに、ファンクラブ会長が笑顔で補足した。
「今もありますよ。
“黒衣の処刑人”のファンクラブ。」
「何その名前?!」
狼狽えて声を張る藤堂を見て俺は笑ったが、
よく考えると笑えない。
おずおずとファンクラブ会長に問うてみる。
「……俺の方には何か名前が付いてるのか?」
「櫻葉様は、
“スライムヘッド”とハンター内で呼ばれていると聞き及びました。」
「それか。」
良くはないが、ちょっとホッとしてしまう。
藤堂が涙目で問う。
「なんで俺のは中二病チックなの?
“処刑人”だけじゃダメ?
“黒衣”の部分だけはずしたい。」
「黒衣をなびかせながら現れ、
数多の武器を使いこなす。
“スライムヘッド”と並び立ち、
笑顔で標的を狩り尽くす処刑人。
と、聞いております。
ちなみに、
私の妹が“黒衣の処刑人”ファンクラブ会長を勤めております。」
「ジーザス!」
藤堂が悲痛な顔で天を仰ぐ。
そう言えば、藤堂の新装備も全体的に黒い。
「……小田さんに頼んで新装備の色、
塗り替えてもらおうかな。」
「確か染料的に黒か白のどちらかだけ、って
小田さん言ってたぞ。」
「白は白でアレな感じがする。」
よほどのショックなのか、
真剣に考え出す藤堂。
しまった。
これでは藤堂を交えて話せそうにない。
とりあえず、俺は返事を再考する。
「それで、“富岳”の話しか。
俺はあれに対して、
特に何とも思っちゃいない。
誹謗中傷は日常茶飯事なんでな。
それよりは、
彼ら自身が吐いた唾で溺れないか、とは思うよ。」
「……どういうことでしょうか?
あれらが自身の発言に溺れる要素がある、と?」
ファンクラブ会長は心底不思議そうに聞き返してきた。
「実際の実力は置いといてだ。
比較対照を自分で用意してしまった限り、
“それより良く、それより多く”が付きまとう。
俺は何も言ってないし、行動もしてないが、
世間的に見れば対比の構図だ。」
ファンクラブ会長は頭が良いらしい。
何となく俺の言いたいことが通じたのか、
頷いて手を叩いた。
「なるほど。
既に二度も世界を救った貴方と、
まだ実績も何もない“富岳”ども。
むしろ、
大々的に批判をするほど自身の首を絞めることになると。」
俺自身世界を救ったつもりはないが、
戦績には自負がある。
それと対比するのなら、
それに見合う実績が必要だ。
今は、まだ世間に“魔法使い”が認知されたばかり。
多少のビックマウスはご愛嬌、と流されている。
「補足すると、
各個隊員が“勇者症候群”に罹る恐れもある。
あれは、強運、豪運でもない限り早死にする病だ。
対比するせいで、
退かなければいけない場面で退けなくなるしな。」
退き時は、命に関わるだけじゃない。
退き時に退ければ再起も可能だが、
それを逃すと命が助かっても再起不能になる。
ハンターの再起不能状態は今でも治験行きだ。
おじさんの裁判のおかげで、
死にはしないモノになってるそうだが、
それでも薬漬けに変わりはない。
悲惨な末路の最たる一つだ。
俺の見解を聞き、
満足そうにするファンクラブ会長。
「突然の、しかもぶしつけな質問、
大変失礼いたしました。
やはり、貴方は思慮深い、素晴らしい方です。
あんなやからの事すら心配されるなんて。
聖人のようにお優しい。」
両手放しで褒められるなんて、
普通の人でもそうそうあり得ない。
ガーネットとネルは頻繁に俺の事を褒めてくれるが、
あれだってべらぼうに恥ずかしい。
自分の顔がじわじわ赤面していくのがわかる。
誰に対してかわからないが、
言い訳するように俺はあわてて付けたした。
「それに、最近キナ臭い。
街中に突然モンスターが現れる、
なんて今までなかった事件が日本各地で多発してる。
口が悪くても、
ちゃんと働いてくれてる限り俺は評価するつもりだ。」
始めは兵庫県、次は愛知県。
沖縄と北海道はまだだが、
ほぼ日本全土でモンスターが出没し始めた。
しかも、
どれも同型で白い大きな卵のような見た目らしい。
火を出したり、雷を出したりするため、
普通のハンターでは近寄れず。
“富岳”が率先して討伐しているそうだ。
「なるほど。
敵対するより、
適当にあしらいつつ転がす方が良い、と。」
「実際に転がすのは藤堂弁護士だがな。」
横目で藤堂を見たが、
藤堂は苦々しい顔で言う。
「父さんには俺の通り名も転がしてほしい。」
「そんなに嫌か?」




