第67話 白鳩
街中の教会は厳かな雰囲気で、
霧雨がベールのように辺りを包み込む。
土の匂いと、木材の匂い。
悲しみ、涙をすする音。
悔やみ、拳を握りしめる音も聞こえる。
俺は藤堂に車椅子を押してもらい、
おじさんに手続きを頼む。
ガーネット、ネル、ミタニさんは
姿を消して俺のそばにいる。
俺の膝の上をガーネットとネルが取り合うので、
ガーネットは俺の後頭部に、
ネルは膝の上にいることで納得してもらう。
後頭部と下腹部に“いつもの弾力”を感じるが、
身体が動かないと性欲も動かないらしい。
ムラムラしないのは少し助かる。
教会は既に参列者でいっぱいだった。
席が埋まっており、
座れなかった人もぎゅうぎゅうになるほど立って参列している。
教会に入った途端、参列者全員が俺を見た。
誰も彼もが息をのむ。
俺が巨体を車椅子に預けている姿はショッキングらしい。
藤堂が呟く。
「……黒川さんがいないな。」
彼女は重傷だったが、
回復魔法で回復しているはずだ。
彼女なら怪我をしていたとしてもこの場を駆け回り、
多方面に世話を焼いていると思っていたが。
辺りをキョロキョロ見回していると、
男性がこちらへ近寄ってきた。
「あの、参列いただき、
ありがとうございます。」
あの日いた男性のハンターだ。
バイコーンたちを任せた十三人の一人だと記憶している。
残念ながら名前は聞きそびれている。
「いえ。
こちらこそ、
身内だけの葬儀なのに、
部外者の私どもをお呼びいただき感謝します。」
「そんな!
そのお身体で参列くださり、
申し訳なく思うくらいですよ!」
これも、どれも、己の力不足。
誰のとは言えない。
俺も含めて、
あの場にいた者の全員の力量不足が招いた結果だ。
「貴方たちが決死の戦いを、
勝利してくれたからこそです。
私たちは、参加もできなかった。
貴方より先輩ハンターなのに。
日本最大のクランなのに。
貴方たち三人に任せてしまった。
私はただ、ただ……っ、悔しい。
何もしてない、できていない!
私こそ参列に値しない人間だと思います!」
こらえきれなかったようで、
男性が滂沱の涙を流す。
俺はいつもの調子で言葉を探す。
「貴方たちも共に戦っていましたよ。
財前さんの“同調”は、
仲間がいてはじめて成立するスキルです。
私も戦いながら貴方たちを認識していました。
勝手ながら、
私は貴方も肩を並べて戦った戦友だと思ってますよ。」
「……っ!
……っその、お言葉だけで!
私は……っ。」
彼は膝から崩れ落ち、大声で泣き叫んだ。
迷子の子供のように泣き叫んだ。
周囲からも泣き声が聞こえる。
俺はおずおずと言う。
「……すみません。
教会での葬儀は初めてでして。
始まる前に、
財前さんの顔を見てもいいですか?」
そばにいた別の女性が近寄ってきた。
「ちらこそ、すみません。
……私も涙が。
牧師様のお話の後、
献花の時に顔を見られます。
遺体の状態が特殊で、
今もご家族すら触れないようにしています。
さっき、研究所の方が棺を運ばれたばかりで。」
なるほど。
たぶん“大和桜”の関係者だと思うが、
この女性は初めて会った。
念話でガーネットが、
目の前の女性も“大和桜”のメンバーだと教えてくれた。
「……アルジ様、少しいいですか?」
ガーネットが怒気を含んだ声で、
声に出して俺の耳元でそう言った。
俺はなんとなく警戒する。
彼女から念話で聞いた内容に、
胸くそが悪くなった。
俺は藤堂に頼んで棺に向かって行く。
棺のそばにスーツ姿の男女が数人いた。
彼らが国の研究所の所員らしい。
一番偉そうなのを“賢者”に選んでもらい、
俺と藤堂はその人に向かう。
誰も彼も俺の顔を見て怯み、怯える。
研究員たちの近くまで来た俺は、
“触手”を身体に巻き付けて立ち上がり、
偉そうな研究員の肩を掴んで俺の目線まで持ち上げる。
周囲から悲鳴が上がる。
俺は声を押さえて、言い放つ。
「財前の遺体をどこへやった?」
その一言で水を打ったように静まる会場。
俺の背後は見えないが、
布の端を水で浸したように、
じんわり俺の怒りが周囲に伝播していくのがわかる。
研究員たちは何も言わず、
真っ青な顔で震えだした。
周りのハンターたちもどんどん殺気立つ。
「まだ懲りないのか?
彼を、彼の遺体も。
国連に、海外に売ったか?」
俺は怒気を帯びた声を抑えているつもりだが、
かなり殺気が漏れているのがわかる。
周囲にハンターたちが集まってきた。
俺のそばの棺には死体がある。
だが、これは財前吾朗のものじゃない。
全く別人の遺体だ。
顔は整形で変えたらしい。
「俺は野蛮人だ。
道徳も倫理も従ってはいるが、
イマイチ理解できない。
でも、これはない。
これは、許せない。
お前らは財前吾朗を侮辱するだけじゃない。
棺の中で代わりにされている人の人生すら、
馬鹿にしてる。」
怒気が抑えられなくなってきた。
逃げようとした研究員も、
“触手”で巻き取ってつるし上げる。
捕まえていた研究員が、盛大に漏らした。
振り替えると周囲にいたハンターの何人かが、
棺の中の様子を見て俺の言葉が真実だと察する。
皆怒りに満ちた顔で、研究員を睨み付ける。
誰の手にも武器はないのに、
それが見えてしまうほどの怒気が教会内に満ちる。
俺は大きく息を吸って、吐き出した。
ゆっくり、可能な限り落ち着けた声で言い直す。
「財前をどこへやった?」
「わかりません!」
裏返った声で、研究員は叫んだ。
「知りません!
わかりません!
突然、遺体が消えました!
本当なんです!
信じてください!」
俺はつり上げていた研究員の足を、
掴んでいる研究員の目の前に持ってくる。
そして、つられた研究員の足を握って砕く。
つられた研究員が悲鳴を上げる。
掴まれた研究員が必死に知らない、と
繰り返し叫ぶ。
「知ってるやつを教えろ。」
「誰もわからないんです!
監視カメラも何も用意してなくて!」
「ふざけるな!」
とうとう後ろのハンターたちが叫び声を上げた。
俺はつり上げていた研究員の腕を、
掴んでいる研究員の目の前に持ってくる。
「止めて!」
つられた方が叫ぶが、俺には関係ない。
その腕も、握りつぶす。
つられた研究員が二度目の悲鳴をあげた。
「なぁ。
お前らは見落としている。
財前がいないことも、
もちろんお前らのせいだ。
それは置いておいても、もう一つある。」
俺は努めてゆっくり、息を吸う。
「お前らの罪を隠すために、
この“名前も知らない遺体”を傷付け。
顔を変え、名を奪い。
“財前でも誰でもなくした”。
あるはずの手足を切り落とし、
無為に身体にメスをいれた。」
掴んでいる研究員の顔を、
俺の顔の前に持ってくる。
「研究者なら、
何かを見極め調べるために死体を切り開くこともあるだろう。
医者なら病理や検体で、
死体を切り開くこともあると聞いた。
お前らはどうだ?
自分たちの罪を隠すためだけに、
死体を切り開いた。
それは“死体損壊”って言うんだ。
それをするやつらは、
研究者や医者じゃない。
死体をもてあそぶ人でなし、って
呼ぶんだよ。」
口から泡を吹きながら、
知らないと繰り返し叫ぶ目の前の研究員。
突然、俺の肩を誰かがつかんだ。
ゆっくり振り替えると、黒い服の黒人男性がいた。
俺はその男にいぶかしげに問いかけた。
「牧師様、か?」
「はい。
当教会に仕えています、
ジャック・J・プリクトと申します。
事情は大まかに理解しています。
お怒りはごもっともです。
むしろ、貴方を尊敬いたします。
野蛮人なんて、とんでもない。
紳士と呼んでふさわしい方です。
財前・デイビット・吾朗さんだけでなく、
名も知らない人のためにそこまで怒ることができるのは
貴方がとても優しい証拠です。」
がたいの良い牧師様は、
流暢な日本語で俺の顔をまっすぐ見つめて続ける。
「ですが、この方々の罪は国が裁くべきです。
貴方でも、私でも、神でもなく。
国が裁くべきです。
だから、それ以上はいけない。」
「擬装遺体を作っても、遺体を売り払っても、
彼らを裁く法がないんですよ。」
少しはなれたところから、
おじさんが声をあげた。
「彼らは国立異界研究所の所員です。
“研究のため”、と証言すれば全て無罪になる。
実際、この前のポーション事件で研究所の局員は、
誰も逮捕すらされてませんからね。」
おじさんの解説を聞いた牧師様は眉を上げて、
俺の肩から手を離し研究員に向かって言う。
「それなら、
せめてここにいる方の本当の名前を教えてください。
もし、彼が他の宗教を信仰されている方だったとしても、
私個人として祈りたい。」
「……知らない。
バイトに来た三流大学の院生で、
財前吾朗と背格好が似ていたんで、
殺した……。」
周囲の怒気が限界を超えて、
あきれに変わってきた。
俺も大きくため息を吐く。
「教会の敷地の外で、続きをどうぞ。」
牧師様は、にこやかにそう言った。




