作戦開始
翌日の休み時間、教室の隅に集まり最後の打ち合わせをしていた。もちろん隣のクラスに下北さんが思いを寄せる男子生徒――佐山裕一がいる事も確認済みだ。
「いいか?この格好で話しかけてお茶に誘うんだ」
「ねぇ宗太、お茶なんてやっぱり高校生らしくないんじゃない?」
可愛らしい顔で眉に皺を寄せているのは彩加ちゃんだ。どうやらこの作戦に未だ納得がいってないらしい。
「いや、本来高校生なら選択しないお茶という所がポイントな訳で、それこそ大人の余裕に繋がる訳なんだ」
「そーいうものかな~。……それにこの格好」
ジト目で彩加ちゃんが見つめた先にいるのは下北さんである。しかし、普段の下北さんとは異なる点がある。それもそのはず、それこそ第二の大人の余裕を引き出す作戦なのだ。
今ではめっきり見ることは無く、若き日の親の写真でも漁らなければお目にかかる事が出来ない聖子ちゃんカットの頭に、やけに主張の強い制服の肩部分には80年代を彷彿とさせる特大肩パッド入り仕様だ。
誘い文句だけでなく見た目にも大人の余裕をふんだんにあしらったのだ。
俺はふんっと自分の作戦の抜かりの無さに腕を組み得意げに笑ってみせる。
「これじゃあ大人の余裕ってより、80年代からタイムスリップしてきた高校生よね」
「でもこの格好のおかげで不思議と自信が溢れて来るよ。普段と違う私になったというか、今なら何でも出来る気がする!」
下北さんはもともと見た目は可愛らしい訳で、この服装も見事としか言えないレベルで着こなしており、当の本人もきらきらとやる気で瞳を輝かせているため彩加ちゃんもこめかみを抑えつつも「まぁ、まゆかが良いなら私は良いんだけどね……」と言っていた。
「じゃあ私行ってくるよ」
「この作戦なら間違いないはずだ、頑張って」
「不安だらけの作戦だけどとにかく頑張ってね」
俺は成功を確信し、彩加ちゃんは小さく溜め息を吐きながらも下北さんに声をかける。
「うん!私、彩加ちゃんに相談して良かったよ。それに三浦君もありがとうね」
そう口にした下北さんは笑顔で手を振り佐山の教室へと向かった。
俺と彩加ちゃんが少し離れた後方で見守るなか、下北さんは隣のクラスに行くと教室の出入り口付近に立っていた生徒に佐山を呼び出してもらう。呼び出しに心当たりのない佐山はやや不思議そうに教室から出てきた。
「えっと……」
佐山は言葉に詰まっているようだった。もしかして、服装や髪形に困惑しているのか?いや、そんなはずはない。俺の作戦は完璧なのだから。どこぞのギャルゲー制作会社がシナリオ作りの参考にしても良いレベルだ。しかし、同じく見守っている彩加ちゃんは隣で「宗太のバカ、やっぱり普通の恰好で行った方が良かったじゃん。まゆか可愛いんだし」と肘で突いてきた。
「あの、隣のクラスの下北まゆかです。と、突然なんですけど、もしよかったら、今日の学校帰りにお茶しに行きませんか?」
勇気を出し、緊張しながらそう言ったのが俺たちにもしっかり聞こえた。
「えっ?……えっと、今日の放課後はサッカー部の練習があって忙しんだ。だから、その行けそうになくて、ごめんね?」
申し訳なさそうにイケメンスマイルから白い歯をちらりと覗かせ顔の前で小さく手を合わる。さらにもう一度ごめんねと言うとチャイムが鳴りそれじゃあと教室へ戻って行った。
俺たちも教室に戻り次の休み時間に反省会をする事になった。ちなみに反省会を言い出したのは彩加ちゃんだった。
「やっぱり、こんな作戦は間違いだったのよ」
次の休み時間になると力強く彩加ちゃんが言い切った。
「そうかなぁ?作戦的には良かったと思うんだけどな」
振り返っても抜かりの無い作戦だったと思う。唯一、改善点を上げるならお茶じゃなくてディスコに誘ったほうが良かったかもしれないという事くらいだろう。佐山はイケメンでノリよさそうなそうな顔だったし。
「うんうん、私も手応えのようなものは感じたよ!」
下北さんは落ち込んだ様子は無く、まだ諦めてなるものかと不屈の闘志をさらに燃やしていた。
ちなみに、担任の内海先生に注意されたため下北さんの服装は普段通りの制服に戻っている。やっぱりこっちの方が可愛らしいなと再確認できたのは二人には内緒にしておこう。
「いやまゆか、それ手応えじゃないから絶対……。というかこの中に彼がサッカー部って知ってる人いた?」
彩加ちゃんは俺と下北さんを交互に見ながら問う。
「「……」」
二人分の沈黙を彩加ちゃんは回答として受け取り溜め息をついた。
「そもそも順番からして間違ってたのよ。まずは相手を知る事が大切だと思うの」
「うんうん、つまりつまり?」
先を急かす下北さんに軽く咳払いしてから彩加ちゃんは人差し指を立て言い聞かせるようにしてこう言った。
「つまり、情報収集よ。……私だって宗太の事はそれなりに――」
「えっ?俺が何か言った?」
「い、いや、何でもない、何でもない!」
耳まで赤くした彩加ちゃんが手を振りながらこれ以上は聞かないでとジェスチャーする。
俺の名前が聞こえた気がしたが、まぁいいか。それより情報収集とは盲点だった。確かにどんなゲームでも敵を攻略するには情報収集が先決になってくるし、恐らく恋愛でも相手を攻略する上では同じなのだろう。あっでも最近のゲームはいち早く攻略したゲーマー達が攻略サイトなるものに書き込みをし、それを頼りにするプレイヤーが増え情報収集すら楽しめていないのが悲しくもある。
「確かに情報収集は重要かも。流石彩加だね!」
「そうでしょ!じゃあ情報収集よろしくね、宗太」
彩加ちゃんに肩をポンと叩かれる。
「おい、それ俺がやるのかよ……」
肩を落とし半目で問う。なんとなくそんな気はしてたけど、どうしてそんな重要な役回りが一番部外者の俺なんだよ。
「だって男子の情報集めるには男子の方がいろいろと都合のいい事もあるでしょ?」
もっともらしい事を笑顔で言う彩加ちゃんを見ながらやるしかないかと俺は諦めた。
「まぁそうか……。分かったよ、じゃあ放課後までに出来るだけ集めておくよ」
「ごめんね、三浦君。私のためにありがとうね」
手をがしっと掴まれ上目づかいで見つめられると甘い声で囁かれた。思わず膝の力が抜けそうになりつつもぎこちない笑顔で返す。
「い、いや全然大丈夫だから。気にしないで」
「宗太、耳まで真っ赤」
「えっ嘘?」
彩加ちゃんに言われ慌てて耳を手で塞ぐ。
「嘘よ。バーカ」
ベーと舌を出し彩加ちゃんは自分の席へと戻って行く。おかしい、佐山の情報を集める面倒な役回りを請け負ったにも関わらずどうして彩加ちゃんは不機嫌なんだ。疑問に首を傾げるとチャイムが鳴り、下北さんもそれじゃあと小さく手を振り自分の席へ戻って行った。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
少しでも面白いと思ってもらえたらブックマークや評価をよろしくお願いします!!