第72話 白煙
残された研究員と死体の山。
俺はそれらを見てため息をつく。
「こちら、櫻葉。
黒川さんは逃げていったけど、どう報告する?」
無線から複数の唸り声が聞こえる。
「ありのまま起こったことを話す、
しかないっスよ。」
「こちら、藤堂。
俺もそう思う。
あ。今から車椅子持ってそっち行くね。」
ふと、外に妙な気配を感じた。
ガーネットたちも警戒を強める。
「アルジ様、どうやら例の“魔法使い”の部隊です。
ヘリか何かからここに突入するつもりのようです。」
「ガーネット、チャンスだ。
“鑑定”をフルで発動して、
彼らを調べ上げてくれ。
読み取れた端から研究所に情報を回そう。
ネルとミタニさんも、
周囲をくまなく調べてください。
“賢者”は俺のスーツに仕込んである計器の情報を加味して総合的な分析を頼む。
研究所は“賢者”から提供された結果を受け入れ次第、
どうしたいか方針を決めろ。」
ハンドクラップが五つ聞こえる。
そのうちの一つは俺自身の中から聞こえた。
とうとう“賢者”と小田さんもハンドクラップしだしたか。
次の瞬間、すべての窓がぶち破られ、
複数の黒い服の人影が部屋に飛び込んでくる。
俺は予測していたので、
驚くことなくその動きを観察する。
人影の動きは訓練された動きだが、
俺には未熟さがまだあるように思えた。
あっという間に俺と人質は包囲され、
銃口を向けられた。
「動くな!
両手をゆっくり上げて、膝まづけ!」
お決まりの文句である。
俺は時間を稼ぐ意味もあり、
皮肉っぽく言う。
「“手”が数百本あるんで、
上げてると日が暮れるんですが?」
俺はそう言いつつ一対分は手を上げる。
「……とにかく、膝まづけ!」
「膝もないけど、どうしましょうか?」
俺はゾルっと足の“触手”をほどいて見せる。
アシストスーツの隙間から無数の“触手”が垂れ下がり、
たゆたうクラゲのようになる。
黒づくめたちに怒りと焦りが見えた。
黒い面のようなフェイスガードと、
ゴーグルで顔こそ見えないが雰囲気でバレバレだ。
「ふざけるな!」
「困ったことに、心底真面目なんですけど?」
俺は煽るように言う。
パッと見、
黒づくめの装備は全て一般的なものだ。
銃も普通のものだろう。
このスーツにすら効かない。
「落ち着け。
ソイツに銃口を向けてもなんの威嚇にもならん。
暴れないだけ従順だとしておけ。」
リーダーらしき一人が、
ゴーグルとフェイスガードを外しながらそう言う。
黒づくめの中から出てきたのは、
俺と歳が変わらない青年だった。
「初めまして、“ヒーロー”さん。
我々は、自衛隊特殊部隊“防人”のエリート。
“富岳”だ。
察してると思うけど、
全員“魔法使い”でアンタに攻撃できる。」
攻撃できる、か。
コイツら、
それに効果があるかどうかまで考えてるのか?
目の前の男がどう見ても重装甲の鎧を着込んでいるのに。
このアシストスーツは、
あの固い外装を使っていない。
あれよりは強度が落ちるが、
加工しやすい新素材だそうだ。
なので、あのケイローンの時のように鈍器としては使えない。
それでも、一定以上の強度はある、と
狂人たちは言っていた。
サイクロプスの一撃くらいなら、
なんなく防げるだろう。
この“富岳”とやらの攻撃で、
その装備相手にどこまでやれるか。
俺個人としても興味がある。
「魔法、なんて言われてもな。
こちとら殴る、蹴る、でやってる原始人なんでね。
イメージすら沸かんよ。」
「とぼけんなよ、“ヒーロー”。
アンタのタフネスは魔法由来だろ?
確証はないが、わかるぞ?」
リーダー格の青年は俺を嘲笑う。
かなりの自信があるらしい。
俺も楽しみになってきた。
「“富岳”っていう名前の部隊なら、
三十六個部隊あるのか?
それならアンタら、絶対三十六番隊だろ。
こんなところに派遣されるくらい暇してんだもんな。
ご自慢の魔法の使用許可が出せないくらいの下っぱが、
粋がるには日が高すぎるなぁ?」
リーダー格の青年だけでなく、
他の隊員までピリピリし始めた。
この程度、
ピーカブーの人たちなら笑って冗談を重ねるだろうに。
全体的に訓練が足りないのか、歳が若いのか。
「その両方のようです。
その隊員、全員十代でした。」
ガーネットから入った念話に、
俺はすこし驚いた。
もしかしなくても、
引率のベテランすらいないのか。
リーダー格の青年は青筋を立てて言う。
「魔法の使用許可がないかどうか、試すか?」
「おっと、知らないのか?
“富岳”なのに冨嶽三十六景。
お前が住む町は、
さぞや本屋が儲けてるんだろうな。」
「何言ってんのか、意味わかんねぇよ!」
リーダー格の青年は手のひらを俺にかざして叫ぶ。
「紅蓮! 炎!
消し炭になれ、火炎球!」
なんだあれ。
呪文のつもりか?
俺が呆気にとられていると、
リーダー格の青年の手のひらから人の頭くらいの大きさの火球が飛び出した。
まっすぐ俺に向かってくる火球。
まず、赤い。
色温度的に見て、温度はそんなに高くない。
ガーネットの青に近い白色の火球と違い、
触れても血肉が沸騰しないだろう。
そして、遅い。
こうして考察していてもまだ距離がある。
高校野球の球くらいの早さだ。
正直がっかりした。
俺は食らってみてどうかまで試そうとした。
「群青、水瓶。
押し流せ、水竜。」
リーダー格の青年のわきにいた別の隊員が呪文を唱えて、
水を手のひらから出した。
それは俺に届く直前の火球を飲み込み消す。
水量も勢いもなかなかよかった。
あれを食らえば俺でもバランスを崩す。
「なにするんだよ!」
「うるさい。
緊急時以外での魔法使用は禁止ですよ。」
水を出した隊員もマスクとゴーグルを外した。
中からは中性的な美少年が現れた。
彼は仰々しく頭を下げて言う。
「櫻葉さん、すみませんでした。
今のは水に流してくださると幸いです。」
良いジョークだ。
「俺も悪かった。
まさか、皮肉すら理解されないとは。」
「それについても、謝罪します。
うちのがバカで申し訳ない。」
「んだよ!
バカって言うな!
バカって言うやつがバカなんだよ!」
その台詞、漫画でしか聞いたことがないぞ。
リーダー格の青年は知能が低いらしい。
それなのに何故リーダーなのか。
「“富岳”はできたばかりの部隊でして。
とりあえず、
一番魔法をうまく扱える者が部隊長になっています。
ちなみに、私は副隊長です。
規則上名乗れませんが、お見知りおきを。」
美少年の言うことに、俺は驚きを隠せない。
あんな低レベルで、一番うまい魔法?
「アルジ君はガーネットちゃんとネルの魔法を見てるから、
そう思うんだからね?
普通に新たな技術として魔法が発見されたとすれば、
彼は確かにうまいからね。」
ミタニさんに念話で補足される。
なるほど。
確かに魔法の世界の魔王と、
こっちの世界の一般人を比べるのはナンセンスか。
美少年は辺りを見回して、質問してきた。
「ところで、黒川アカネ氏はどこですか?」
「あぁ、さっきまでいたんだが、逃げ出した。
あの叫び声、聞こえてなかったか?」
「我々は叫び声がしたので、突入しました。
あれは黒川アカネ氏のものだったんですね。」
「どーせ、お前が逃がしたんだろ?」
リーダー格の青年は相変わらず突っかかってくる。
だが、俺が逃がしたと言うのは、
近からず遠からず、だ。
「どうやら、
俺は彼女の気に触ることを言ってしまったらしい。
質問したら、絶叫して逃げていった。」
美少年の顔が怪訝に歪む。
「何を訊いたんですか?」
「すこし前に黒川さんに訊かれた質問を、
俺が質問し返したんだ。
それがダメだったのか、なんだったのか。
まぁ、俺が逃がした、は間違えてない。」
「うちの隊長が言う“逃がした”と、
意味が違う気がしますが。
まぁ、良いでしょう。」
何か言いかけたリーダー格の青年の口をてで塞ぐ美少年。
なぜかそれを見た研究所の女性所員たちが沸く。
「お腐れ趣味をどうこう言わんが、
時と場合を考えよ。
我輩、今忙しいんだ。
手を動かしたまえ。 」
小暮さんにたしなめられる、女性陣。
正論過ぎて無線からぐうの音も聞こえなくなった。
「とにかく、事情を確認するため、ご同行願います。」
「丁重にお断りします。
報酬を踏み倒す意図が見え見えだ。
もうタダ働きはうんざりなんだ。
駄賃の代わりにアンタら全員の首でいいぞ?」
俺は両手を下ろして緩く構えをとった。
その途端、
囲んでいた隊員たちの何人かが怯えて銃を取り落とす。
さっきまで突っかかって来ていたリーダー格の青年も、
冷や汗を流して怯む。
美少年は予想外だったのか、
あわてふためいて付け足した。
「我々はそちらでされた契約のことは存じていません!」
「自衛隊からの報酬だ。
“防人”は別組織で知らないで、済むのか?
それとも、
三下どもが知らなくて当然か?」
俺がさらに煽ると、
腰を抜かす者も出始める。
どうやら、実戦経験もないようだ。
変に力があるだけ烏合の衆よりたちが悪い。
俺はゆっくり、沈むように言う。
「こんな重傷でもな、
ケツに殻が付いたままのヒナを狩るくらい、
ワケないんだよ。」
美少年が生唾を飲んだ。




